第九十話:フェリシア
その女性は、シルバーブロンドのロングヘアーを靡かせて、メガネをかけた知的美人。
シャツにパンツスタイルでカーディガンをマントの様に羽織っている。
喫茶店で本でも読みながらお茶してました? くらいに見た目は完全な深窓のご令嬢。
身長は一般的な大人の女性と大差ない。多分百五十五から百六十センチ前後辺り。
見た目はお人形さんっぽい。客観的に見てもフィルミーヌ様と甲乙つけ難い程の美人。
女の私ですら唾を鳴らしてしてしまいそうな程……。
それにしてもギャップが酷いわね。
そんな見た目でとんでもない威圧を放っているんだから……。
あんなバケモノみたいな威圧されたら誰だって委縮する。
私は入口付近で他の人達よりも距離があるのに目を逸らしたくなる程に感じる。
あれはヤバイ…… 私が今まで出会った魔獣が百匹いてもあの人を前にしたら裸足で逃げ出すレベル。
そんなシーンと静まっている室内――女性のいる階段下あたりから”トントン”と音が聞こえた。
視線をそちらにやると、受付事務のお姉さんが書類を纏めて机の上で整理している最中だったみたい。
受付のお姉さんは一息つくと、視線を周囲にやって違和感に気付いたようだった。
ハッとした表情で階段の上を見上げると受付のお姉さんが大きなため息をついて階段上にいる女性に注意をし出した。
「フェリシア様…… こんな所で威圧するのはやめてくださいとあれほど――」
受付のお姉さんはこの圧に飲まれていないどころか、そよ風の様に受け流しているのか全く動じていない。
「常在戦場…… ここは魔獣との最前線基地でもある。過去の例から魔獣共が街に向かって突然襲撃してきたケースもある…… 気を緩ませて油断している愚か者共に活を入れに来ただけだ……」
なんか歴戦の戦士みたいな事を言い出してる。その見た目の口から出てきていい言葉ではないの確かとは思った。
「それっぽい事を言ってますけど、私が依頼した書類仕事の方は”当然”終わってますよね? ここに来るくらいですから」
「………………それよりも気になる事があってな」
あ、話を逸らそうとしてる。事務作業終わってないのね……。さぼりに来ただけだったんだ、見た目とギャップがありすぎて脳がバグりそう。
ていうか、受付のお姉さんが言ってたメガネの女性の名前…… フェリシア…… フェリシア…… フェリ……
あっ、思い出した!
彼女の通った道には草木一本残らない、ラングフォードが生み出してしまった
――フェリシア・ニコール・ラングフォード
ラングフォード侯爵家の三女で、幼少期の頃から優秀過ぎて家庭教師全員が三日以内に音を上げたとか。
家族は度を越えて優秀過ぎる彼女に恐怖して敬遠するようになったけど、待遇は当主以上だったとか。
何しろ、迂闊に彼女の逆鱗に触れたら屋敷が物理的に廃墟となる可能性があるから。
そんな彼女も例に漏れず、貴族らしくエゼルカーナ魔法騎士学院に通ってはいたらしいけど、彼女の容姿と爵位――つまりは侯爵令嬢目的で近寄って来た子息たちを片っ端から叩きのめした結果、何人かの子息が重症を負った事を理由に責任を取る為に自主退学した後はラングフォードに戻る事はなく、国内を渡り歩く冒険者稼業一本でここまで来たらしい。
彼女の由来――
倒したのだからおとぎ話ではなく現実なのでは? と思うでしょうけど、この件について彼女は一切口外しなかったという。肯定も否定もしない、ただこの件について黙秘を貫いた。
そして、その戦いの舞台となったある山が山頂から三分の一が破壊されたと言われている事がきっかけ。実際にその山に行った人の話では本当に三分の一存在しないらしい。
ただ、
知っているのは只一人…… フェリシア様だけ。
そして……その件がキッカケかは分からないけど、当時ただ一人の現役最高ランクに到達したと言われている。
うーん、彼女の自伝だけで分厚い本が出来そうな気がする。
グラヴェロット領の冒険者ギルドは確か現役冒険者の最高位を持つ人達から選出される。
つまり、ここにという事は間違いなくこの人がギルドマスターという事になる……。
そんな
もしかしてグラヴェロット領の冒険者ギルドの職員ってあの圧に耐えられる人限定とか?
うーん、自分の領の事ながら、改めてこの領やばくない? って思いました。
そんなギルドマスターは受付のお姉さんからの質問を避けつつ、階段を下りてくる。
どこへ向かうのかと思いきや…… 何故かその足取りはこちらに向かってきている。
いえ、きっと目的地は私の手前か私の奥にある何かなのかもしれない。
どんどん私に近づく、私の鼓動も早くなる。
とりあえず心臓に悪いから、私の後ろが目的地ならさっさと行ってください!
という私の願いは無に帰す事となった。
何しろ彼女は私の目の前でピッタリ止まったからだった。
嘘でしょ、なんで私…… 今日来たばっかりなのに……。
彼女の視線はどうみても私を見ている…… 腕を組みなおして私を見ている。
おかしい…… 彼女は私の存在なんて知らないはずだし、目を付けられる覚えも全くない。
私だってこの人がここにいるなんて初めて知ったし…… どういうことなの。
「おい、子供」
「はっ、はひっ」
緊張してつい噛んでしまった。耐えるんだ、わたしぃぃい。
「何をしにここに来た」
「な、何って…… 八歳になったので、その…… ギルドの登録を……」
「確かに八歳から許可はしている…… だがな」
「えっ!?」
「お前はダメだ、帰れ」
私は頭の中が真っ白になってしまった。
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