第九十八話:ルーシィの選択
魔獣のノルマ2000匹達成を終えた私はいつも通りに冒険者ギルドに入っていく。
初日と二日目に色々やらかしてしまったせいで、その場にいた人たちからはちょっとした猛獣の扱いを受けてしまった。
もちろん、冒険者ギルド登録者の全員がその場にいた訳ではないので、事件を知らない人達からしたら話半分に信じていない人達が大半だったという。
そりゃそうでしょう。私だってそんな話を聞かされた所で信じるのは難しいと思う。
その手の一部の人達とはアリリアス大森林で魔獣狩りの最中に出会ったりすると、彼らはふと手を止めてこちらを見る。
彼らにとって私は謎の存在らしい。
普通の冒険者は魔獣を剣で切ったり、弓で射たり、槍で突いたり、魔法を使って戦う。
そう、普通は…………。
ところが突然視界に入って来た少女(?)は目の前の魔獣と素手で戦い、手刀で心臓を一突きしたり、首の骨を折って仕留める等およそ普通とはかけ離れた戦い方をしている。
彼らは目の前にいる少女の形をした謎の生命体が理解できずに戸惑っている。
中には「……魔獣?」などと失礼な事を平気で言ってくる輩もいた。
「違います」
と言うと……
「うわっ、喋った」
とかいう……。本当に失礼な……。
イチイチ説明するのも面倒なので魔獣の身体に突き刺した腕で魔石を力づくで引き抜き、袋に入れて私はその場を後にする。
その後、ギルドに戻ると大森林で出くわした冒険者達が周りに今日起きた出来事を語っていた。
「マジで見たんだって! 人間の形をした魔獣を! しかも喋ってんだよ」
「なに言ってんだ、お前……。頭でもおかしくなったか」
「本当なんだって! 俺だけだったら気のせいかなと思うけど、うちのメンバー全員見てたんだから間違いねえよ」
「聞くだけ聞いてやるよ、どんな魔獣なんだよ」
「女の子なんだよ! 見た目は人間の! 俺らと目が合ってもお構いなしに目の前にいた素早くて補足するだけも苦労するはずのウイングブレードの心臓を素手で抉ってんだよ」
そうなのよね、Cランクの中でも最も素早くて捕まえにくいんだけど、一定の行動法則を見抜いた以降は割と簡単に補足できるようになった。
あとは《オーバードライブ》で一気に心臓付近にある魔石を抉るだけの簡単なお仕事です。
「女の子…… 素手…… すまん、もう少しその子の特徴を教えてくれ」
私と目が合ったパーティは女の子の見た目等の特徴を事細かに語っている。
まあ、それって私の事なんですけどね。
その話を聞いていた全員が固まった。そして騒いでいるパーティ以外のメンツで何やら話し合っている。
「なあ、今の特徴って……」
「あぁ…… 間違いなく
「トニーを瞬殺してたから相当の強さだとは思ってたが、まさかウイングブレードまで瞬殺とか…… 目を合わせたら俺らの心臓まで抉られるぞ」
目を合わせた程度で誰彼構わず噛みつくって何で思われてるのかしら…… やっぱりあの
「
「バカ、
なんだろう…… 間違ってない…… 間違ってはいないんだけど…… もう少し、言い方ってものがあるんじゃないかな。
それに誰彼構わず喧嘩売ってるわけじゃないのに……。ウイングブレードの件でまた変な噂が増えそうな気がする。
武器屋の件もフェリシア様のせいで広まっちゃったし……。人の噂もなんとやらっていうけど、当分落ち着きそうにない。
彼らに気付かれると余計に面倒な事になりそうだから早めに討伐報告だけして帰宅しよう……。
そんな一人で黄昏ている最中、後ろから声を掛けられた。
「相変わらず人気者だね、マルミーヌちゃん」
聞き覚えのある声…… それは約二カ月前に再会を約束して見送ったルーシィさん、そして一歩引いた形でチェスカさんが立っていた。
振り返って感動の再会………… なんだけど、私は二人を見て状況を一瞬で理解してしまった。
「あ、あの……」
「うん、マルミーヌちゃんの言いたい事はわかるよ。とりあえず一旦空いてる席に座ろっか」
私は自分の気持ちを落ち着かせる。
最近は本当に思っていた事と全然違う方向に物事が進んでいく……。
なんでこんなことに……。
冒険者ギルドは一部の席が酒場と併設しているからテーブルや椅子などが配置されている。
空いている席に座るけど、三人共どの様に話を切り出していいか分からないのでしょう。
意を決して私から切り出す事にした。
「ルーシィさん、貴族だったんですね……」
「うん、黙っててゴメンね」
この間、聞いた話で薄々そうなんじゃないかとは思っていたけど……。
それでも半信半疑だった。何故なら、どう見ても貴族出身とは思えない程、考えなしに行動する事が多いからとは言えない。
「いえ、誰にだって隠し事の一つや二つくらいあるでしょう。別に悪い事ではありませんよ」
私だって言っていない事は幾らでもある。
貴族だという事を除いたとしても、この世界の誰も信じない様な私だけの秘密を……。
「それでね、この格好を見れば分かると思うけど、家に留まる事にしたの……」
あれだけ実家を嫌っていたじゃないですか、絶縁するって言ってたのに……。
「どうして……」
ルーシィさんはただ首を左右に振るだけ。理由は教えてくれそうもない。
チェスカさんに視線を送るも同じ様に首を左右に振るだけ。
言えない事情がある……。それだけは理解できてる。
「本当は私だって嫌だよ……。でも家に帰って知ったことがあるの。それが家に残る…… ううん、残らなきゃいけなくなった理由でもあるの」
もし何かあったら相談してくれるものだと思ってた。
だけど、もう既に決めていたって事は……
「私では力になれないって事ですか……」
「そうじゃないの、他国の貴族が介入するのは流石に国家間問題に発展する可能性があるから貴方を巻き込むことはできないの…… 貴方を蔑ろにしたいわけじゃない、それだけは分かって欲しい」
「えっ!?」
「フフッ、気が付かないとでも思った? 初対面の時に名前を隠そうとした事もそうだけど、綺麗に手入れされている髪に肌ツヤを見て平民っていうには無理がありすぎるよ」
迂闊! まったく気にしてなかった。身だしなみは毎日寝ぼけている最中にナナが手入れしてくれるから意識した事が無かった……。
というかそれよりもルーシィさんが言っていた発言が気になった。
「国家間問題って事はまさか……」
「うん、それにはまず私の事を話す必要があるわね。ルーシィは本名ではなく、実家を飛び出した時にチェスカが付けてくれた仮の名前で、私の本名はルシエラ・アールストレーム。魔導国家パラスゼクルの貴族であり、侯爵家の長女なの」
ええええええええっ!? 魔導国家パラスゼクル……。しかも侯爵家……。
椅子に座っているのに腰を抜かしてしまった。
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