Day 20. 入道雲

 からりと晴れた空は、見上げれば目に染みるほど青い。リナの懸念など忘れてしまったかのように、双子の兄が空の向こうを指差して、はしゃいだ声を上げた。

「すっげー、雲が白いなあ」

 もくもくと立ち上る真っ白な雲は、まるで巨大なソフトクリームのように見えた。コーンにのせて食べたら美味しそうだが、先ほど皿に山盛りのかき氷を食べたばかりだから、思ったほど食指は動かない気もした。

 雲を眺めたまま、言葉の出ないリナの横でふと静かな声が聞こえた。

「まあ、別にリナがそれでいいなら、僕は構わないけど」

 視線を向ければこちらを見つめる彼女と同じ色の瞳は不思議なほど凪いでいた。


 ずっとそばにいるのが当たり前で、けれどいつからか、レオがリナを理解しているほどには、相手のことがわからないと感じることが増えてきた。

 それでも誰よりも近くにいて、いつだって——上の兄ほどではないにしろ——守ってくれていた。今も、飄々とした顔をしながらも、鷹生のことをどうすればいいかわからない彼女を、ただ待っていてくれる。


 しばらく逡巡して、それからまだ店から出てこない上の兄をうかがいながら、その疑問を口にする。

「カイを連れていったら、消えてしまうと思う?」

「どうかなあ。普通の人にも見えるくらいだから、カイがそばに寄ったくらいで消えたりしない気もするけど。逆になんか変な刺激になりそうな気もするよね」

「確かに……」

 人ではないものなのに、人と同じくらい温かく力強い。少しくせのある笑みは、それでも十分魅力的で、彼女に近づく影があれば威嚇いかくして払ってくれる。総じて見れば鷹生は彼女を庇護してくれるし、影たちのように危害を加えようとしたり、闇へと誘ったりしようとするようなこともない。ただそこに、ごく自然に生者のように当たり前に在るだけだ。

 それがどんなに不自然なことか、わかってはいても。


「ずっとこのまま楽しく過ごせればいいのに」

「……うん、そうだね」


 くしゃりと慣れた手が彼女の頭を撫でる。ずっと一緒に過ごしてきて、けれど背も手の大きさも、いつの間にか彼女よりずっと大きくなっている。


 不意に空が翳った気がした。見上げれば、立ち上っていた真っ白な雲が、いつの間にか空一面を覆う暗い色に変わっていた。低い音が遠くから聞こえて、瞬時に空に亀裂が走る。とっさに耳を塞いで続く轟音から身を守ろうとすると、ぎゅっと強く抱き寄せられた。

 ドォン、と空から降ってくるはずなのに、地の底から響くような雷鳴がすぐ近くで聞こえた。ついでざぁぁっと音を立てて、驟雨しゅううが降り注ぐ。続く稲光に目を奪われていると、兄に手を引かれた。先ほどの店の軒先に駆け込んだが、ほんのわずかの間に全身はずぶ濡れになっていた。呆然と見つめる前で、地面に叩きつけられるような雨粒は、激しく跳ねて乾いた地面を潤し、さらに浸していく。

「あれ、二人とも大丈夫か?」

 ようやく出てきた上の兄が、全身濡れ鼠の二人に驚いたような目を向けてくる。その身にまとう強く明るい光は変わらないけれど、それでも激しい雨の前にはなすすべもない。


 空を鮮やかに彩っていた真っ白な雲が一瞬でその形を変えてしまうように、あの人も、その存在ありようを変えてしまうことがあるだろうか。


「リナ」

 柔らかい声が彼女を呼ぶ。彼女の不安など容易に見透かして。そうして彼女を抱く腕に力が込められる。

「大丈夫、僕が守るから」

「平気平気、俺もいるし」

 能天気な声に双子の兄がくすりと笑う。何も知らなくても、上の兄はそうやって守ってくれていた。彼女は彼女で、彼らが気づかないほどの微かな声を聞き取って、時に手を差し伸べてきた。


 鷹生は、彼女が見つけた。だから、きっとそれには意味があることなんだろう、と今さらのように確信する。


「私は、あの人を守りたい」


 何から、何のために。理由は何一つわからなかったけれど。


「あの人って……もしかして例の気になる男⁉︎ ちょっとそこんとこ詳しくお兄ちゃんに話してみなさい。恋バナウェルカム!」

「え、ちょ、そういうんじゃないし!」

「え、違うの?」


 能天気な兄たちと他愛もない話をしているうちに、いつの間にか雨は止んで、空には白くくっきりした雲がまた、鮮やかに立ち上っていた。

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