7.天の川
年に一度しか会えないとか、普通に考えて続きませんよね。彼女は自分たちの関係を言葉ひとつで切って捨てた。
この日が来ると思い出す。天の川が見えるほどの田舎の星空の下で、最愛の彼女に別れを告げられた日のことを。
大学の後輩である彼女と付き合い始めたのは二年前。彼女が大学一年、自分が大学三年の夏だった。
天文サークルで知り合った彼女とは、生きていく上での馬が合った。お互いに好きなことをしていても、煩わしくもなければ居心地も良かった。
はじめは天文の話から、次には天文以外の趣味の話へ、そのうち家族や嗜好の話へと、段階を追って深い話になっていった。
どこかで拒絶されるのでは。その疑念は絶えずつきまとった。これまで一度も、いわゆる「お付き合い」をしたことがない身だ。人との距離の詰め方は分からない。そして同じように自分が愛されることもまた無いと思っていた。
「先輩」
そう静かな声音で呼ばれた時、自分は覚悟をした。
やはり、手伝いとはいえここに来るべきではなかったのだと、平伏低頭し許しを請うべきだ、と。
けれど、彼女の言葉はそんな自分の思惑と外れ、むしろ真反対の言葉であった。
「もし、良かったら。付き合ってくれませんか?」
舞い上がらなかったと言えば、嘘になる。けれど、自分に自信を持てたわけでもなかった。彼女とともに過ごす時間が増えることへの期待と、失望させてしまうのでは、という不安は同じくらいにせめぎ合っていた。
自由にできる時間を限りなく共有した。その生活はあまりにも甘美で、彼女にも自分にも、笑みが増えた。
ただ、その関係が終わりを迎えたのは去年の夏。就職活動に重きを置いて、無事に内定をもらえたあたりだった。
就職活動の間、ともに過ごす時間が減ったわけではない。それでも、内定が決まったその職場は国の首都。この土地からは離れねばならない。
彼女はまだ卒業まで期間を残していたし、自分はそれを待てなかった。彼女もそれはよくよく分かっていたはずだ。
けれど、ふたりで迎えた最後の七夕に、彼女は躊躇うことなく言ったのだ。
「織姫と彦星って、先輩も知ってますか?」
「……知ってるよ」
「年に一度しか会えないとか、絶対続かないですよね」
それは、来年からの自分たちをさしている。それが分からぬほど幼くもなかった。
それでも一度言葉を飲み込んだのは、彼女を今でも愛していたから、けれど彼女の言葉を否定したくもなかったからだ。
「絶対、なんて言葉は、今は使えないかな」
未だに愛していることだけを、遠からずそう述べて、互いに僅かな約束をした。
ふと気が向いたときに連絡をしてもいいとか、その返事は強要しないとか。恋人から友人に、ともすれば知人になるための決まりをひとつひとつ定めているように思えた。
この田舎を離れる最後の日、彼女とは会わなかった。けれど、付き合っている頃から変わらず、メッセージアプリで言葉のやり取りは続けていた。気が向いたときに連絡をしていい決まりは守られていた。
そうして、空の上で年に一度の逢瀬が三度行われるくらいに月日が過ぎ去った後。
「先輩」
懐かしい声音に、足を止める。振り返れば、かつての面影をそこまま残した、彼女がいた。
「……続かなく、なかったね」
「……ホントですね」
はにかむ彼女の白い手を引き寄せて抱きしめた。
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