第百一話:赤狼の牙~本拠地襲撃前日・私の理由~

 あれから更に三日が経過した。

 

 奴らの別動隊が村を襲撃するのは明日となる。

 

 過去に襲撃された村々には私が交渉して冒険者を雇ってもらえることになった。

 

 これで少なくとも防衛の目処は立った。

 

 そして私はガルカダの武器屋で購入した刃渡り30cm程度のナイフを購入した。

 

 本当は謝罪の意味も込めて色々な物品を購入したいのだけど、荷物になる様な物は避けたかったので次回以降と約束をした。

 

 刃物を扱うなんて時間遡行してからは初めてだわ。今回は夜間襲撃を行うからあまり周囲に響くような打撃音は避けたいのよね。

 

 人を見かけない裏路地にササっと入って、ナイフを軽く振っての感触を確かめる。

 

 違和感は…… 特にない。身体が小さい分、今の私ではショートソードですら大型に感じてしまう。

 

 このくらいが丁度いいわね。もう少し感覚を確かめる為に目を閉じて、目の前に相手がいる事を想定する。

 

 目の前にいる男は私を殺したあの赤服だ。

 

 当時はほぼ何もできずに押さえつけられてしまったけど、今なら対抗できるはず。たぶん……。

 

 私はあの男の動きを思い出しながら、回避しながら近づいてナイフで男の首筋を切り裂く。

 

 待って……。

 

 そもそもあの男の所まで辿り着ければナイフいらないのでは?

 

 目的としては、下っ端達を片付ける最中に打撃音を防ぐ為に様に隠密性を重視した結果ナイフを選択したわけで……。

 

 なら下っ端相手にシャドウする? それ意味あるの? と頭を捻っていたら実戦の方がマシな気がして来た。

 

 刃物を扱うカンを取り戻す為に魔獣狩りでもしようかと路地裏から表に出た所で冒険者ギルドでよく見かける人に話しかけられた。

 

「いたいた…… 探したぜ、狂犬マッドドッグ

 

 本当に珍しい…… 普段は遠目から「げえっ、狂犬マッドドッグ」とか言ってる人なのにね。

 

 ちなみに狂犬マッドドッグとは私の名前でも無ければ二つ名でもない。

 

 パーティ名が二つ名扱いされる事も無い事は無いでしょうけど…… あくまで集団を特定するための名前であって個人を特定するものではないから……。

 

 私の様なソロだとパーティ名がそのまま特定の個人を指す事になるから、ある意味二つ名みたいになってしまうのは仕方がない事なのかしら。

 

「何か御用でしょうか」

 

「エミリアさんが狂犬マッドドッグの事を探していたぜ」

 

 エミリアさんが……? 珍しい、普段ギルド内で見かけられた際に頼まれ事をされる事はあっても誰かを使ってまで探す事なんてなかったのに……。

 

「要件の内容について何か聞いていたりしますか?」

 

「いや、俺は何も聞いてねえ。ただ、狂犬マッドドッグを見かけたら受付に来るように伝えて欲しいってよ」

 

 私の準備は終わってるから後は当日に備えるだけ…… けど、一点気になった事が残ってるから確認しに行きたい場所があるのよね。

 

 それは最初に交渉しに行った村に現れたグレイウルフ…… 本来生息する森ではない場所に来ていた。

 

 森に異変が起きていると考えるのが妥当。そして今のタイミング…… 考えられるのは一つしかない。

 

 それを確認しようと思ったんだけど、後でいっか。

 

「ありがとうございます。ギルドに顔を出してきます」

 

「お、おう…………」

 

 彼は私に伝言を伝えるとそそくさといなくなるものかと思ったけど、彼はそのままその場に留まった。

 

 彼は「あー」とか「えーっと」とか言いながら頭をぽりぽろ掻きながら何か切り出したそうにしている。

 

「まだ何かありますか?」


 少し間をおいて、彼はいつもと違う真剣な表情で私に問いかける。

 

