Day 9. 団扇

 昨今の移動手段とインターネットの発達による社会の国際化グローバリゼーションで、あれこれ平準化したところはあるものの、画面越しに見るのと、その国を訪れて体験するのとでは圧倒的な差がある。ひとり頷くレオに、リナ眉根を寄せた。

「何? やっぱり変?」

「全然変じゃない。カワイイ!」

 コンマ五秒で否定して、全力で可愛さを肯定した彼に、リナはそう? とはにかみながら笑う。


 白地に紫色の花がいくつも染め上げられた着物——浴衣ゆかたというらしい——に身を包み、細い腰を濃い紫の帯で締め上げた妹はいつもよりさらに華奢に見える。アップにして編み上げた、すっきり見えるうなじから首元のラインもほっそりしてより女性らしい印象だ。

「どうよ俺のこの見立て!」

「見立てって……浴衣も帯も千秋さんが選んだんじゃん」

「最終判断は俺だし! 髪型と髪飾りのチョイスも俺だし!」

 カイが何だかよくわからないが力説している。普段は流しっぱなしのリナの金糸のような髪を編み込んで結い上げた手つきは、確かに相変わらず手際がいい。兄が離れて暮らすようになってから、何度か彼も挑戦してみたのだが、あいにく手先の器用さは全て妹に割り振られたらしく、常にもつれてほつれてしまう。


 顎に手を当てて、満足げにドヤ顔をしている兄に、リナはリナで構ってもらって嬉しげだ。何だか面白くない気がしてレオが頬を膨らませていると、くつくつと笑う声が降ってきた。

 ふと見れば、ふわりふわりと朱金の色が舞っている。まだ昼日中だというのに節操のないことだ、とレオはため息をつく。だが、どうやら今は悪さをする気はないらしく、その気配も妹が気づかぬほどに控えめだ。


 ——気になるのなら、奪ってしまえば良かろうに。


「あのねえ、そういう心の狭さだから魔物に身を落とすんだよ」


 ずけりと言ってやれば、朱金の光がふるりと震えた。だが、何かを納得したのか面白そうにふうわりとまた周囲を巡る。


 ——なるほどそなたの愛は海より深いか。嫉妬も羨望もないかえ。


 柔らかい声音の中には微かに毒が含まれている。けれどその毒に潜む、もっと別の揺らぎに気がついてしまう。遠い遠い遥かな昔。恋しい人に裏切られ、寂しいあまりに人を惑わす。いくら惑わし、取り憑いたとて、その寂しさが埋められようはずもないのに。


 レオは縁側に置かれた涼しげな水色の団扇うちわを手に取ると、そっと朱金の光に向けてそれを差し出した。


「一人で寂しいのならここにおいで。悪さをしないと約束するのなら、もっと広い世界を見せてあげるよ」


 異質な力を持って生まれた彼が寂しさを感じずに育ってこられたのは、何より妹がいたから。そして彼らを包み込む太陽のような兄がいたからだ。もしたった一人であったなら、この金魚と同じような闇に踏み込んだかもしれない自身を知っているから。


 菫色の瞳を真っ直ぐに向けて見つめていると、朱金の光はしばらく明滅を繰り返す。ややして、ふっと呆れたように光を振りまいて、それからすぅっと団扇の中に吸い込まれるように消えた。


「うん、悪くない」


 柔らかく笑った彼の手に握られた団扇には、優雅に泳ぐ鮮やかな金魚の絵が浮かんでいた。

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