第3話 いよいよ情緒が行方不明になりだした女の話
拝啓、新緑の候、天国にいる教授は如何お過ごしですか?
早速ですがわたしは子育てに失敗したかもしれません……。
高校に入り、あなたとわたしのハイブリットである菫は美しい少女に成長しました。
ですが……最愛である筈のわたしを、誰よりも菫を愛しているこのわ・た・し・を!!!! あろうことか「ママの美人! 美魔女! ずるい! 秀くんがママの方が美人って言ってたっ! 大嫌い! でもすき!」って言いながら一緒にお風呂に入ってくれなくなりました……。
確かにわたしは自分で言うのもアレですが美人です。
別にドヤってません。客観的事実です。
でもおっぱいは娘の方が大きいです。
推定Dカップは下りません。
わたしは知っています。
男とは最終的に巨乳を選ぶんです。
かつて自分が男でしたから自信をもって言えます。
男はおっぱいが大好きだと!
その点で言うのなら、間違いなく菫の方が社会的な意味においてわたしよりも上位者なのです……。
なのに……母娘の最高のスキンシップを拒否するなんてっ!!
天国の教授、あなたはどう思いますか?
菫が悪いですよね?
それにわたしはアラフォーです。
若さでも勝てないんですよ。
何か間違った事言ってますか?
間違ってませんよね?
ですので罰としてわたしは今日から卵焼きに砂糖を入れます。
いいですね、教授。
貴方が「卵焼きは出汁と塩がいいなあ……おかず! って感じがする」と言う我儘を受け入れわたしは「卵焼きは甘くあるべき」と言う持論を引っ込めましたよね?
いいんですか? わたしやりますよ?
子供の頃からあなたの好きな味付けで慣れている菫に、突如スイーツレベルのあんまーい卵焼きをお見舞いするんですよ?
習慣をいきなり否定される。
これはとても辛いことなのです。
いいんですか? もう止まらないですからね。
悔しかったら早く戻ってきて菫を叱ってやってください。
貴方のいないこの世界は寂しすぎます。
人をすっかり女にしておいて逃げるなんてつらいです。
菫はどんどん大人になっていきます。
貴方の面影がつよく、愛しくて切ないのです。
あの子はわたしたちが出会ったあの場所を志望しているそうです。
早慶の方がモテそうって言ったら鼻で笑われました。
あなた、皮肉気な表情で吐き捨てる菫はわたし達にそっくりですよ……。
それではまたお便りします。
あなたの妻、アリス。
敬具
◇◆◇◆
菫が中学から高校へと進学した。
高校の最寄り駅は西日暮里だから通学は楽だと本人は喜んでいた。
まあ受験は本人がどうしたいかが全てだから、わたしは一切口出しをしない。
彼女は口に出しては言わないけれど、間違いなくわたしや教授を意識しているのは知っている。
けれどもわたしは彼女がしたい通りにやり切るまで、金を出してやるだけだ。
こういうと冷たく思う人もきっといるだろうなあ。
でもね、何か明確な目的もないのなら、東大受験なんてしない方が良い。
社会的ステータスにはなるのかもしれないけれど、結局本人の中身が伴わないならいずれ化けの皮がはがれるからね。だったら最初から行かない方が良い。
上澄みがなぜ上澄みかといえば、それはシンプルにそう言う頭の持ち主の集団だから。
彼らの多くは脳の処理からして合理的だ。そこに自分もいたけれど、外に出たからより理解できる。
だから無理してあそこに行くと、酷い劣等感を味わう事になるだろう。
わたしの友人には発達障害の子もいた。
ただし彼女はサヴァン症という奴で、とある分野においては突き抜けた天才だ。
つまりはまあ、普通ではない頭脳集団の一角であり、そこに通うという事は、そこにいて違和感を覚えないか? と言う無言の踏み絵を踏まされるという事。
だからわたしは何も言わない。
けどね、子供は親の背中を見て育つって言うけれど、実際そうなんだろうね。
話が合うというのは、或いは会話をしていてストレスを感じないって言うのは、結局のところ同じ視点を共有できているって意味だもんね。
地元の友人とよくライン通話で喋るけれど、いくら早くに教育をしたからって、英語とイタリア語をネイティヴとそん色ない発音が出来る程に習得するってなかなかだよ? って呆れられた。
当時はそうなのかな? って思ったけれど、そうか、普通はそうじゃないのかって後にハッとした。
と言ってもね、教授の死後、わたしは寂しさを紛らわせるために色々な事を手に付けた。
物書きが特にそうだけど、それは現在わたしの職業になっている。
前世の事を思い出し、こっちでは無いあれやこれを根源的なホームシックを紛らわせるための手段として書き起こした。
それがかなりの量になったので、何となく出版社主催の新人賞に出してみたら受賞し、気が付けば商業作家だもの。
教授が残してくれた資産で暮らしてはいけるんだろうけれど、自分も仕事をしてないと気が狂いそうだから丁度良かったかもね。
そう言えば天国の教授。
一つごめんなさいがあるんだ。
上野のマンションは売却しましたー!
