Day 7. 天の川

 見上げても、空は雲で覆われて、星は微かにその切れ目から見えるばかりだった。

「つまんない」

「東京じゃ、天の川なんてほとんど見えないよ」

「旧暦の頃ならもうちょっと晴れるかな」

 ぼやいたリナにかまわず上の兄とその友人は、団扇うちわで顔をあおぎながら花火をしている。その後ろでは、縁側に座った大人二人がビール片手に焼き鳥を肴にして、何やらのんびりと話し込んでいた。


 相変わらず湿度は高いが、先日の台風一過後は比較的気温も落ち着いて過ごしやすい。レオは花火をカイに向けて怒られたりしているが、あまり堪えている様子はない。

 そもそも数年ぶりに会った長兄は以前よりも背もだいぶ伸びていて、より大人の男性に近づいている印象だ。面倒見の良さは変わらないし、何くれとなく世話を焼いてくれはするけれど、ふと気がつけば視線は別の人を追っている。


 と、その人が兄の視線に気づいて立ち上がった。兄に歩み寄り、花火を受け取って柔らかく笑う。花火に照らされる兄の横顔は、見たことがないほど弾んでいて、何だか近寄り難く感じる。


 不意に聞き慣れた声が囁いた。

「織姫と彦星って、一年に一度しか会えないんだってさ」

「オリヒメとヒコボシ?」

「天の川の両端に隔てられて、一年に一度七月七日にしか会えないんだって。それも、雨が降ると天の川が溢れるからなくなっちゃうんだってさ」

「何それひどい」

「リナもそんな顔してる」

 何でもお見通し、みたいにニッと笑ったレオに、彼女は思い切り嫌な顔をする。大好きな上の兄に、自分たちより大切な人ができたことは確かに何やら気に入らないけれど。


 そんなことを考えた時、ふうっと顔の横にひんやりとした風が流れた。向けた視線の先には鮮やかな朱金色。ふわりと宙を泳ぐようにその色が舞って、兄の横に立つ人に近づこうとして、けれど明るい光に弾かれた。

 悔しげに震えた光は、すい、と彼女に近づいてきて、くるりと彼女の周りを巡る。


 ——触れたいのに触れられぬ。悔しや悔し。


 どきり、と彼女の心臓が跳ねた。誰よりも大好きな兄がすぐそこにいるのに近づけない。まるで大きな川に阻まれてでもいるかのように。


 ざわりと響いた胸の音に気づいたかのように、光がふっとわらった気がした。


 ——どうだね、わらわの手を取りや。さすれば共に各々ほしいものが手に入る。


 ふわりふわりと舞う朱金色は、泡のような光を撒き散らしながら、くるりくるりと彼女の周りを巡る。淡い光に何だか頭がぼうっとしてきて、ふらりと傾いだ彼女の体を思いのほか、力強い腕が抱き留める。それから朱金の光をぐいと掴んだ。


 間近には、いつになく真剣で怒りに満ちたレオの顔。


「可哀想だからと思って助けてやったけど、リナに手を出すつもりなら、握り潰すよ」

 氷のように冷えた声に、朱金の光が怯えたように、ふるふると身を震わせた。そうして哀れっぽい悲鳴を上げて、すぐにすうっと消えてしまった。まるで初めから何もなかったかのように。


 レオはそのまま彼女の腕を掴んでカイの元へと引っ張っていって、体当たりする。不機嫌な顔はからりと隠してしまうところが器用だな、とそんなことを思った。

「ってー⁉︎ 何すんだよ」

「せっかく遊びに来てるんだから、ちゃんと僕らと遊んでよ」

「何だよ寂しかったのか?」

 カイもまんざらでもないようにニッと笑う。そうして屈託なく抱きしめられて、凝っていた何かもあっさり溶けてしまう。


 どうだとばかりに笑ったレオの頭の上には、微かに白く流れる天の川と、大きな鳥の架け橋が見えた気がした。

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