第九十四話:エミリアとフェリシアはこんらんしている!

 私はエミリア。グラヴェロット領の冒険者ギルドで受付担当をしていて現役のAランカーでもある。

 

 今日は将来がとても有望な若手が来てくれた。

 

 フェリシア様が珍しくさぼりに来て、子供に近づいていくから何事かと思ったけど、彼女を見てピンときた。

 

 特徴は前に聞いていたけど、話を聞いたのが二年前だから記憶から飛びかけていた。

 

 でも彼女の容姿を見た時に二人の話が一瞬で蘇った。

 

 パッと見は二人が形容していた様に可愛らしいお嬢さんだった。

 

 それと同時に本当にハイオークを倒した人物なのか疑った。戦いとは縁遠い見た目をしていたから。

 

 でもその疑問は一瞬で解消する事になる。

 

 

 トニー君が彼女に喧嘩を売っていた。

 

 彼は二十代前半でDランク、このまま頑張れば一年以内にはCランクに上がれるかもしれないという所まで来ていた。

 

 才能があるかと聞かれたら平均より下くらいかなという評価。

 

 それでも人の入れ替えが激しいグラヴェロット領で数年間生き残っている事は素直に加点できる評価でもある。

 

 ただ、彼の性格は強いものには遜る、弱い者には強気に出る、見下すという傾向にあり、正直褒められたものではない。

 

 

 だから普通だったらあの場は私かフェリシア様が止めるべきだったんだろうけど、あの二人が絶賛するほどの少女がどれほどなのか見たくて止めなかった。

 

 

 そして驚いた…… 何がって?

 

 

 ある程度の経験者である彼を倒した事? それも少しはあるだろうけど、私が着眼したポイントはそこじゃない。

 

 彼女には一切の躊躇が無かったという事。

 

 普通の人間だったら同じ人間に対してやり過ぎてしまった事に対して無意識的に思いとどまったりするものなのだけど……。

 

 あの子は”対人”含めて戦い慣れしている。

 

 明らかに人間を仕留める事が前提の動きだった。

 

 まだまだ粗削りだけど、自分と相手の立ち位置や身長差、心理状況等を最初から考慮した立ち回りでかなり頭も回るタイプだと思った。

 

 ただ、あまりに素直過ぎて直線的に軌道を描いていたのがお堅い騎士を彷彿とさせる辺り、彼女の関係者に騎士でもいるのかと推測した。

 

 フェリシア様が止めなかったらきっと最悪の事態――労働者の減少になっていたと思う。

 

 ただでさえ残るのが難しいんだからしょうもない事で労働人口を減らさないで欲しい。

 

 まあ、止めなかった私が言うなってのもあるから反省して今後はちゃんと彼女を見ておかないと。

 

 あの性格だと絶対またやらかしそうだから……。

 

 

 普通の神経だったら、初めての場所で、初めての人にあそこまで煽られてまともでいられる訳がない。

 

 そんな彼女の対応は怯えるではなく相手の身体に”わからせ”ていた。

 

 あれは間違いなく本能的なモノ。次からはやらないでね、とお願いした所で多分…… あまり効果はない。

 

 彼女に釘を指すのではなく、他の人達に周知した方がよさそう。彼女を怒らせたら自己責任と通知しておこうかしら。

 

 そんな彼女につけられたパーティ名は狂犬マッドドッグ。見た目を除外したらすぐ腹に落ちたから流石はフェリシア様だと思った。

 

 

 

 あ、そうだ。迂闊に彼女にちょっかい出す人が続出しない様に”猛犬注意!”の張り紙でも作ろうかしら

 

 

 

 でもね、見た目は本当に可愛いのよ。お人形さんみたいで、お持ち帰りしたいくらい。でも余計な事をしたら手を噛まれそう……。

 

 そして今、私はフェリシア様に呼ばれて彼女の登録資料を持ってギルドマスタールームに来ている。

 

「こちらが彼女の資料になります」


 フェリシア様は椅子に寄っかかりながら先程登録した彼女の情報を見て苦笑していた。

 

「マルミーヌ…… だと…… もう少し捻るという思考がアイツにはないのか」

 

 名前を……捻る?

 

 その言い方だとまるで……

 

「本名ではないという事ですか?」

 

「お前は領主邸に顔を出した事はあるか?」


 なんで急に領主邸の話……?


