第九十七話:マルグリットさんのついてない一日をご紹介

 ようやく2000匹の魔獣討伐が終わった。

 

 初日は大した数を狩れなかったけど、日を追うごとに森での魔獣の探し方、魔獣毎に変わってくる攻撃の対処方法や倒し方など効率が上がっていくのが分かった。

 

 結果として指定の数を倒すまでに一日毎の討伐数は初日の倍を余裕で超えるようにまでなった。

 

 より強い敵と戦わないと強くなれないと思っていたけど、今回の事で少ない挙動で最大の結果を出せるように効率を考えながら戦う…… 頭の使い方を学べたのが大きい。

 

 それに一日中、アリリアス大森林内を走り回っていたおかげで体力もかなりついたわ。

 

 

 

 それにしても最近はやることなす事が本当に裏目に出てばかりでついてないわね……。

 

 特に罰ゲームを始めた初日とか本当に酷かった。

 

 そう、こんな感じで……

 

「ぽわんぽわんぽわん……」

 

 

 

 

 討伐が終わって戻って来た私はエミリアさんの元に行き、魔獣討伐の証である魔石を入れている袋を差し出した。

 

 エミリアさんは丁寧に的確に魔石の鑑定と数の確認を素早く行っていく。

 

 初日は低ランクの魔獣だけで数を稼ぎましょうなんて姑息な事を考えてしまったせいか、フェリシア様が後ろから忍び寄ってきて討伐した魔獣の魔石を見るなり私の頭を鷲掴みにしてきた。

 

「確かにお前にはFランクからCランク相当の魔獣という条件を付けたが、低ランク魔獣のみで数を稼ごうとはいい度胸しているな、貴様…… この露骨な対応は私への嫌がらせか?」

 

 楽をしようと思ったのは事実。

 

 しかし、フェリシア様を怒らせるつもりは毛頭ございません。

 

「まだ初日なものですから、これから徐々に増やしていくつもりです。えへっ」


 にっこりと笑顔に加えて両手でハートマークを作る仕草の対応して不満はない事をアピールしないとね!

 

「ほう…… では明日以降からはDランクとCランクのみに限定とする。数に変更はない」


 でええええええっ! 通じていないいいっ、条件がより一層面倒臭い事に……。

 

 笑顔から一瞬で引きつった顔になってしまい、それを見たフェリシア様が私の表情をみて禁断の言葉を発してしまった。


「あまり反省の色が見えんな、貴様。『狂犬マッドドッグ』よりも『武器屋クラッシャー』に改名する方がお望みか?」


 ちょおおおおおい、ちょいちょいちょい! そんな大きな声で言わないで!

 

 フェリシア様の口を防ごうとジャンプするも意地の悪い顔をしながら躱されていく。

 

「やります!やらせて頂きますから『武器屋クラッシャー』はどうかご勘弁を」

 

「うむうむ、子供は素直なのが一番だな」


 フェリシア様は嬉しそうにうんうんと頷いている。それはもう本当に嬉しそうに……。

 

 そしてそんなフェリシア様の言葉を聞いていた周りの冒険者たちが一斉に反応していた。

 

 

 ――おいおい、武器屋が襲撃されたって噂の犯人がやっぱり狂犬マッドドッグらしいぜ

 

 ”やっぱり”って何よ! それに襲撃はしていないから! 犯人とか言わないで! たまたまなの! たまたま魔力を込めちゃったら予想以上の威力になってしまっただけ!

 

 

 ――何?狂犬マッドドッグが武器屋の強盗に入って破壊活動したんだって?

 

 強盗って何? 私を犯罪者みたいに言うのはやめてよおおおお! 変な尾ひれ付けるのやめてえええええええ!

