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 どの人間が正社員で契約社員か、パートかアルバイトか、仕事の立ち位置で大方の予想はつくが、文具売り場は比較的、性質が面白い人間が集まっている。

 閉店後は店員同士で冗談を言い合って和気あいあいと階段で五階まで上がるのだ。


 莉子は新人で一番年下というのもあって一部の人間を除けば皆が親切にしてくれる。至らないところは諭し、良いところは褒める教育環境。だから彼女は自然と輪の中に溶け込めていた。


 けれど竹倉純だけは誰とも交わらない。

 客が少ない時間帯は店員の間で雑談を交える機会もある。しかし純が雑談をする相手はほとんどが男性店員だ。


 一緒に仕事をしている以上、確認や必要事項の伝達は必須。その場合は女性店員とも会話をするが、彼が仕事抜きの会話を女性店員としている場面を莉子は見たことがない。


 でも不思議と莉子とは雑談を交わしてくれる。

 純は今日も閉店後の5階に上がるまでの間、ひとりで莉子の数歩後ろにいて、無言で階段を上がっていた。


 だから余計に莉子は疑問に思う。

 どうして私には自分から話しかけるの? と。

 莉子が新人だから?

 それとも……?


        *


 莉子が竹倉純と出会ったのは3ヶ月前。書店でバイトを始めて2日目の土曜に勤務に入った日だった。


 勤務2日目の莉子は土曜の人の混雑に驚きながら、その日の指導係であるパートの荒木史香に仕事を教わっていた。


 荒木は指導の厳しい先輩だった。仕事だから厳しいのは当然。だが荒木はあからさまに莉子に対して攻撃的な物言いしかしない。

 物覚えが悪くトロいと自負する莉子は、自分の要領の悪さが荒木の苛立ちの原因だと感じていた。

 彼女は莉子の失敗の尻拭いもしている。


 ここは学校じゃない。仕事は遊びではない。

 皆で和気あいあいとやれるとは思っていない。社会とはそういうものだと莉子もわかっている。


 でも莉子が言えたことではないが、ダメな新人を根気よく指導して立派に育てる人間と使い物にならないと知ると早々に見放す人間、先輩も二つに分かれるだろう。


 それなら莉子はいつか人を指導する立場になった時には前者でいたいし前者になろうと、怒りジワの増えた荒木の横顔を盗み見て決心した。

 自分がダメなタイプの人間だからこそ、最初から上手くできない不器用な人の気持ちを理解してあげられるだろう。


「新人さん?」


 心の中で荒木への愚痴をぼやいていた時に声をかけられた。教えてもらったばかりの値札付け作業の手が一瞬止まる。

 視線を上げた先には彼女と同じ書店のロゴ入りエプロンをつけた長身の男性がいた。


「あ……はい。昨日から……」


 まずはこちらから名乗って挨拶をするのが礼儀なのに、どうしても上手く言葉が出ない。


「ここに女の子が入ってくるのは珍しいね」

「そうなんですか?」


 なんとか会話を繋げる。厳しい荒木は幸いなことに接客中だ。


「うん。ここは女の子あまり入って来ないんだ。新しい人が来ても女の子は大抵向こう行き」


 彼は雑貨レジに視線を向ける。

 確かにあちらは女性店員が多い。女性の客が大多数なこともあり男性店員は雑貨レジにはヘルプ以外では入らない。


 それとは逆に莉子が配属された中央レジは男性がメインの場所。女性と言えば莉子と荒木、ヘルプで初日の指導係をしてくれた雑貨レジ担当の秋元結梨くらいしかこの2日間では見かけなかった。


 中央レジが忙しくなれば雑貨レジや3レジから秋元結梨や他の女性店員がヘルプに訪れるけれど、基本的に中央レジは女性が少ないらしい。


 正直、雑貨レジ担当がよかったと莉子は思っていた。あちらの方が可愛い雑貨売り場に囲まれて仕事ができるし、初日と今日に顔合わせした店員達も人当たりが良い。


 中央レジのバックヤードには文具売り場の部長や文具売り場の主任のデスクがある。今もついたてを挟んだバックヤードに主任が常駐するこのレジは、なにかと緊張する。


「ここは大変だろうけど何かあればいつでも言ってね」

「はい。ありがとうございます」


 これが佐々木莉子と竹倉純の出会いとなった。


 竹倉純のことは初めはいい先輩だと思うだけだった。重い荷物を運んでいると代わりに持ってくれ、困っている時はさりげなくフォローしてくれる。

 大変な時にいつも純が助けてくれるのはなんでだろう……なんて、忙しい仕事中に考えている余裕はなかった。


 とにかく一刻も早く仕事に慣れようとしていた莉子はまだ、純のことを考えずにいられた。あの不可解な、休憩室の謎に直面するまでは。

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