第九十二話:空気を読まない二人

 能天気…… いえ、元気な二人がギルドに入ってきた。

 

 流石の二人もギルド内での異変に気が付いたようで、チェスカさんがキョロキョロしながら言葉を発した。

 

「あれー? なんかいつもより静かじゃない? 普段、人が死んでもこんな静かにならないのに」

 

「確かにそうよね…… みんながここまでお葬式状態って事は、もしかしたら誰かギルドマスターでも怒らせたんじゃないの?」

 

「あー、あり得そう。あの人を怒らせたら死んだ方がマシってくらいに生き地獄を味わわされそうだし」

 

 二人は気付いていないのかしら。首を横に振り向いた先にフェリシア様がいらっしゃることに……。

 

「あ、そうそう!ギルドマスターと言えばさあ、この間打ち合わせに来た他領のギルドマスターにしつこく口説かれてたのを見ちゃったんだけど――」


「聞いた聞いた、確かに見た目だけならギルドマスターより綺麗な人を見た事ないもんねえ。でも可哀想にあの人――」


 その辺の主婦が集まって行っている井戸端会議を静まり返ったギルド内でお構いなしに続けるその胆力に私は驚愕した。


「私が、なんだって?」


 二人の動きがピタっと止まる。数秒後にゆっくり声の方向に顔を向けると二人そろって奇声を発した。

 

 

 

「「ヒイイィィエエェェアァァァ!!!!」」

 

 

 

 二人は化け物でも見たかのように二人抱き合ってガタガタ震えあがっている。

 

「い、い、い、い、命だけはお、お、お、お助けヲヲヲヲ」

 

 流石のフェリシア様もこの二人には頭を抱えてため息をついていらっしゃる。

 

「お調子者共、お前らはもう少し周りに目を配れ、状況を把握する能力を身に付けろ」


 ルーシィさんはフェリシア様が担いでいる――私がボコボコのボコにした男に気が付いた様だった。

 

「あれ、なんでトニーさんを担いでるんです? ……ていうか、足が変な方向に曲がってる気が……」


「壊れた人形みたいになってる…… もしかしてギルマスにセクハラしたんじゃ……?」


「そんなことになったら足じゃなくて影も形もこの世から消えるし、この人…… 強いものには遜るから絶対手を出さないでしょ」


「確かに……」

 

 あの二人に言いたい放題言われる人に私は絡まれたのか…… なんか微妙にショックなんだけど。

 

「コイツをやったのは私ではない。大分前にお前たちがエミリアに話していた子供がいただろ」


 二人は顔を見合わせて満面の笑みでフェリシア様に詰め寄っている。

 

 なんかそこまで喜んでもらえると照れるわね。

 

「もしかしてマルミーヌちゃんが来てるんですか。どこどこどこどこどこどこですか?」


 チェスカさんがキョロキョロしながら私を探しているのかしら。何故か、私の位置は視界に入っていないらしい。


「トニーさん、マルミーヌちゃんにやられたんですね…… 一体何を言ったのやら……」


「誰にでも侵されたくない領域はあるものだが、立ち入った瞬間に躊躇なく嚙みついたアイツはまさに狂犬だな」


「狂犬だなんて…… お言葉ですが、あの子は天使ですよ」


 狂犬……。それはまさに狂った犬の事。頭はまだ狂っていないつもりですが、彼に関しては当然の末路としか言いようがない。


 フェリシア様は首をこちらに向けると二人もそれに合わせてこちらに視線を向ける。

 

 ルーシィさんとチェスカさんは私の姿を確認すると嬉しそうに猛ダッシュで私に詰め寄って、抱き着いてきた。

 

 抱き着いて来ただけじゃなく、頭なでなでしてきたり、首筋の匂いを嗅がれ始めた。

 

 これはいつも私がナナにやっていること……。これがやられる側の気持ちなのね、少し控えようかしら……。

 

「マルミーヌちゃん! 久しぶりだね、元気してた? くんかくんかスーハースーハー」


「ちょっ、飛びついてくるなり人の匂いを嗅ぐの、やめてくださーい」


「久々なんだから良いじゃないのよ~。ヤバッ、お肌すべすべ…… お持ち帰りして抱き枕にしたい……」


「性犯罪者っぽいセリフをサラっと言うのもやめてください…………」


 しばらくして落ち着いてくれた二人にエミリアさんが割り込んできた。

 

「二人共、天使ちゃんと再会して嬉しいのは分かるけど、登録中だからもう少し待っててね」

 

「「はーい」」


 二人は私にしがみつきながらギルドカードへの登録を横から見ていた。

 

 エミリアさんは苦笑しながらも二人の事は気にせずに対応を進めてくれた。

 

「えっと…… まずは、お名前をおしえてくれるかしら」

 

「「天使ちゃんです」」

 

「貴方達は少し黙ってくれるかしら」

 

 私の登録なのにルーシィさんとチェスカさんが身を乗り出してエミリアさんの質問に答えていく。

 

 但し、二人の頭の中身が考えなしに飛び出ているだけだと思う……。ちょっと恥ずかしいので控えめにして欲しい。

 

 そんな二人にエミリアさんは笑顔だけど『しゃしゃり出て来るな』と圧を掛けている。

 

「えっと…… ”マルミーヌ”で登録をお願いします」

 

「”マルミーヌ”ちゃんね…… 年齢は…… 先程の話を聞く限りだと”八歳”でいいのかしら」


「はい、合ってます」

 