菫が東大に合格したなら学費にしまーす!
帰って来いバーーーカ!!!
まあ冗談ですが。
教授を嫌いになるとかありえませんが。
売ったのはホント。
で、自宅をまた昔のような本塗れに戻しました。
これはいわゆるざまぁですよざまぁ。わたしを置いていった教授ざまぁ。
ファッキンバリアフリー!
で、物書きする時間があったのは、菫がね、手がかからないからなの。
いい子過ぎてわたし寂しいの。
もっとほら、夜泣きとかしよう?
はーつらいわー! 菫がいい子過ぎて育児が楽でつらいわー!
ちきしょうめ。
小学校入ってもいい子でね。
菫はモテモテだよ?
許せないよね? 一番愛しているのはわたしなのに、秀くんはどうしてホッペにチューされてるの? これはホント許せないわ。
ママにチューは? って言ったら「ヤっ!」って言われたの一生忘れないよ。
おい秀くん、覚悟しとけよお前。
そんなだから子育てとはもっぱら、一緒にご飯を食べて一緒にお話しするくらいだもんね。
わたしの物書きを見て真似したのか、菫も小学校の低学年の頃からやたらと筆まめで、その日の事を詳細に日記にしてさ、交換日記みたいにわたしに見せるんだよ。
秀くんとの思い出を……え、なに、わたしって煽られてるのかな?
だから物書き以外にもゲームなんてするようになったの。
ま、ママちょっとゲームが忙しくて……って理由作りだよ。
だって菫ってば秀くんと遊んでばっかりなんだもの。
どうして隣に住んでる訳? ちきしょうめ。
秋葉原が近いから、いいパソコンを組んだのよね。
物書きは動作が軽いからマックブックだけど、何となく前世で興味はあったけれど結局やらなかったマイクラをしてみたくなってさ。
気が付いたらスキンやテクスチャ系のMODを大量に入れて、睡眠時間を削っておおよそ原寸大の東大を作った結果、菫に呆れられた。
二度とマイクラはやらない。
それで次に始めたのが第二次大戦前後の戦車を使って紅白戦をやるTPSに手を出したの。
秀くん憎しの精神で、敵戦車をヤっちまうのである。
ミリタリー好きではないのだけれど、前世男としてはティーガー戦車の四角い機能美はたまらないのである。例えお豆腐戦車と蔑まれても……。
そしたら存外ハマった。
だって一試合が平均10分以内に終わるから、好きな時に、例えば1時間空いた時とかにサクっとできるのがいいね。
わたしはこのゲームを事前に調べずに始めたから、欧州のサーバーに登録していたらしい。
そしてこのゲームは小隊と言う三人編成でプレイし、その際に音声チャットを利用すると勝率を上げやすいという事を知った。
なのでディスコネクトと言う専用アプリを導入し、小隊募集のロビーで仲間を募り、音声会話ありの小隊プレイを開始。
いやー面白いわ。
スペイン人とイタリア人の女性と仲良くなり、時間を合わせて固定小隊みたいな関わり方から、やがて既婚者女のクランを組んで、似たような境遇のプレイヤーたちと遊んだんだ。え? 旦那と死別しているから既婚ではない? 指輪してるのでセーフなんですけど。旦那はちょっと遠い所に出張しているだけですけど?
当然その時は英語かラテン語由来の言語のどれかでやるんだけど、それを横で聞いていた菫が興味を持ち、夕食のお喋りの時に「ママ、あれは何て言ってたの??」と聞いてくる。
そしたらフンフン頷いてた菫はクリスマスにプレゼントしたタブレットを使って色々調べ始めたんだ。
で、その翌日。丁度土曜日で小学校は休み。
わたしはお天気がいいからと朝から洗濯をしていた。
そこにニッコニコで菫がやってきた。
……秀くんとお手々を繋いで。
はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ(クソデカため息)
菫は「ママ、英語おしえて」と来た。
ベーネ、ベーネだよ菫。
ほぼNO育児で来たからね、ここは汚名返上のチャンスだよね。
食い気味でOKしたさ。
おい秀くん、お前もか? そう……将来ボルドーの当たり年持ってこい。
それで勘弁してやる。
そんな感じで二人には英語もイタリア語も、ついでにわたし自身がゲームのチャットで中途半端に覚えてカタコトになっているスペイン語は三人で勉強した。
それから二年が経ち……ママを、このわたしを! 仲間外れにして菫と秀くんはフランス語の勉強をしていた。
キレそう。
そんな二人は年明け、仲良く東大受験をするそうです。
ねえ天国の教授。
どうしたらいいでしょうか?
そんなわたしは今日もひとり、アメ横でケバブを食べる。
オイシイヨーウマイヨーヤスイヨー。
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