第37話 アンネの嘘
マオ視点
客間に用意されたベッドにて、アンネは横になったサイモンに回復魔法をかけ続ける。
「意外じゃな。てっきりお主はユウ以外の人間にさほど興味はないと思っておったのじゃが」
そんなアンネを眺めながら、マオはつぶやく様にアンネに声をかける。
聞きようによっては悪口とも捉えられるような台詞であったが、アンネは優しく微笑んだ。
「確かに世界で一番大切なのはユウ君だけど、困ってる人や傷ついた人を助けるのは当たり前のことでしょ?」
「ふうん? それは勇者の姉として、振る舞いを気をつけていると言うことか?」
今度は少しばかり皮肉をこめてマオはアンネにそう言うが、アンネは気にする様子もなくクスリと笑うと首を横に振る。
「ううん。ただのお姉ちゃんとして、自分が正しいと思ったことをやってるだけだよ。年長者として、ユウ君やみんなに人としての正しさを教えるのはお姉ちゃんの義務だもの!」
嬉しそうに笑うアンネの表情には嘘偽りはなく、回復魔法をサイモンにかけるアンネの姿は、聖女と見間違えてもおかしくはないほど美しく神々しい。
そんな姿にマオは少しだけ口元を緩める。
「成程のぉ、ユウのお人好しは姉譲りと言うことか」
「血は繋がってないけどね・・・・・・」
「関係あるまい。子は親の背を見て育つもの。親のいないユウにとって、ソナタは親も同然だ。血など繋がっておらずとも、ソナタは間違いなくあやつの姉じゃ」
「マオちゃん」
マオの言葉にアンネは嬉しそうに声を弾ませる。
だが。
「しかし、だからこそ聞かねばならぬ」
マオの声色が変わり、今まで和やかだった部屋の空気が一瞬でピンと張り詰める。
「? どうしたのマオちゃん、急に畏まっ……」
「アンネ、なぜユウに嘘をついておる?」
アンネの言葉を遮るようにマオは凛とアンネに問いかける。
その言葉に、サイモンにかけられていた回復魔法が中断された。
「嘘? 何のことかな、私がユウ君に嘘なんてつくわけないじゃない。やだなぁマオちゃん」
アンネはあからさまに動揺をしていた。
集中力が途切れ魔法が中断されたこともそうだが。
口元は引き攣り、マオへの返答はあからさまに震えている。
そしてそんな状態で無理していつも通り振る舞おうとするのだ。
アンネの異様さはより浮き彫りとなる。
それこそ、誰が見ても嘘をついていると分かるぐらいに。
「どうした、随分と狼狽えてる様じゃが」
「そ、そんな事ないってば、それで聞かなきゃ行けないことってなぁに? マオちゃん」
ひきつった笑みを見せるアンネに、マオは確信めいたものを得ると「そうか」と息を一つ吐いて話を続ける。
「昔の話じゃ……妾の部下にヴォルフェウスと言う男がおった。忠義に厚い人狼族の男でな。やめろと言うておるのに、いつも妾を守るため体を張ってボロボロになっておる奴じゃった。ずっと側にいた大切な部下でなぁよく命を助けられたわ……故に、妾を守るためにできた傷の数や形、その全てを今でも手にとるように覚えておる……」
びくり、とアンネの指が跳ねる。
「きゅ、急に何の話? あはは、もしかしてまた魔王ごっこを……」
「のぉアンネ……なぜユウから我が忠臣の腕が生えるのじゃ?」
瞬間、アンネは杖から刃を抜き放ちマオの首元に突きつける。
その瞳は狂気に染まったように血走り、何かを押し殺すように呼吸も荒い。
「マオちゃん……貴方、何者?」
「その反応、やはり知っていてユウに混ぜ合わせたか」
「質問に答えなさい!」
絶叫に近いアンネの怒声に、マオはひとつため息を漏らすと。
「……妾はマオリーシャ・シン・ウロボロス。力こそ失ったが、かつては魔王と呼ばれていたものじゃ」
どこか怒りを内包させながら、マオはアンネに自らの正体を明かす。
「魔王?」
「いかにも。お主がユウに繋ぎ合わせた魔物の、元主人じゃ」
刃を首元に突きつけられながらも、マオは堂々とアンネを睨め付ける。
