第16話
翌日の昼前から市内の目抜き通りにはチラホラと人が集まっていた。宰相の王城への帰還を見ようとしている市民らしいが、ギルドの中にいたホワイトタイガーの連中によれば、
「集まってきているのはほとんどがサクラさ。金を貰って来ているんだよ。本当に宰相を慕って集まってる奴らなんて市民の中にはほとんどいないさ」
ということらしい。
「そこまでして力を見せつけたいものかね」
デイブが俺には分からんと言いながら呟くと、隣のダンも俺もだとデイブの言葉に同意する。
「どうせ馬車の中にいて顔は見えないだろうが雰囲気だけでも拝んでくるか」
とデイブとダンはギルドの中にいた連中にちょっと見てくると言って椅子から立ち上がった
「俺達も行くよ」
ホワイトタイガーの連中もノワール・ルージュと一緒に立ち上がるとギルドの前の広い通りに出る。
ギルドの前はそれほど人も集まっていなくてノワール・ルージュの2人とホワイトタイガーの5人、そしてあとは数名の冒険者達が立っているだけだった。
「本当にチラホラとしか集まってないな」
「そりゃそうだろうよ。金を貰っても嫌だってのが正常な感覚さ」
デイブの言葉に戦士のジョンが答えた。
そうしてギルドの前にいるとしばらくして門の方から騎士を先頭にした宰相一行の馬車がゆっくりと市内に入ってくるのが見えた。
それを見ていたデイブとダン。一行が近づいてくると2人の顔色が変わる。
「ダン!」
「ああ、わかってる」
それだけのやり取りだがそばにいたプリンスやジョンは
「何のことだ?」
と2人に顔を向けるとノワール・ルージュの2人が厳しい表情になっているのが見えた。模擬戦の時よりももっと厳しい顔、誰が見てもわかる本気モードになっている2人。
「どうしたんだよ?」
再びプリンスが声を掛けるがダンもデイブもそれを無視してじっと近づいてくる一行、特に綺麗に装飾されている馬車に視線を送っている。
ものすごい迫力だと隣に立っているプリンスは感じていた。ビシビシと戦闘オーラが伝わってくる。こいつら一体どうしたんだとその迫力に押されて知らないうちに2人から少し離れていた。ジョンも同じ様にノワール・ルージュの2人から少し離れた場所、プリンスの横に立つ。
そして一行がギルドの前を通った時にデイブが声を出した。
「止まれ!」
その迫力のある声にびっくりした護衛の騎士達。思わず一行がその場に止まる。すぐに
「誰だルール宰相の馬車を止めさせた不届き者は」
そう言って1人の大柄の騎士がノワール・ルージュに近づいてきた。
「貴様らか。宰相の馬車を止めさせてどうなるのかわかってるんだろうな」
「うるさい。お前は黙ってろ」
ダンが馬車に顔を向けたまま声を出した。決して大声ではないがその迫力は半端ない。思わず大柄の騎士もたじろぐ程の迫力がある。
「き、貴様……」
「黙ってろって言ったんだよ」
騎士が言いかけた所に再びダンが言葉をかぶせて言った。護衛の騎士達はダンとデイブの迫力に負けて一歩も動けない。騎士を黙らせるとダンが馬車に向かって
「そこから降りてこいよ、匂うんだよ」
「人間じゃない匂いがプンプンしてくる。うまく化けてるつもりだろうけどな俺達には丸分かりなんだよ」
ダンに続いてデイブも口を開いた。プリンスら冒険者、そして護衛の騎士も何も言葉を発しない。デイブが続けて言う。
「中にいるお前、人間は魔人を知らないから誤魔化せてると思ってるだろう?悪いが俺達は今まで散々魔人を倒してきてるんでね。わかるんだよその気配が」
魔人だと?一体どういうことだ? プリンスは頭が混乱してきた。馬車の中にいるのはこの国の宰相だ。それに向かってノワール・ルージュの2人が魔人だと言ってる。
馬車を睨みつけている2人だが馬車からは何も言ってこない。ギルドの前に止まった馬車とその一行の周辺は奇妙な静けさが漂っていた。
「出てこないのなら俺達がそこから引き摺り出してやろうか」
ダンがまた迫力のある声で言うと、しばらくして中から笑い声が聞こえてきた。
