第4話
近付いてきた女の子はハープのような優しい声音で、
女の子
「どうしたの?」
僕に話し掛けた。
陽太
「…………」
しかし、グチャグチャな感情のせいで言葉が出てこない。
女の子
「そっか……それほど大事なモノだったんだね」
女の子は温かく言うと、望遠鏡だったモノへと近付く。
おもむろに、まるで自分の宝物みたいに慈しみを込めて、バラバラになったパーツを集め出した。
1つ拾っては付いた砂埃を払い、また1つ拾っては砂埃を払う。
そして、一欠片も残さずに望遠鏡が入っていたケースの上にまとめると、
女の子
「もしかしてなんだけど……あの3人が?」
何故分かったのか驚きつつも小さく頷く。
陽太
「――――」
すると、彼女のふんわりとした空気が一変、周囲にメラメラと怒気が漂う。
彼女が怒っているのは、誰が見ても明らかだった。それも僕のために。
女の子
「…………」
小首を傾げ、少しの間考え込む。
すると間もなく僕の手を強く掴み、立ち上がらせるほど強引に引っ張る。
女の子
「分かった、それじゃ行こ!」
俯くのも、しゃがみ込むのも、独りで泣くのも彼女は許さない。
陽太
「行く、ってどこに……?」
未だに悲しみの波は、引いては唸りをあげて押し寄せる。
しかし、動けなくなるほどの嵐はとっくに通り過ぎた。
ひとえに、彼女の優しさから来る強引さのおかげだ。
女の子
「すいませーん。通りまーす!」
モーゼの海割りを再現するかのように、ずかずかと野次馬たちを切り抜け彼女は答える。
女の子
「3人の所! 私同じ幼稚園で、さっき偶然すれ違ったの……逃げてるみたいだったから何か怪しい、とは思ってたんだよね」
陽太
「でももう遅いし……明日にでも……」
辺りはぼんやりと暗くなり、街灯がちらほらと点り出す頃。
完全に日が落ちるまであと小一時間も掛からないだろう。
しかし、時間など関係無いと彼女はぴしっと言う。
女の子
「ダメ! 悲しい時は悲しい時に、苦しい時は苦しい時に、怒りたい時は怒りたい時に、その時にちゃんと言わないとダメなんだよ! 放っておかれた感情さんは、いつか溜まって爆発しちゃうんだから……」
勇む足取りをその場に止め、僕たちは初めて向かい合う。
陽太
「――――」
彼女は夜空をその華奢な身に宿しているかのようだった。
一等星であるベガの如く、吸い込まれそうなほどキレイな大きな青い瞳。
サラサラの黒髪は繊細で、夜空を駆ける流れ星のように見える。
女の子
「――――」
一瞬か、あるいは永遠か、沈黙の時間が流れる。
ところが不思議と嫌な感じはせず、居心地の良ささえ覚える。
しかし、彼女は唇をこれ見よがしに三日月の形に変え、
女の子
「――ドーン!! って」
大きな声と小さな身体を使って、花火さながら感情の爆発を飛び跳ねながら再現して見せた。
陽太
「うわっ!!」
予想だにしなかった行動にビクッと驚く僕。
女の子
「あははは、びっくりしすぎ」
それを彼女はころころと笑う。
そして、悪戯な笑みを浮かべると、
女の子
「――涙止まったね」
陽太
「あ……」
彼女が言う通り、あれほど溢れて止まらなかった涙はいつの間にか晴れていた。
それに心に渦巻いていた黒い感情も、次第にほぐれてきているのを感じる。
――彼女は魔法使いみたいだった。
僕の心を溶かす、そんな魔法の。
女の子
「そう言えば、君のお名前何て言うの? 私は彗星って書いて……そのまんまスイセイ! 君もスイちゃんって呼んで!」
彼女は空中に”彗星”の文字を書いてみせる。
”彗星”は彼女――キラキラと尾を引きながら、自分が進みたい方へ進んでいく、まさにスイちゃんにぴったりの名前だった。
陽太
「僕はヒナタ。逆さにした太陽で陽太。呼び方は……」
反対に、僕は自分の名前にまるで自信が持てない。
黒髪、根暗、ぼっち――太陽とは真逆の見た目と性格だからだ。
更に、友達が多そうなスイちゃんのようにニックネームとかあるわけもない。
理由は、幼稚園でも友達が1人もいないため。実に単純明快な答えだ。
俯きがちに言い淀んでいると、
スイ
「じゃあヨウくんだね、太陽のヨウで、ヨウくん!」
スイちゃんは明るい笑顔で、僕にあだ名を作ってくれた。
対する自分の顔はおそらく明るくない。何故なら、
陽太
「でも僕、太陽みたいに輝いてないし……」
太陽は、僕たちが住んでいる太陽系の、文字通り中心の星。
いつも
対する僕は、何かの中心にいる人でもないし、誰かを笑顔にすることなんて出来っこない。
せいぜい隅の方で縮こまっているのが僕という人間だ。
そのため太陽と僕は、月とすっぽんぐらいの差がある。
あるいはそれ以上かもしれない。
だから僕に、太陽から取ったヨウというあだ名は、余りにも畏れ多いというか、皮肉にも感じられるほどの代物だ。
しかし、彼女はそれをきっぱりと否定。
スイ
「真ん中で輝いてるだけが太陽じゃないよ。それに――」
スイちゃんはふと立ち止まると、空き地を指さす。
スイ
「――あ、やっぱりここにいた……!」
3人を見つけるや否や、スイちゃんは歩みを強める。
だが、何かに気付くと僕の方を振り返り、
「それに君が気付いて無いだけで、ヨウくんはやっぱり……太陽のヨウくんだよ!」
彼女は眩し気に笑った。そして、手を強引に引っ張る。
陽太
