第百話:赤狼の牙

 ――赤狼の牙

 

 

 それはかつてグラヴェロット領を荒しに荒らし廻ってくれた最低最悪の盗賊集団の名前であり、その十年後…… 頭領は私を殺してくれた張本人でもある。

 

 グラヴェロット領だけでなく、私個人にとっても因縁の相手である。

 

 

 

 たかが盗賊風情が…… 当時は誰もがそう思っていた……。

 

 

 

 ところが、当時から奴らはただの盗賊集団とは思えないほどに用意周到で複数の村を同時に襲撃し、領軍の戦力を分散させて領軍を誘い込んでは伏兵等で応戦していた。

 

 この程度であれば領軍の質の高さから各個撃破できるはず…… とはならなかった。

 

 予想以上に赤狼の牙の個々の能力が高かった。私が姉弟誘拐事件の時に倒した使い捨ての連中とは違って本陣にいる集団は群を抜いた強さのはず。

 

 それは当時、引きこもりだった私が資料を読んだ内容からでも伝わる程に……。

 

 結果として領軍にも相当の被害があった。

 

 

 

 最終的にはほぼ壊滅状態まで追い込んだものの、頭領及び幹部連中を仕留める事は出来ず行方をくらました後に十年間もの間、奴らは王国内で暗躍し続けていた。

 

 そう、それだけの期間を過ごし続けていた奴らはただの盗賊ではない。

 

 それは身をもって経験した私が誰よりも知っている。

 

 

 

 今日の襲撃が初回だとするのであれば、次に来るのは五日後のはず。

 

 そして襲撃を行った実行犯たちが入手した戦利品を持ち帰る場所はダミーであり、奴らの本拠地ではない。

 

 

 その事は赤狼の牙を除いて、私だけが知っている。

 

 

 やるべき事は五日後の実行犯たちが襲撃をしかける村に先回りとして被害を最小限に抑える為に領軍又は冒険者を対象の村に派遣する。

 

 その間に私は本拠地を襲撃して奴らの本体を潰す。

 

 

 とはいえ、どっちがいいんだろう……。

 

 単純な戦力で考えた場合は当然、領軍という選択肢になるのだけど、どうやって彼らを向かわせるかなのよね。

 

 例えば私はお父さまに頼み込んだところで子供の冗談として受け流されておしまいでしょうね。

 

 そりゃあ、誰が未来なんてできるのよ。予言者じゃあるまいし……。

 

 

 予言か…… ふと私がペトラと対峙した時のセリフを思い出す。

 

 

 『あ…… 貴方…… だったんですか…… 貴方が…… 予言に現れた…… 教団の…… 敵』

 

 

 王子と教団がグルになっていたあの件については赤狼の牙も関係者であったはず。

 

 この時点で教団と繋がりが既にあるのかないのか分からないけど、万が一何か情報があるのだとしたら聞き出さねばならない。

 

 

 うーん……

 

 

 やっぱり冒険者に依頼するのが無難かしら。

 

 

 どうやって依頼する…… 私が直接ギルドに掛け合って冒険者を募集した場合を想定してみる。

 

 その場合はエミリアさんに何で私が冒険者を募集するのか問い詰められた後でフェリシア様に呼び出しを受けそうな気がする。

 

 そうなったら「なんでそんな事が分かる」からの「私……未来が分かるんです」となって「私を舐めてるのか? やっぱりお前は『武器屋クラッシャー』にするわ」となる予感!!

 

 

 ダメだ…… ロクな未来が見えない……。

 

 

 村に直接掛け合って冒険者を雇ってもらう様にお願いするのが良さそうな気がする。

 

 

 幸いな事に魔獣2000匹を狩った分をすべて換金したのでお金には余裕がある。

 

 

 

 襲われる対象の村の全てに私がお金を負担するから冒険者を雇って欲しいとお願いするしかない。

 

 

 

 大丈夫かな…… 不安しかない…… 

 

 

 

 

 

 

「帰ってくれ」


 やっぱりこうなっちゃうか……

 

「信じられないのも無理はないかもしませんが、村の危機なんです」

 

 村長はどう見ても頭のおかしい子供の相手に嫌そうな顔をしている。

 

 しかも正体がバレない様にフード付きのローブなんて着てるから尚更でしょうね。

 

 だけど、私も正体がバレる訳にはいかないから致し方ないの!