「え、ええ…… 仕事で何度か」


「夫人と会った事はあるか?」


「いえ、いつも領主様としかお会いしていないです」

 

「そうか…… 夫人を一目でも見ればアイツが何者か一目瞭然だぞ」

 

 今ので全てを理解した。

 

 フェリシア様が初対面であるはずの彼女を何故一目見ただけで近づいたのか。

 

「何故、領主様のご令嬢が自ら正体を隠して……」

 

「その点も気にはなるが…… お前も見ただろ、アイツの動き」

 

「はい、色々気になる点はありますが、彼女の動きには騎士特有の動作が見られました」


「そうだ、あの動きは合理主義の塊の様なメデリック公爵騎士団の動きで間違いない」


「彼女が合同訓練に参加していたという事ですか……?」


「それはないだろうな。根拠はいくつかあるが、私はアイツを遠巻きから見たことがある。四年前程の話だが、アイツは巷で言われてるような病弱のご令嬢で間違いなかった。木陰で本を読みながら顔色が悪く、事ある毎に咳をしていたからな。メイドが不安そうな顔で寄り添っていたのが印象的でな、今でも思い出せる。それにわざわざメデリック公爵騎士団の訓練に参加する必要がどこにある? ここは国の守護を司るグラヴェロットだぞ。本当に強くなる気があって実戦経験を積むなら、むしろここで鍛えるべきだしな。だが、アイツの動きは身体に刻まれている程に反復練習を積んだ後が見られる。それに対してサミュエルが何も言ってこない事も引っ掛かる」


「領主様がですか……。という事は気付いていない可能性があるのではないですか?」


「だからおかしいんだよ。仮にメデリック公爵騎士団の合同訓練に参加させたとして、それをサミュエルが知らないはずがないだろう。病弱な幼子が父親に黙って遠く離れたメデリック公爵領に行って騎士の手解きを受けてバレずに帰ってくる? そんな事、私にだって出来る芸当じゃない」

 

「あの、そもそもその年齢で騎士団の合同訓練に参加できますか?」


「…………門前払いだろうな」

 

 今の話の流れでもう答えは出てるじゃないですか。

 

 フェリシア様も口にし難いのでしょうけど……。

 

 珍しくフェリシア様が悩まれている。私の答えと違うのかしら、気になってので確認してみる。

 

「…………ご令嬢の偽物という線はないんですか?」


「最初はそうだと思った。何しろ病弱と言われた令嬢がこんな所に一人で来るわけないからな。だから本人に近づいて確認してみた訳だ。そしたらあの動きで余計にこんらんしたわけだ。だが、娘は間違いなく本物のはず、そのはずなんだが…… 印象が大分異なっている…… クソッ、なんだこの違和感は。一応レイヴンをつけたが、どうせ大した成果は期待できんだろう」


「あれ、レイヴンさん帰って来てたんですか…… 知りませんでした。教えてくれればいいのに……」


「帰ってきた事に気付かない時点でお前もまだまだという事だ。三日前から帰って来てたぞ」


「え~、だったら言ってくださいよ。レイヴンさんにも書類仕事手伝って欲しかったのに……」


「だからエミリアにバレない様に行動してたんだろ……」

 

 副ギルドマスターが書類仕事から逃げてはいけない。見つけ次第、絶対にツケを払わせる。絶対にだ!

 

 それにしてもフェリシア様がここまで困惑されるのも珍しい。

 

 そりゃあ、私だって謎の塊だと思ったわよ。

 

 躊躇の無い戦い方を見ても彼女は相当な修羅場もしくはそれに該当する経験をしているはず。ご令嬢にそんな経験があるとは思えない。

 

 ならばやっぱり偽物? だとしたらもっと上手に隠すでしょう、わざわざあんな強さを披露する必要がないもの。

 

 ダメだ、考えれば考える程に沼に嵌っている気がする。

 

 分からない時はフェリシア様のお告げでも聞きましょう。

 

「ど、どうします? 今後の彼女について……」

 

 フェリシア様が椅子の背もたれに体重を預けている。

 

 メガネを外して目を閉じて眉間を指でつまんで考え事をしている。

 

 大きく一つ息をついて、フェリシア様がこちらを見た。

 

「一旦、泳がせる事にする」

 

「いいんですか? このままで」


「仮に聞き出そうとしてもアイツははぐらかすだろうし、何かを口にしたとしても本当の事を言うとは限らん。理由があってここに来たのだとしたら、いつか必要になった時に聞けるかもしれん、それまで好きにやらせておけ」

 

「名前についてはそのままでいいですか?」


「あぁ、構わない……。それにしても”マル”グリットとフィル”ミーヌ”か。マヌケなのかアイツは…… フフッ、その辺はアニエス譲りという事か」

 

 

 どっちがどっちの名前? なんか私もこんらんしてきた!

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