「…………」
家と家の間にぽっかりと空いた更地は、土管が3個置いてあるだけで、他は何もない。
それ故、先ほどの3人はすぐに見つけられた。
また、向こうもほぼ同時に僕に気が付く。
いじめっこ(チビ)
「あー、さっきの……!!」
いじめっ子(デブ)
「お前は望遠鏡のやつ」
いじめっこ(ガリ)
「まさかぁここまで追ってくるとはなぁ……」
座っていた土管から3人同時に飛び降りる。
いじめっこ(チビ)
「よくココが分かったなー?」
いじめっ子(デブ)
「お前にしてはよくやるじゃん」
いじめっこ(ガリ)
「望遠鏡ぉ、もう直したのかなぁ」
暗がりでも分かる僕を舐め回す目つき。
完全に格下に見られていることは自明だった。
陽太
「――――」
しかし、僕の隣にいるスイちゃんの一声で状況は一変する。
スイ
「――やっぱりあんたたちで間違いないのね!」
いじめっ子
「「「げっ!!」」」
いじめっ子達はようやくスイちゃんに気が付くと、全員揃って顔を青くする。
スイ
「望遠鏡、あんたたちが壊したんでしょ!? 早く、ヨウくんに謝って!」
彼女は僕の手を引っ張りながら、グイッと3人に近付いていく。
スイ
「ほら謝って!!」
彼女の威圧に気圧されたのか、仲良く押し黙る。
いじめっ子
「「「…………」」」
全員唇を噛みしめ、ぐうの音も出ない。
いじめっ子
「「「ご、ご……め……」」」
形勢逆転かと思われたその時、
大人の女性
「3人ともそろそろ帰りますわよ」
誰かの親らしき女性が空き地に入ってきた。
大人の女性
「あら、お友達……ではないようですね。一体何のご用で?」
スイちゃんの剣幕から察したのか、女性は僕たちを友達ではなく、敵に近い存在なのだと認識。
ただでさえキツそうな目付きが、角度を増す。
女性は顎をあげ、腕を組み、身体全身で僕たちを威圧する。
陽太
「――――」
息が詰まる圧力に、僕たちは何も酷いことをしていないにも関わらず、心がざわついて仕方ない。
まるで”全部お前が悪い”と責められている様な気がして、今にも謝って逃げてしまいそうになる。
しかし、僕の手を握っている彼女はそれを許さない。
スイ
「3人にはこの男の子――ヨウくんに謝って欲しいんです」
大人の女性
「謝る……? その男の子に……?」
女性は大声で、嘲笑う。
大人の女性
「何でうちの子たちがそんな子に謝らないといけないわけ? 礼儀正しいうちの子たちが悪いことなんかするわけがないじゃない! 近所でも良い子だって、それはもう有名なのよ? そんな子達がまさかあり得ないわ!! それとも、そこまで言うからにはうちの子たちがやったっていう何か確かな証拠でもあるんでしょうね、小さなお嬢さん……?」
大声かつ早口で捲くし立てる女性。
僕たちを完全に見下す嘲りの表情は、自分たちが絶対に正しいと言わんばかりだ。
陽太
「――――」
もともとなけなしだった僕の戦意は、これにて完全に喪失。
全身を襲う恐怖から足は震え、視界は歪むばかり。
真っ白な頭では、殺伐とした空き地から逃げる選択肢しか思い浮かばない。立ち向かうなど持っての他だ。
だが、幼い少女は勇敢にも抗う。
スイ
「さっきの公園に戻れば、壊れた望遠鏡がまだあるはずです。それを――「でも、俺たちがやったっていう証拠は無いよなー?」」
スイちゃんの言葉をここぞとばかりに遮るいじめっ子。
いじめっ子
「そうだそうだ!! お前達の言いがかりだ」
「証拠出せぇ、証拠をぉ!!」
大人の女性が自分たちの味方に加わった瞬間、水を得た魚のように立場を強くする。
大人の女性
「確かにお嬢さんの言う公園に、今からみんなで行ってあげても良いですけど、誰が壊したのか証明できないなら行っても仕方ないでしょう? そんなこと万が一にも無いとは私も思いたいですが……あなたたちが自分たちで壊したのに、こちらの所為にしようとしている可能性もありますしねー?」
スイ
「……で、でも――「でも、何です?」」
スイちゃんが圧力に耐えた末、やっとの思いで出した言葉。
それを大人の女性は傲慢的な態度で被せる。
陽太
「もう良いよ、スイちゃん帰――」
僕のためにこれ以上スイちゃんが傷付くのは耐えられない。
”もう良いよ、スイちゃん帰ろう”言葉にしようとした時、
陽太
「――震えてる」
スイちゃんの手は小刻みに震えていた。
また、指先は氷のように冷たい。
恐怖に支配されて今まで気が付かなかったが、
――彼女も怖いと思っていたんだ。
スイ
「――――」
僕は彼女が強くて優しいと思っていた。
大人が僕を取り囲んでガヤガヤしていた中、たった1人僕に声を掛けに来てくれたのも、男の子3人に凄い剣幕で立ち向かうのも、こちらを見下す大人の女性に屈せず刃向かうのも。
みんな彼女が強くて優しいからだと思っていた。
しかし、それは全く違った。
陽太
「――――」
彼女は優しいから、誰かのために強くなることも出来るんだ。
しかし、優しすぎるが故に、どれほど激しい感情だろうと本気で憤怒や憎悪を相手にぶつけられない。
ヨウ
「しょ、証拠なら、あります……」
そんな彼女の後ろで、怖じ気づいて縮こまっている自分がやけに矮小に思えた。
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