第九十一話:洗礼
フェリシア様は表情一つ動かさずに腕を組みなおして、私に確かに言った「帰れ」と……。
年齢以外になんか条件あったっけ? と頭の中でぐるぐる考えながらも、そんな話は聞いた事が無かった為、彼女に聞くしかないけど、生きた伝説が目の前にいるだけで緊張する……。
「なっ、なっ、なっ、ななななん……」
「何故か知りたいのか?」
「そ、それは…… そうですよ。納得いきません」
「……私が何故”八歳”から許可をしたか考えて見ろ」
何故……? その質問こそ何故と問いたい。
八歳になったばかりのジャリガキがそんな質問に答えられると思う?
一つ分かっている事は「わかりません」と答えようものであれば即座に追い出されるという事。
なんで私を試そうとしているのか分からないけど考えてみましょう。
キーワードは”八歳”…………。
ギルドの登録可能制限年齢は国ごとのギルドマスターの合議によって決める事が可能。
その中で最も権限が強いグラヴェロット領のギルドマスターであること…… つまりこの人が何らかの根拠があってこの年齢を指定したという事。
うーん、私も領主家の端くれとして領内における情報は逐一読み込んでいるんだけど、八歳を基準とするデータなんかあったかしら……。
少なくともこの年齢で魔獣と戦えるわけがない。
仕事をさせるにも読み書きや計算が出来ないと幅は広がらないし、少なくともこの年齢でそれらが出来る人は裕福な家庭が主だから対象は限られている。
門戸を広げている冒険者ギルドでそんなわざわざ狭めるような事をはしないでしょ…… 特にこの人なら尚の事。
グラヴェロット領はその特徴故、人の出入りが激しい。
魔獣討伐で一攫千金を夢見てやっては敗れて去っていく、家族を残して散っていく等様々なのだけど……。
家族…… そういえば、残された家族はどうやって生活してるのかしら……。
税率は他領と比べて低いとはいえ、稼ぎ頭がいなくなった家族の末路など考えなくてもすぐ分かる。
税金が払えなくなった彼らは住人として扱われなくなる。すなわち私の手元の資料にも含まれなくなる。
そんな彼らの行先は一つしかない……。
「…………スラム」
私がつい頭の中身を口走ってしまい、「あっ」と思ったけど、無表情だと思った彼女は少し口角を上げていた。
「正解だ。親に先に逝かれた子供、人買いに連れてこられた子供、逃げ出す前に置いて行かれた子供達の行きつく先はスラムしかない。我々も可能な限り子供達を救いたいとは思っているがギルドで内部留保している金は無限ではない。だから子供達にも可能な範囲、可能な金額で働いてもらう。ギルドで調査した内容を鑑みて判断した適正年齢が八歳という訳だ」
迂闊だった。情報がないから気にしていなかった。
けどそうじゃない…… 気にしなければならなかった。だって、私はスラムに足を運んだ事があったでしょう。
あの時は赤狼の牙の事ばかり考えていたけど、自分の事ばかり優先して自領の民達のことを蔑ろにしていた。
もちろんこれは反省しなければならない点であるし、今後の領を運営していく上で検討しなければならない課題である事は理解した。
しかし…… それはそれ、これはこれ。
私は私でやらなければならないことがある。
あの人との再会…… あの人が待っているあの場所に行かなければならない。
「仰りたい事は理解しました。最初に言っておきますが、私は彼らの仕事を奪いたい訳ではありません」
彼女は一瞬驚いた様な表情をしたけど、すぐに笑みと分かる様な表情をしていた。
「ほう…… 今ので理解したか。思った以上…… いや、やはりと言うべきか頭は回るようだな」
「であれば――」
「だがな、お前の様な子供に魔獣が狩れる訳がない。であれば結局スラムの子供達の食い扶持を奪う事になるだけだ」
私の言葉を遮ってまで何を言うかと思いきや…… ククク、天下に名を馳せたフェリシア様ですら、この(自称)魔獣とお友達のマルグリットさんがどれだけ彼らと戯れていたかご存じないでしょう。
「ちょっといいですかい、ギルドマスター」
これは勝ち確定ですわぁって思っていたらよく分からない人が突如割り込んできた。
この人…… さっきお酒を飲みながら女性と談笑してフェリシア様が登場した時に真っ先に視線を逸らしていた人だった気がするけど……。
「……私が話をしている最中に割り込んでくる事の意味を理解しての発言だろうな」
突然割り込んできた男にフェリシア様の機嫌が若干悪そうになっており、男も少々引き気味だったけど話を続けた。
「いえね、あっしはその子供の登録を…… なんつうか賛成できねえっつーか」
はぁ? 運営に携わってすらない一介の冒険者がなんで私の登録可否について意見してんのよ。
越権というか身の程を弁えなさいよ。しかも第一人称が”あっし”って何よ。そんな人って本当に実在するのね。
小説の中の人だけかと思っていたのに……。
フェリシア様はなんか私の方をチラ見しながらニヤッとした表情で猿顔の男に意見を続けさせた。
「……ほう、続けろ」
「だって、身なりがどう見ても金持ちじゃないっすか。あっしらと違ってなんの苦労も知らねえ世間知らずの甘ったれたガキに狂暴な魔獣が狩れる訳――」
なんか面倒臭い事言いだしてるわね。
世間を知らなかったら魔獣を倒せなくて、世間を知っていたら魔獣を倒せるって事?
