14.幽暗

「俺の番? そうだなぁ……。あ、うちの階段」

 そう言う湊は淡々としていた。次の授業なんだっけ、と問いかけたあとのような答え方だった。

 友樹の隣で寝転がる優弥も同じことを思ったらしい。不満そうに眉をひそめ口をとがらせている。

「お前なぁ、もうちょっと風情ってもんはねーのかよ」

「風情って言ったって、他に思いつかなかった挙げ句、俺が出したのソレだぞ?」

 湊がぴっと指を指した先にある、一階への階段。半螺旋を描いていて、階段の下は見えない。家の電気もこの部屋の豆電球以外は消えていて、階段は真っ暗な口を開いていた。


 夏休み最後の日曜の夜、「泊まりに来ねぇ?」と誘ってきたのは湊だった。

 高校生最後の夏休みだ。ここが終わったら年始の受験に向けて、学校と塾と家以外にどこにも行けない時期が始まる。たまの合間に休みを取るのも大事だろうと、誘われた友樹と優弥は二つ返事で誘いを受けたのだった。

 湊の部屋は、男三人で雑魚寝をするにはギリギリだった。友樹は何度か机に頭をぶつけそうになったが、この狭さが逆に楽しい気もする。

 日付も変わるか変わらないかというところ、せっかくの夜に寝るのはまだ早いだろ、と言い出したのは優弥だった。

「夏の夜といえば!」

「言えば?」

「怖い話だろ!」

 眼をランランと輝かせている優弥、「そんなもんか?」と首を傾げている湊、そして友樹はといえば、思わず顔がひきつっていた。

「やーだーよ! おれが怖い話きらいなの知ってんだろ!」

「だからいいんじゃん。トモがビビってるとこ見んの、好きだぜ」

「それは分かるわ」

 優弥と湊はハイタッチをしている。間に挟まれた友樹に逃げ場はない。ないのはわかったが、それでも訴えていくことはやめない。

「ふたりとも鬼か⁉ 鬼なんだな! ひでぇ奴らだ……」

「あるよな、自分よりビビってるやつ見ると一周回って落ち着くっていう」

「それな」

 そんなに怖い話はしねぇよ、と言うふたりに挟まれながら、真夜中の百物語もどきが始まった。

 まずは言い出しっぺの自分から、と口を開いたのは優弥だった。


 会社勤めの男の元へ、警察から電話がかかってきた。

 家にいる妻が、持っていた包丁で強盗を撃退したらしい。

 男は早めに仕事を終え、警察に保護されている妻を迎えに向かった。

 妻が言うには、「インターホンが鳴ったからあなたかと思って出たら強盗だったの」とのこと。

 さぞ恐ろしい思いをしただろう、と男は妻を抱きしめた。


 まんじりともせず聞いていた友樹だったが、優弥が「これで終わり」というので長い息をついた。

「いい話じゃん。ビビって損した」

 友樹の感想を、優弥はにやにやしながら聞いている。その態度に違和感を覚え、友樹は首を傾げる。

 その疑問を晴らしたのは湊だった。

「夫かと思って出てくのに、包丁持っていったんだろ? 妻。そのうち刺されんぞ」

「――怖⁉」

「意味がわかると怖い話、ってやつだな~」

 げに恐ろしきは人間なり、と役者ぶって友樹は言う。

 友樹が次に話すよう促したのは湊だった。とはいえ、どうもなかなか思いつかないらしい。

 そうして絞り出したのが、「家の階段が怖い」というもの。

「なんで家の階段が怖いわけ?」

「んー、ガキの頃から俺はこの部屋で寝起きしてんだけどさ。今日みたいな日は暑いから、扉開けて寝るじゃん。そしたら、下から階段上ってくる足音が聞こえんの」

「……誰か上ってきてるんじゃないのか?」

「親はどっちも隣の部屋で寝てる時間。俺の家は三人しか住んでねぇよ。犬猫もいない」

 思わず、友樹は足元の階段を見た。変わらずそこは暗闇が広がっている。

「で、足音はするけど姿も見えないんだよな。近づいてきてるって音だけが、トン、トンってさ」

「湊もうその話やめようぜ⁉」

 友樹がたまらず声を上げる。今日この部屋に泊まるのに、そんなふと思い出せるような話をしないでほしい。薄い掛け布団をぎゅっと握る。

「おれはもう聞かないぞ……!」

 そう友樹は布団をひっかぶった。そんな様子を見て、二人はクスクスと笑っている声がする。なんて奴らだ。

 その後もあれこれと描写を重ねる湊と、楽しそうに聞く優弥、布団をかぶっても聞こえてくることに変わりはなく、話の成り行きを友樹も一緒に聞くことになっていた。

「家鳴りの一種じゃね?」

「多分な」

 そんな平凡な決着をするころには、三人ともあくびが出るようになっていた。それぞれ布団を引き上げる。

「おやすみー」

 それぞれがそう挨拶したその頃、階段の方からかすかな音がした。

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