 小説とかでよくある冒険者登録時に行う”職業”などは存在しない。冒険者の職業はどこまでいっても冒険者でしかないから。

 

 戦士アタッカーだの斥候スカウトだのは役割の話であって、そんなものはパーティー内で話し合って決めればいいだけ。

 

 かつて私が目指していた”騎士”は職業騎士でお給料が発生するので職業は”騎士”で問題ない。

 

 騎士は冒険者ではないからなんだけど、仮に騎士から冒険者に転職した場合は、職業は冒険者になる。

 

 そして騎士の中でも剣が得意な人、弓が得意な人、魔法が得意な人がそれぞれいるから職業が”騎士”でも前衛、中衛、後衛がそれぞれ分かれたりする。

 

 騎士だから前衛でしょ?という先入観を持っている人は小説の読みすぎなだけ。

 

「冒険者ランクについての説明は――」


「あ、予習してるので大丈夫です」


 元々冒険者をやっていた事もあるから再度の説明受けるのも面倒なのよね。


 存在しているランクはこんな感じ。

 

 唯一、歴史上Sランクとされている初代聖女様は成し遂げた偉業により評価されているのであって、決して肉体的な強さで評価されたわけではない…… と思う。

 

 歴史上見渡しても物理的な強さでフェリシア様に勝てる人っていないんじゃないかなって考えるあたり、個人的な意見だとフェリシア様はSランク入るのでは? と思っているけど、この手の評価は死後に再評価される事が多いから数十年後にはフェリシア様はきっとSランクに入りそう。

 

 でもフェリシア様ってお父さまと同じくらいの年齢だから実は現役のままSランク行ってもおかしくなさそう……。

 

 Fランク:初心者。主に街の中でのお仕事がほとんど。

 Eランク:初級者。半分街の中でのお仕事で半分が魔獣討伐。

 Dランク:一人前。学生時代の私。ここより上は魔獣討伐が主なお仕事。

 Cランク:中堅。貴族の依頼を受けられる最低ランク。グランドホーンが討伐可能な人。

 Bランク:ベテラン。現役時代のお父さま。依頼指名される最低ランク。ノンブルー・ウルスを討伐可能な人。

 Aランク:国を代表する冒険者。全体の3%程度と言われている。国内のいろんな場所に派遣される。

 AAランク:英雄と呼ばれる人達。片手で数えられる程度。

 AAAランク:現役ではフェリシア様のみ。歴史上でも数人程度(初代聖女様の護衛など)。

 Sランク:歴史上初代聖女様のみ

 

 今の私だったら能力的にギリギリBランクくらいかしら……。

 

「あらあら、先に予習してくるなんて偉いのね、であればランクの説明は割愛して…… あとはパーティー名を決めないといけないわね」

 

「パーティー名?」

 

 あれ、王都で活動してた時は個人名で登録してたからパーティ名で登録した覚えはなかったんだけど、どういう事かしら。

 

「グラヴェロット領の冒険者ギルドは人数が多いし、出入りも多いから一人だったら個人名登録して、複数だったらパーティ名で登録してとかだと管理が煩雑になるから、一人でも複数でもパーティという単位で管理する方針になってるのよ」

 

 なるほど、その辺の管理方法は各支部毎に違ってるのね。

 

 外から見てる限りそこまで大差ないのではと思うけど、統一されたフォーマットで管理した方が楽というのはよく分かる。

 

 であればみんな同じ方式で管理するのは確かに合理的よね、その辺りもフェリシア様が主導だったりするのかしら。

 

「やっぱり”エンジェル”よね」


「”プリティー”つけた方がいいんじゃないかしら?」

 

 そんな事を考えていたら私を抜きにしてパーティ名会議が勝手に行われていた。

 

 口から出ている内容はふざけているのに二人の表情はいつになく真剣だ。

 

 どっちにしろそれは絶対に嫌です。何かある度に”エンジェル”とか”プリティー”で呼ばれていたら私の心が持たない。

 

「じゃあ、”プリティーエンジェル”ってことで」


 うわっ、最悪の発展形が候補として浮上してしまった。


 ぜーーったいダメ。最悪と最悪の掛け算でしかない。仮にそれで決めたとして今の年齢だったら百歩譲って許せるかもしれない。

 

 仮にこれが二十歳とか三十歳で呼ばれた時のことを考えてよ……。

 

 『痛すぎる自意識過剰なパーティ名をつけた頭の狂った女』とか『いい年していつまで夢見る少女ヅラしてんだよ、ババァが』とか陰口叩かれるのが目に見えてる。

 

 だからと言って何がいいかと問われても直ぐには出ない。

 

 私が悩んでいると後ろから声が聞こえた。その声はルーシィさんでもチェスカでもない。紛れもなくあの人の声……。

 

「お前は”狂犬マッドドッグ”で決まりだ。初日からやらかしてくれたんだからな、これで少しは反省しろ。エミリア、登録しておけ」


 え…… 冗談ですよね…… プリティーエンジェル以上に女の子にはつけてはいけない単語が混じってますよ。

 

 だって狂った犬ですよ? そんなのダメにきまってる。

 

「えっ…… ちょっ…… まって……」


 私の必死に絞り出そうとした声はエミリアさんには届かなかった。

 

「はい、”狂犬マッドドッグ”で登録しました」

 

 

 私は膝から崩れ落ちた……。

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