力も遥かに上であり、刃を突きつけられているのはマオの方……しかし、狼狽し追い詰められているのはアンネの方であるのは誰がみても明白であった。
「……………………………封印から目覚めたのね」
「ほう?その口振りからして、すでにお主は気づいておったようじゃな。今世界を滅ぼそうと暗躍をしているのは、三百年前に封印された魔王ではないと」
「…………」
マオの言葉にアンネは押し黙る。
それは紛れもなく肯定であり、マオは表情を歪めて話を戻す。
「まぁ、今はそんなことはどうでも良い。今重要なのはお主が……ユウに魔物の力を宿して何をしようとしておるかじゃ」
「た、単純な話だよ……私はただユウ君を立派な勇者にするために……」
「魔物を継ぎ合わせた怪物が、勇者などであるはずがなかろう……ましてやその力はかつての魔王軍のものだ……お主は一体何を企んでいる」
ぴんと張り詰めたような空気があたり一体を包み。
アンネは目を見開きながら、唇を震わせる。
「これは、私とユウ君……兄弟の問題だからマオちゃんには関係ないわ」
静寂の最中にようやく絞り出した反論。
アンネらしくない、拒絶を隠す事なく放たれたそのセリフは……間違いなくアンネが追い詰められていると言うことを示している。
だからこそマオは、毅然とした態度でアンネに反論を返した。
「関係はある。妾はユウの友達じゃ……それに我が忠臣の骸が愚弄されておるのだ。貴様には説明をする義務があるはずじゃ……もしそれでも話さないと言うなら、妾とて相応の手段を使わなければならぬ」
「っ‼︎何をするつもり?」
「簡単じゃ、ユウに今の話をするしかあるまい」
「‼︎」
瞬間部屋の中に何かが切れるような音が響き……。
同時に先ほどまで狼狽をしていたアンネは杖から巨大な召喚陣を瞬時に作り出し。
召喚した巨大な剣をマオへと向かって投げつけた。
「──────ッ私達のッ邪魔をしないでっ‼︎」
轟音を響かせながら、魔法陣より放たれた巨大な剣は家の壁を破壊し、庭へと突き刺さる。
元来のアンネであれば魔王であるマオをその刃で切り殺していた。
だが、ユウの友達という言葉がマオの殺害を踏みとどまらせたのである。
「邪魔をするつもりはない。訳があるなら話せというておるだけよ。我が同胞が何故あの様になっているのか妾には知る権利があろう?」
「っ!!!」
マオの言葉は正論であり、アンネは言い返すことが出来ずに殺意だけが膨れ上がる。
「言えぬか。ならば」
マオは一つため息をついて部屋を後にしようとする。
「させない!!!」
「っ!?」
だが、アンネは実力行使とばかりにマオの体を組み伏せ、その首元に刃を突きつける。
「お願いだから見なかったことにしてマオちゃん。いつか必ず説明するから。今は目を瞑って!」
「手前勝手な話よな」
「手前勝手でもなんでも聞いて! じゃないと私は、あなたを殺さなければ行けなくなる」
「なら殺せばよい。力なき妾ではあるが、死してなおも妾は彼奴の主、引くわけにはいかん!!」
突きつけられた刃に、マオは自らの首を押し当てて叫ぶ。
そんなマオの形相に、アンネも脅しは無意味だと気づいたようにため息を漏らすと。
「そう、だったら死んでもらうしかないわ」
覚悟を決めたように刃を握る手に力を込める。
が。
「だが、妾を殺してどうする?ここに転がる死体を見て、ユウにはなんと説明をするつもりよ」
「っ!?」
「お主は、ユウに嘘はつかないのであろう?」
挑発する様なマオの言葉に、アンネはようやく自分が置かれている状況を理解した。
この状況に持ち込まれた時点で詰んでいた。
アンネにはこの状況を打破する方法はなく。
刃を握る手に力がこもる。
だが。
「何、してるんだよ姉ちゃん」
「あ……」
白刃がマオの首を裂く刹那、部屋にユウの声が響いたのであった。
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