どんな理屈で言ってるのかまったくもって意味不明なんだけど……。
…………ん?
ハッ、これはもしかして”主人公ムーヴ”が出来るチャンス再来じゃないかしら。
猿顔の男が私の登録を拒否するけど、『だったら私の力を証明してみましょうか』って言いながら、その男を相手に華麗な技を披露して『くぅ、まいったぜ。アンタの力を認めるしかねえな』からの~『ふぅ、やれやれだぜ』って言いながらお互いの健闘を称え合って、私は晴れてギルド登録が出来るって流れね。
ウシシッ、これよこれ。
さぁ、猿顔の男! 私と力比べの時間よ。
「――どうせ甘やかすだけの
いま…… 何て言った……?
領の為に粉骨砕身しながらも当時引きこもり続きだった私を必死に育ててくれた私の両親がなんだって……?
私の人生観を変えてくれたフィルミーヌ様とイザベラと出会った人生に向かって何て言った?
「金持ちの道楽に利用されたら迷惑だってんだよっ!…… へへっ、どうした全身プルプル震えてるじゃねえか」
《魔力展開》
私はへらへらしている猿顔の男に一瞬で近寄って横蹴りで脛骨をへし折った。
「……っ……いぎっ」
顔を歪ませ折れた骨を庇おうとしゃがみ込んだ所を狙って右フックで肋骨をへし折る。
青い顔をして陸に上がった魚の様に口をパクパクさせている。
動きが止まった所で頭を掴んで地面に叩きつける。
叩きつけた頭を狙って私は拳を振り下ろした。
しかし、その拳は男の頭に到達する事は無かった。
受け止められた…… しかも全く殴った感覚が無かったというより優しく包み込まれた様な感覚で柔らかい手に収まっていた。
顔を見上げるとフェリシア様が私の振り下ろした拳を受け止めていた。
「悪かったな…… お前に興味があって言いたい放題にさせてしまったが、度が過ぎていたな」
「あっ…… あの…… えっと……」
私は何て言ったらいいのか、わからずにアタフタしているとフェリシア様は優しく私に諭しながら頭を撫でてくれた。
「相応の力を持つ者は力の振るい方を考えねばならないが、お前の場合は頭よりも先に心を鍛えねばならんようだな」
そうだ…… 私は感情に任せて力を振るっただけ。
大切な人達を侮辱されて完全に理性を失っていた。
フェリシア様が止めてくれなかった確実に殺していた。
「だがお前の力は見せてもらった――エミリア、こいつの登録をしてやれ」
「はい。それじゃあ、可愛らしいお嬢さん、こちらへいらっしゃい」
「お前は受付に行ってこい。コイツは私が運んでおく…… 次回からは文句は言わさん様にきっちり教育しておいてやる」
「はぁ…… ありがとうございます?」
次に会った時、気まずそうだから何て言ったらいいか分からないままエミリアさんの所に歩いていく。
一部始終を見ていた冒険者達は、猿顔の男と一緒になって笑っていた連中含めて私から視線を逸らしていた。
なんか思ってたのと違う”主人公ムーヴ”しちゃったよ……。
エミリアさんは私の顔をジロジロ見ながら何かを一人で納得している様子だった。
「もしかして…… 君が…… ふんふん、なるほどね…… あの子達の言う通り見た目は天使なのね…… でも、中身は獰猛な獣でギャップに驚いちゃったわ」
あの子達? と思ったけど、私の事を知っている冒険者はあの二人しかいない……。
あの二人…… そういえば元気にしてるのかしら。どんな状況でも生き延びていそうなしぶとさはゴキ〇リ以上で間違いなし。
なんて考えていたら背後にある冒険者ギルドの入口が勢い良く開かれた。
入って来た人物から聞こえて来た声……
それは、聞き覚えのある声だった。
「よーっし、今日も酒代かせぐぞー」
「その前に宿代でしょ! アンタ、今月の酒代幾らになったと思ってんのよ!」
振り返った私はその二人に再会した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます