第15話 全能神は平和を望む

「はっ!?」


 と、目を覚ました時にはベッドで寝ていた。


 隣りにはヴィシュヌがいる。


「良かった……。お疲れが出たのかもしれませんね。1時間ほど眠られていましたよ」


 シバの呪いか。


「しまったな。寝てしまった」


「また?」


 俺は、体の痣を見せながら事の経緯を説明した。


「──ってことなんだ」


「では、呪いの影響で1時間に1000の全能力しか使えないのですね」


「0になると1時間ばかし眠ってしまうんだ」


「私の全能力は100ですから、それでも10倍はあります。以前のゼクス様は6万はありましたからね。1億年前が強すぎただけですよ」


「しかし、不便だ。寝てしまうのがなぁ」


わたくしが常にそばにおりますから、いつでも寝ていただいて結構ですよ」


「うーーん。そういうわけにもいかんよ」


「ヴィシュヌバールはゼクス様の寝顔を見れるのが幸せです。ウフフ」


 さて、困ったな。

 グフターを消滅させるには最低でも1万の全能力がいるだろう。

 シバの呪いを解く方法を探さなければない。


 ヴィシュヌは微笑んだ。


「そう焦ることもありません。魔族は封印の影響でわたくしの配下にありますから」


「しかし、魔族は人間を襲っているぞ。これはどういう理由なんだ?」


「……おそらく、グフターの意志が魔族に宿っていて、本能なのだと思います」


「お前の力で止めれないのか?」


「人間を殺すことはいけないのですか?」


「いや……。だって、見た目が 神人アランデスにそっくりじゃないか。尊いだろう」


「人間は忌み子ですよ」


 どういう意味だろう?

 そういえば、俺が眠っていた1億年の間に人間が誕生したんだったな。


「人間はどうやって生まれたんだ?」


「人間は 神人アランデスが産んだのです。彼らはグフターの母、チェルルの影響を受けて子を宿すことを覚えました」


 それはおかしいな。

 アイゴットの世界観では、子供は俺が造ることしかできない。


神人アランデス同士の性交では妊娠しないはずだ」


「……そうです。同族では不可能」


「なら、どうやって?」


 ヴィシュヌは顔をしかめた。




「魔族と性交をしたのです」




 なるほど。

 魔神の子が魔族。全能神の子が 神人アランデス


 互いに性交をして生まれたのが人間というわけか。


「だから、人間は 神人アランデスに似ている……。しかも、魔神の加護を受けた魔力を持っているのか」


「外見は 神人アランデス。能力は魔神なのです。彼らに全能力はありません」


 謎は全て解けたな。

 

 俺が1億年も眠っている間に随分と色々あったもんだ。


 しかしな。


「人間は悪くないんだぞ」


「とても信じられません。人間なんて穢らわしい。ただ、この世界の均衡を保つ為に利用しているにすぎません。魔族が世界を征服すれば暗闇の世界になります。そうならない為に人間と戦わせているのです」


「なるほどな。お前の考えはわかった」


 ヴィシュヌらしい判断だ。


 窓から見える空は夕暮れ時だった。


「いかん。もう帰らないと遅くなる」


「ど、どこに帰るのですか?」


「ふふふ。帰るところがあるんだよ」


 俺は人が通れるほどの穴を出現させた。


  全能法オーリック 空間短縮移動。


 一度でも俺の記憶に残れば、瞬時にそこに行けるんだ。


 この穴を通ればサリィナの孤児院。


 さて、


「ヴィシュヌも来い」


「わ、わたくしもですか? しかし、人間の家に行くなんて屈辱です」


「そういうなよ。俺はここに泊まるんだからさ」


「そ、そんな……。人間の家に泊まるだなんて……」


「俺と一緒は嫌か?」


「そ、それはぁ……」


「じゃあ、無理には誘わないよ」


「い、行きます! 行かせていただきますぅ!」


「ふふふ」


「ゼ、ゼクス様にご一緒するのであって、人間の家に泊まるのが目的ではありませんからね!」


 よし。

 みんなで夕食だ。


 孤児院の前には魔法剣士カイ、こと海城のパーティーがいた。


「うは! やっぱ、思った通りだぜ! シンジさん。夕方には帰ってくると思ってました」


 こいつらは俺が助けなかったから、ヴィシュヌの攻撃でデッド判定を受けて強制ログインさせられたんだよな。


「シンジさんもリログ勢ですよね?」


「リログ勢?」


「強制ログインを受けてリログインをする人たちのことですよ」


 なるほど。

 海城たちの世界はアイゴットアフターのゲームだからな。

 そんなスラングが生まれているのか。


 確か、リログすると、始まりの塔からのスタートになるんだったな。


 俺はデッド判定を受けずに魔王と戦ったことにした。

 そして、その強さに撤退。帰る道中、昔の仲間のヴィシュヌに会ったということにした。


「ヴィシュヌさん。綺麗な人っすね」


 と海城は真っ赤な顔になる。

 ヴィシュヌは目を細めて視線を逸らした。


『ゼクス様。この者らは?』


 と、彼女は心の声で話してくる。


 俺たちは10キロ以内なら心の声で会話ができるのだ。

 俺はその声を利用して海城たちのことをヴィシュヌに話した。


 ついでに、俺はシンジと名乗っていて人間になっていることも伝える。


『そうだ。お前の職業は戦士にしよう。戦士ヴィシュヌ・バールと名乗れ』


『おおせのままに』


 俺は賢者の設定だからな。その仲間が戦士なら違和感はない。


「うわ! お兄ちゃんが帰って来たよ!!」

「お兄ちゃん! お帰りなさい!!」

「サリィナお姉ちゃん! お兄ちゃんが帰って来たよ!!」


 出迎えてくれたのは可愛い幼女たち。

 その数20人。

 俺は体が隠れるほど抱きつかれてもみくちゃにされた。


『ゼクス様! こんな子供、殺してしまいましょう!』


『いや。絶対にそんなことはするな。俺の周囲の人間を殺すことは許さん』


『し、しかし……。ゼクス様に、こんなに慣れ慣れしくするなんて許せません!』


 彼女は魔王だったからな。

 人間を忌み子などと呼んで嫌っていた。

 念を押しておこうか。


『絶対に人間には手を出すなよ。もしも手を出したら……。一生、お前を軽蔑するからな』


『ひぃいいいいいいい!! しません!! 絶対に殺しませんから軽蔑なんてしないでくださいまし!!』


 孤児院からは美味しそうな匂いがしていた。


 サリィナが優しく出迎えてくれた。


「おかえりなさいシンジさん」


 彼女の笑顔は癒されるな。


「お身体は大丈夫ですか?」


「うん。全然平気」


「そ、その方は?」


 と、ヴィシュヌを見つめる。


「ああ、昔の仲間なんだ。戦士ヴィシュヌ・バール。魔王討伐の旅の途中で仲間になったんだよ」


「な、仲間……ですか……。ず、随分とお綺麗な方ですね」


 ヴィシュヌはつまらなさそうに「ふん」とため息をついて目を逸らすだけだった。


 俺たちは食堂で一緒に夕食を食べることにした。

 サリィナは随分と奮発してくれたようだ。

 肉に魚に野菜にシチュー。豪華な料理が並ぶ。

 彼女の祈りの言葉が響いた。


「全能神ゼクスアラードの加護の元。この食材を与えてくれたことに感謝いたします」


 この言葉をきっかけに食事は始まった。


 ヴィシュヌは料理を頬張って、つまらなそうに呟く。


わたくしは仕方なしに人間の料理を食べているのです。はぐはぐ」


「それにしては随分と美味そうだな?」


「あ、味は、まぁまぁれふ」


 ふふふ。

 そのうち、人間の良さがわかるだろう。


 食後。


 みんなでお茶を飲みながら今後の話をする。


「じゃあ、俺たちは宿屋に帰りますよ。セーブポイントがそこなんで」


 どうやら。アイゴットアフターの世界観ではセーブポイントを作れるらしく、そこでアイテムの合成や武器の管理など、様々なことができるらしい。


 海城たちはまだまだ利用価値がある。

 アイゴットアフターの世界観を知るには彼らは有用だろう。


「そのセーブポイント。この孤児院に作れないか?」


「俺たちはシンジさんに会えた方が都合がいいんで、そっちの方が便利ですけどね。いいんすか?」


「部屋は十分にあるからな」


 サリィナに許可をもらうと、彼女は嬉しそうに確認する。


「じゃあ、シンジさんがこの孤児院に住むってことですか?」


 俺は海城のパーティーのメンバーだから、必然的にそうなるな。


「ダメかな?」


「ダメじゃないです!」


 彼女は大喜び。

 触発されて幼女たちもはしゃいだ。


「お兄ちゃんがここに住むんだって!」

「やった! 毎日、一緒に寝れるね!」

「お風呂も入れるよ!」


 こうして、俺たちは孤児院を拠点とすることになった。



 その夜。


 俺は、昨晩と同じように幼女らと巨大なベッドで寝た。


 海城らは個々の部屋をセーブポイントとして、そこからログアウトした。

 彼らにとって、ここはゲームの世界。寝るのは現実世界の家なのだ。


 明日は今後の話を進めよう。

 シバの呪いを解く方法。


 そんなことを考えていると、心の中で声がした。


『ゼクス様。もう寝られましたか?』


 ヴィシュヌの声だ。


『いや。起きてるが?』


『今、扉の前におります』


 俺は幼女らを起こさないように気を使って部屋を抜け出した。

 廊下にはヴィシュヌが立つ。

 その姿は薄い生地のナイトウエアだった。


 う……。

 黒い下着がうっすらと見えているじゃないか。


「ど、どうしたんだよ。こんな時間に?」


 彼女は顔を赤らめた。


「こ、こ、ここではなんですので……。わ、私の部屋へ来ませんか?」


 こ、これは夜のイベントか!

 アイゴットの世界では暗転だけで次の日の朝になっていたが……。

 

 今はリアルの世界観なんだ。

 

 彼女は真っ赤な顔のまま、俺の寝巻きの裾をくいっと引っ張った。


 ゴクリ……。


 よ、よし。

 い、い、行くか。

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