「お前はなんでそんなに強いんだ……」

 

 彼の質問の意図が全く理解できなかった。

 

 別に私は小説の様な超鈍感系すっとぼけ主人公のつもりはないし、自分の置かれた状況は理解はしている。

 

 だから私の答えは「強くなんかない」としか言いようがない。

 

 だって…… 本当に強かったらあの時、皆助けられたはずなの……。

 

 

 

 数人に身体を抑えつけられて身動きが取れずに見ている事しか出来なかった。叫んで、藻掻いて、死ぬ気で応戦しても結局ダメだった。だから死んだ……。守れなかった……。

 

 

 

 フィルミーヌ様も……

 

 

 

 イザベラも……

 

 

 

 そして、自分自身すらも……

 

 

 

 全く歯が立たなかった。たかが盗賊…… 主人公はその辺のモブにやられる事なんてない。

 

 死ぬ目にあったとしても実際に死ぬ事はない。所詮、現実はフィクションとは違うのだと身をもって思い知らされた。

 

 

 

 どうしてこんな結果になってしまったのか……。

 

 

 

 それは、私が『弱い』から。

 

 

 

 私を救ってくれた人がいる。私はその人に憧れたけど、この人の様にはなれないとは分かっていた。

 

 弱い私が行きついた答えは、せめて力になれる様に…… この人を守れる力が欲しいと願った。

 

 

 

 強くなればこの人を守れると思ったから。

 

 

 

 きっと彼の求めている答えは違うのかもしれない。道半ばの私が偉そうに人様に講釈垂れる事なんてできやしない。

 

 それでも私が彼に言える事があるとしたら……

 

「…………貴方に守りたい人はいますか?」

 

「守りたい人?」

 

 彼の表情が急に『???』になってしまった。質問がピンポイント過ぎたかしら。

 

 あくまで私のケースだから他の人にも当てはまるとは限らないけど、ありがちな一般論よりは自分の経験を話した方がイメージを伝えやすい。

 

「私には…… 守りたい人がいます。私はその人に救われました。生まれて初めてでした…… 人生観が変わる程の衝撃は。よく聞くフレーズで”運命の出会い”は本当に突然やって来たんです。強くあろうとしたのは、その人の為です。守られる存在じゃない、守る存在としてその人の隣に立つ存在として相応しくなりたい…… 強さだけではなく清廉潔白で誰を相手にしても自信を持って前を向いていける様な恥ずかしくない人間になるために。貴方にはその様な目的はありませんか?」

 

「いや、あまり考えた事はねえな。それにしても意外だな、狂犬マッドドッグにそんな一面があったとは思わなかったな」

 

 いや、どんな一面を想像してるのよ、この人……。

 

 私があの男に噛みついたのは、その人を侮辱する発言をしたのが理由なんだけど……。

 

 結果として『狂犬マッドドッグ』なんて命名されたわけでもありますけどね。

 

「だけど気を付けてください。その守りたいもの、大切なものが目の前で壊された時、貴方の世界はひっくり返ってしまうかもしれない」

 

 あの事件をキッカケに私の世界はひっくり返ってしまった。

 

 純粋にあの人を守る為に強くなりたい、清廉潔白でと願っていたあの頃の無垢な私はもういない。

 

 

 今の私は…………

 

 

「それはどういう…………」

 

「その相手にどんな高尚な理由があろうとも、立場があっても、人質がいたとしても、神が許そうとも、その人が望まなくても………… 私が許す事は絶対にない」

 

 あの人に手を出したツケは払わせてやる。

 

 今が過去でまだ手を出してないとしても私には関係ない。

 

 必ず…… 復讐する。それが私の理由…… 強くなるための……。

 

 こんな思いをするのは私だけでいい。

 

「貴方は…… 私の様にならない事を願っています」

 

 私はギルドに向かうために彼の横を通り抜けていく。

 

 彼はその間一言も話さず、動く事も無く、ただ立ち尽くしていた。

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