「ハッハッハッ、人間は屑の集まりだと思っていたがそうではない奴もいたとはな」
中から聞こえてきた声に今度は周囲がびっくりする。そうして馬車の扉が開くと1人の老人が中から出てきた。
「ルール宰相!」
騎士が声をかけるがそれを一喝するダン。
「こいつは宰相じゃない。宰相に化けてる魔人だよ」
その言葉にまた唖然とした表情になる騎士と冒険者達。
「これで読めたよ。魔人のあんたが宰相なら領土を取られる様に軍を縮小したり冒険者を前線に立たせたりできるよな」
出て来た老人を見てデイブが言った。
「もう少しでうまく行くところだったのに、つまらない邪魔が入ったものだ」
宰相に化けている魔人が通りに立ってダンとデイブを正面から見て言う。
「お前以外にも城の中に人間に化けてる魔人がいそうだな」
デイブの言葉を聞いた騎士達の表情が変わる。
「さぁな。どっちにしてもお前達はこの場で死ぬ。死ぬ者に教えても仕方ないだろう」
そう言った次の瞬間老人の姿は消え、代わりにその場に身長2メートル程の魔人が現れた。黒い身体で大きな片手剣を手に持っている。
それを見てパニックになる周囲の住民や騎士達。冒険者も立ちすくんでいるだけで体が動かない。魔人に勝てる人間はいないと言われているからだ。
プリンスも声を出そうにも声がでない。体を動かそうにも硬直して体を動かすことができずその場に立ちすくんでいるだけだった。それほどに魔人には人々に恐怖を抱かせるものがあった。馬車の周囲にいる人達が恐怖で立ちすくんでいる中、ノワール・ルージュだけは別だった。
魔人の姿になったのを見たダンが両手に片手剣を持つ。隣でデイブも同じ様に両手に片手剣を持っている。
「死ぬのはお前だよ。雑魚のくせに偉そうにするんじゃない。ただ簡単には殺さない。お前にはいろいろと聞くことがあるからな」
ダンとデイブだけがこの場でいつも通りの2人だった。ダンがそう言うと
「お前から先に殺してやろう」
そう言って片手剣を持った魔人がダンに襲いかかってきた。ダンはその片手剣の攻撃を身体を少し動かして交わし際に片手剣を一閃すると魔人の右手が肩から綺麗に切断され、片手剣を持っている腕が通りに飛んでいった。
大きな叫び声を上げる魔人。
「次は左手を切る。その前に城にいるお前の仲間の名前を言うんだ。言ったら右手だけで許してやろう」
プリンスは動けない体でダンと魔人の戦闘を見ていた。魔人が襲いかかってきたと思ったら何故か逆に魔人の右手が肩から綺麗に切られている。全くダンの剣の動きが見えなかった。
「そうか言えないか」
しばらくの沈黙の後ダンがそう言うと再び剣を持っている手を動かしたかと思うと今度は魔人の左手が肩から綺麗に切られる。また大きな叫び声を上げる魔人。
「お前、弱いな」
魔人は両腕を切られて今は地面に蹲っている。そこに近づいていき剣先を顔の前に突き出してダンが言った。
「王城にお前の仲間は何人いる?」
「……1人だ。国防大臣が俺たちの仲間だ」
目の前の男の迫力に負けて口に出す魔人
魔人は信じられないものを見る目で目の前に立っている人間を見ていた。人間なんて自分達から見たら相手にもならないひ弱な種族であり、魔人領に住んでいる下等な獣人を使って領土を広げつつ王国の内部から切り崩しを図れば遠からずこの大陸は魔人達のものになると思っていたが、彼らが想像もつかない技量を持った人間がいたとは。魔人に向かってお前は弱いと言い切っている。本当にこいつは俺達より桁違いに強い。こんな奴が人間領にいたとは。
今まで恐怖をいだいたことがなかった魔人だが目の前に立っている黒のローブを着ている人間の前ではまるで自分が無力だ。こいつには絶対に勝てない。そう思わせるほどの迫力を持っていた。
作戦を間違えた……そう思った次の瞬間に魔人は首を切られて意識がなくなった。
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