第3話

 夜も深くなり、静まりかえる世界。月明かりが照らす中、パタパタと2つの小さな足音だけが響く。


スイ

「…………」


 僕に手を引っ張られながらも、スイちゃんは静かに泣いている。まるで世界に遠慮でもしているかのように。


ヨウ

「――――」


 ――そんな風景に既視感があった。


ヨウ

「そう言えば、前にも似たような事あったよね……僕がスイちゃん側だったけど」


 それは僕とスイちゃんが巡り会った、


 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 家の近くにある空き地。


 すぐ後ろにはそれなりに人が出入りするコンビニが立っているため、日が沈んだとしても照明と防犯面で文句なし。

 独りで遊ぶことが多い僕にもってこいの立地となっている。


 また安全が確保されているおかげで、夜ご飯の時間までなら、とこの場所だけ夕方の外出でも母さんは許してくれた。まさにだ。


 僕にとっての一等地で、逸る気持ちを抑えながらあるモノを慎重に組み立てていた。


陽太

「よし!あとはここを調整すれば……出来た!!!」


 父さんから誕生日に買って貰った望遠鏡。

 かれこれ2年くらいは相棒として活躍しているが、組み立てと設置にはいつも新鮮さと誇らしさで胸が一杯に。


 思わず我が子のように、鏡筒を撫でる。


陽太

「今日もどうぞよろしくね!」


 今日はどんな世界を覗かせてくれるのか、ワクワクが最高潮に達した時、


いじめっこ(チビ)

「友達いねぇーの?」


いじめっ子(デブ)

「お前いつもひとりぼっちだよな?」


いじめっこ(ガリ)

「かぁわいそうな奴ぅ……」


 近所では有名ないじめっ子3人衆が、一瞬のうちに僕を取り囲む。


 チビ・デブ・ガリと3人とも体格は三者三様。だが、一つだけ確固たる共通点があった。


 何か意地悪なことでもしてやろうという悪質な目つきだ。


陽太

「…………」


 値踏みをする目に怯えながら、恐る恐る答える。


陽太

「と、友達なら……いるよ。あそこ、に……」


 震える指でおもむろに空を指す。


 想像も実感も出来ないほど果てしない距離の先にいる星々。

 地球に届かせるため強烈な光を放っているはずなのに、僕だけには”ここにいるよ”と優しく瞬いてくれている気がしていた。


 そんな星たちを眺めるのが、僕は何より好きだったのだ。


いじめっこ(チビ)

「は……?」


いじめっ子(デブ)

「え……?」


いじめっこ(ガリ)

「ん……?」


 3人は毒気を抜かれたみたいに困惑の表情を浮かべる。

 そして、そのままの状態で互いに顔を見合う。


 ――このまま何もなければ……。


 無事を願った矢先、3人の口が同時に歪んだ。


いじめっ子(チビデブガリ)