 

「いきなり村の外から来た子供が「四日後に盗賊の集団が来るから冒険者を雇え」だと。こっちは子供の遊びに付き合ってる暇はないんだ」

 

 私は村長の目の前に金貨を入れた袋を提示する。

 

「もちろん私の方で費用は負担させて頂きます」

 

 村長は袋の中身を見ると、表情が引きつっている。

 

 まさか子供が本当にそんな大金を持って来ているなんて思っていなかったのかもしれない。

 

 予想以上のお金を目の前にしてどうしていいのか分からないのかもしれない。

 

 

 しばしの沈黙が流れると、その静寂を切り裂く様に外から一人の村人が村長の家に駆け込んできた。

 

 

「村長! 大量のまっ、魔獣が村の畑を襲ってるんだっ」

 

 村長は一目散に外に走り出していき、私もそれについて行く。

 

 

 この村の産業は農業で成り立っている。

 

 

 その村の一面の畑を大量の魔獣が襲っていた。

 

 

 放っておけば、村の収益にも大打撃となる。

 

 

 あれは…… Dランクのグレイウルフ……

 

 数は十匹ほどで畑の農作物を食い荒らし始めている。

 

 

 グレイウルフはこの村の先にある森を縄張りとしているはず。

 

 何でこんな所に……。

 

 考えるのは後回しにしましょう。

 

 

 村人は数人で農具を構えてグレイウルフに向けて威嚇しているが、グレイウルフの方も村人を威嚇しながら、まるで農作物を自分達の所有物であるかの様な立ち振る舞いをしている。

 

 

 全く…… 村長との交渉が上手く行ってないのに、邪魔しないで欲しいわ。

 

 

 さっさと終わらそう。

 

 

 村人達がグレイウルフを警戒して、まるで時が止まったかのように全員固まっていた。

 

 

 その中で一人だけ…… 私だけがグレイウルフに向かっている。

 

 

 私の動きに気付いた村長が止めようとする。

 

 

「お前さん、何を馬鹿な事を考えてるんだ。子供の遊びも大概に……」


「私が魔獣を仕留めている間に先程の話、ご検討ください」

 

「……は?」

 

 私は村長の制止を気にも留めず、グレイウルフに向かって駆け出していく。

 

 グレイウルフ私の動きに気付いたが、もう遅い。

 

 

 魔獣2000匹討伐ミッションを達成したマルグリットさんからすれば、この程度は最早ちょちょいのちょい。

 

 

 私の近い位置にいるグレイウルフを片っ端から蹴り飛ばしていく。

 

 村人からすれば何が起きたのか分からず固まっている。

 

 彼らがハッとした時には全てのグレイウルフを仕留めた後だった。

 

 その場にいる村人全員が私に視線を送っている注目を浴びながら、改めて村長の元に戻り確認する。

 

 

「決めて頂けましたか?」

 

「お前さんが何者かは知らんが、その力があればわざわざ冒険者を雇い入れなくても、その盗賊とやらを追い返せるんじゃないのか?」

 

 村長の私を見る目が変わった。私の行動を見て、只の子供の遊びとはもう思わなくなっていたようだった。

 

「申し訳ありませんが、その日はどうしても別の場所に行かなければならないのです。ですから、お願いをしているのです」

 

「…………この大金をワシが着服して、この話を聞かなかったことにする事は考えなかったのか?」

 

「その場合、村から本当に死人が出ますよ。その程度のはした金の為に住人を見殺しにした村長という扱いを受ける事になり、それはいずれ自分の行いは自分に返って来ると思った方がいいでしょう」

 

 冷たい事を言うようだけど、私にはこれ以上はどうしようもできない。下手に介入しすぎて存在がバレる訳にもいかないから。

 

「分かった…… お前さんの言う取りにして、このお金で冒険者を雇い入れよう」

 

 良かった。この調子で残りの村も交渉に行かないと……。

 

「ありがとうございます。それでは私は急ぎますのでこの辺で失礼します」

 

 私が立ち去ろうとした時、ふと強風が吹いてフードが捲れてしまった。

 

 私はヤバっとすぐにフードを被りなおして、チラッと村人たちの方を確認すると、やっぱり全員私の方を見ていた。

 

 …………私は無言でお辞儀だけしてそそくさと立ち去った。

 

 

 

 数日後、ちゃんと村を護衛する冒険者が来ることになるのだけど、その冒険者達は村を救った少女の事を耳にする事になる。

 

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