 

 

 ――ギルド登録初日にトニーを重体に追い込んで、更に武器屋まで破壊したってのかよ……。正気か、アイツ……。

 

 ……悲しい事にこれは間違っていない。正気のつもりですけど……。

 

 

 フェリシア様が周りに聞こえる声で武器屋の話をしたせいで、また周りに騒がれてしまい、私の悪評の様に広まっていく……。

 

 広めた元凶のフェリシア様は「あ、仕事やらなきゃ」とか言いながらそそくさといなくなっていた。

 

 酷い…… 言うだけ言ってとんずらするなんて……。

 

 悪夢だ……。

 

 そうよ、これはきっと悪夢なんだわ……。

 

 なんて現実逃避ごっこをしていたら、後ろから声を掛けられた。

 

「ちょっといいですかい? 姉御」


 姉御…… そんな呼ばれ方は生まれて一度もない。

 

 そして、姉御と呼ばれる年齢でもない。

 

 声が聞こえる方向から私に向かって発しているような気がしないでもないけど、きっと私向けではない。

 

 だから振り返らないようにした。

 

 すると、次は女性の声が聞こえた。

 

「ちょっと、何無視してんのよ! 誰のせいでトニーが傷ついたと思ってんのよ」


 トニー…… それは私に粗相をした愚か者の代名詞。

 

 正直振り返りたくない…… しかし振り向かないと話が進まない気がする。


 仕方なく振り向いたら、やっぱり当の本人でした。

 

 綺麗にへし折ったはずの足は包帯が巻かれて松葉杖をついており、そして私に文句を言ったであろう女性は彼を支えていた。

 

「は?」


 納得がいかなかったので、ちょっと語気が強くなってしまったかもしれない。

 

 二人はビクッとしながら私が目線を合わせようとすると、逸らし始めた。

 

 誰のせいでと言われても、そもそもその男が私にニチャりながら「ギルド登録反対!」とか言わなければこんな事態になってないという事を是非とも貴方達には思い出して頂きたい。

 

「いやあ、姉御の強さは肌で感じさせていただきやした。ちと生意気な口を聞いたお詫びと言いますか謝罪の方をさせて頂ければと思いやして……」


 ふむ、見くびっていた相手の強さを素直に受け止めて謝罪する。

 

 これはとても正しい選択だと思います。

 

 ここで突き放そうとすると謝罪に来た相手を無下にしたという事で私にマイナスイメージ着くこと間違いなし。

 

 よって、謝罪を受け入れる度量を見せる事が人の器としての大きさを知らしめることができる訳。

 

 

 こういう時は…… えっと『昨日の敵は今日からズッ友』だったわよね。

 

 つまり、小説だとよくいる主人公は『昨日までの事は水に流してこれからよろしくね』と言いながらニッコリスマイルを行いつつ、握手を求める事が正しいムーヴ。

 

 なんだけど…… この男は本当に申し訳なく思ってるのかしら……。

 

 なんかニチャアとねっとりした笑い方してるし、支えている女性の方も敵意剥き出しの視線送って来るし……。

 

 先程のフェリシア様に言われたセリフを引用する訳じゃないけど、反省の色がまるで見えないわね……。

 

 と思っていたらついムカムカして頭の中身をつい口走ってしまった。

 

 

「次に同じ事を口にしたら命は保証しませんから。言葉選びは慎重にすることをオススメします」

 

 

 あっ…… ついと思ってたら、もう遅かった……。

 

 トニーさんは顔を真っ青にして私にガチの謝罪を行ってくる。

 

 足が折れて松葉杖をついていたにも拘らず、気にせずに私に土下座ムーヴをかましてきた。

 

「ほ、本当にすいやせんでしたああああ。い、命だけはどうかお助けを…… いえ、あっしはどうなってもいいんで、この女だけは命を助けてやってくだせえ」

 

 ――おいおい、足をへし折っておいて、まだ謝罪させてるぜ……しかも土下座…… 流石は狂犬マッドドッグだぜ。

 

 そんなつもりは毛頭ございません。”させてる”とは言いますが強制していません。周りの目があるんだから、むしろさっさと立ち上がって欲しい。

 

 ――トニーだけじゃ飽き足らず、相方の女にまで同じことをやるつもりだったのかよ。追い込みの仕方が半端ねえ。

 

 敵意を向けられているとはいえ、今の所は害がないので何もするつもりはないのに”同じことをやる”って確定させるのヤメて!

 

 ――命は保証しねえって人の心がないのかよ……。どんな荒れた生活してりゃ、ここまで残酷になれるんだ。

 

 すみません……。これでも貴族なので生活は荒れた事は無いです……。つい、心の声が……。

 

 

 うう……、このままじゃ収拾がつかないよぉ……。

 

 誰か、誰か助けて……

 

 私は助けを求めてエミリアさんに振り返ると、あの時のチェスカさんと同様に噴き出しそうなのを思いっきり我慢したリスがそこにいた。

 

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