「「「……なら俺たちが遊んでやるよ!!」」」


 そこからの行動は目にも止まらぬスピード。


陽太

「あ、ちょっと待って!そんな乱暴に動かしたら壊れちゃうよ!」


 僕から望遠鏡をあれよあれよという間に取り上げると、3人は思い思いに振り回す。


 観察の対象は実に様々。

 遠くにいるカラス、自分たちの顔、地面を歩くアリなど、次々と手当たり次第に覗いていった。


陽太

「――――」


 乱暴な扱いにヒヤッとする場面は多々あったが、望遠鏡はきちんと三脚に固定されているため、意外と倒れることはない。

 また、さすがのいじめっ子と言えども、わざと壊すマネはしないだろう。

 次第にホッと胸を撫で下ろす自分がいた。


陽太

「――――」


 が、安堵も束の間、3人の内誰かが頭上に電球でも光らせたかのようにハイテンションで叫ぶ。


いじめっ子

「なぁ、せっかくだから太陽見てみようぜ!!」


 時刻は夕方。日は傾いているが、太陽はまだ十分危険な明るさを誇る。

 それでもお構いなしにいじめっ子達はいそいそと望遠鏡を向けた。


陽太

「待って、それで見ちゃ――」


 油断していたせいで咄嗟の反応が遅れる。

 注意を声に出した時点で、既に手遅れだった。


いじめっ子

「どーれ、太陽さんこーんにちはー?」


 いじめっ子は片目を瞑り、真っ赤に燃える太陽を――


いじめっ子

「うわっ!!眩しっ!!」


 レンズを覗いた瞬間、目を焦がす光熱が眼球を襲う。

 瞳を焼ける激しい痛みは想像さえ出来ない。


 いじめっ子は、望遠鏡から反射的に飛び退いた。


全員

「「「「――――あ!」」」」


 緩慢になる世界の動き。


 目を焼かれたいじめっ子の苦悶の表情。

 助けようと慌てて駆け寄っていく残りの2人。


 それとは対照的に三脚の支えさえも虚しく、世界から見放され倒れゆく望遠鏡。


陽太

「――――」


 僕の脳裏では、まるで走馬燈のように思い出が蘇る。


 買って貰った初めての日は、嬉しくて夜が明けるまで星空を夢中で眺めたこと。

 仕事で忙しいはずの父さんと山の奥まで行って、絵画みたいな天の川を一緒に覗いたこと。

 誇らしげに、得意げに、星々の説明を延々とする僕の話しを、ニコニコと楽しげにずーっと聞いてくれた母さん。


 数え切れない大切な思い出のそばに、いつもこの望遠鏡があった。


 世界で一番大切な宝物が、今――


陽太

「あぁ……!!」


 ――大きな音を立てて、壊れた。


いじめっこ(チビ)

「お、俺たちの所為じゃねぇーし」


いじめっ子(デブ)

「お前が注意しなかったからだからな」


いじめっこ(ガリ)

「明日までにぃ治しておけよぉ!!」


 申し訳なさそうな仕草さえない、お手本のような責任転嫁。

 そして、脱兎の如く逃げる3人。


 そんな3人の言動など眼中にない。

 僕が見ているモノはただ1つだけ。


陽太

「…………」


 ゆっくり、ゆっくり。

 ゾンビみたいなスピードで僕はバラバラになった望遠鏡に近付く。


 大丈夫、大丈夫、きっと治せるはずだ。


 僕は自分自身に何度も何度も言い聞かせた。


陽太

「――――」


 大丈夫、直せる。


 ――言い聞かせる。


陽太

「――――」


 大丈夫、直せるかも知れない。


 ――疑念が湧く。


陽太

「――――」


 大丈夫……じゃないかもしれない。直せない……かもしれない


 ――不安になる。


陽太

「――――」


 大丈夫じゃない!治せるはずがない!!


 ――現実を知ってしまった。


陽太

「――――」


 ファインダーは外れ、覗くレンズも先のレンズも粉々。架台は歪み、鏡筒は石でガリガリに。文字通り、満身創痍の状態。


 幼稚園児でも簡単に答えが解る問題だった。


 ――修理はもはや不可能だという残酷な答えの。


陽太

「あ、あぁ……」


 必死で堰き止めていた僕の目から、洪水のような涙が溢れる。


陽太

「わぁぁぁ!!」


 買って貰った日のこと、パパとの思い出、ママとの思い出。


 大切な記憶も同時に壊してしまった感じがして、怖くて、悲しくて、辛くて、ムカついて……。


 様々なドス黒い感情が渦となって僕を飲み込む。


陽太

「ぁぁぁぁぁ」


 ただひたすら大声で泣く。


 泣いて、泣いて、泣いて、泣くだけ。


周囲の大人たち

「あらあら、可哀想に……壊しちゃったんだろうね」

「随分と高そうな望遠鏡なのにね」

「あの子どこの子ども?」

「助けてあげたいけど、家帰ってご飯作らないと」


 野次馬、他人事、自分優先。

 大人達はもっともらしい理由を見つけては、泣いている僕に近付こうともしない。


陽太

「――――」


 僕の味方は世界中で誰1人としていない。


 全てを拒絶するように耳を塞ぎしゃがみ込む僕に、1人の女の子が近付いてきた。

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