第36話一難去って

その後の話だが。

魔王軍幹部不在のアジトの末路は悲惨なもので、不機嫌なままに魔法を乱打するねーちゃんにより、巨大であった建物はものの三十分程度で瓦礫しか残らない廃墟となった。


中にいた魔王軍の残党は、騒ぎを駆けつけた衛兵に助けを求める形で会えなく御用となり、こうして魔王軍幹部レッドブルによるウーノの街侵略は見事失敗に終わったのであった。


空の彼方に吹き飛ばされたレッドブルの行方や運び込まれた麻薬についての栽培場や販売先についてだが、それは僕たちの手には負えないからとアーノルドさんに(姉ちゃんが半ば一方的に)引き継いだのだが。


アーノルドさんは「本当に相変わらずだね」と苦笑をひとつ浮かべはしたが、それ以上は何も言わずに承諾をしてくれた。


この時僕は、二人の間にある奇妙な友情のような信頼関係に嫉妬をしたのだが。

それはさておいて、こうして行方不明者の捜索クエストは幕を下ろしたのであった。



「……それで、奴さんの容体は?」


ブラックマーケットでの一件からすぐに、僕たちが行ったのはサイモンの治療であった。


とはいえ、冤罪ではあったものの、一応彼女は指名手配を受けているお尋ね者。

アーノルドさんが麻薬についての捜査と一緒に彼女の無実を証明するために動いてくれてはいるが、それまでは普通の診療所に連れていくわけにもいかない。


苦肉の策として懇意にしているお医者さんを姉ちゃんが拉致し……呼びつけて僕の家で治療をすることになったのだが。


「あんまり芳しくないね。容体は安定したからってお医者さんは帰ったけど、麻薬の中毒症状に加えて衰弱もしてるから、しばらくは魔法で眠らせ続けた方が良いって」


「眠らせるだけねぇ。 アンネの魔法を持ってしても、薬物中毒は治らないってか」


「そうみたい……こればっかりは時間をかけて直すしかないってさ」


「はぁ……金にならねぇばかりか看病までしなきゃいけねぇのかよ。厄日だな全く」


「別にいいだろ? 君は何もしてないんだからさ」


「俺だって扉の鍵開けとか色々やっただろーが‼︎」


フレンはそう言って不貞腐れると、ソファの上に横になった。


フレンがこうして荒れている理由は、今回の依頼についての報酬はもらわないという方向で落ち着いたからである。


サイモンに賞金がかけられているのは、あくまであの薬を盗み出し売り捌いている人間であると冤罪をかけられたがゆえだ。


もちろん、彼女を突き出せば約束通り報酬はもらえるだろうが、国を守るために体を張った上に冤罪をかけられた少女に追い討ちをかけるようなやり方はできないということで、僕たちは報酬を諦めざるを得なかったのである。


「まったく。フレンだって、彼女を保護するってことには賛成しただろ?」


「それとこれとは話は別ですー!」


「まったく」


 不貞腐れるフレンにこれ以上言っても無駄だと判断して、反対のソファに腰を落ち着かせる。


「そういや、医者は帰ったんだろ?……アンネは何してんだよ?」


「せめて少しでも良くなるようにって、回復の魔法をかけてるみたい。気休め程度にしかならないけれども少しぐらいは役に立つからって」


「へぇ、案外いいところあるんだな」


意外そうにフレンは呟くが「案外じゃないよ」と僕は唇を尖らせる。


「元々姉ちゃんは優しい人だよ。そりゃ、ちょっと暴走気味になる時もあるけど……でも、昔から傷ついた人や苦しんでる人は放っておけない根っからのお人好しだよ」


「お人好しねぇ……」


訝しげにフレンは顔を顰めるが。

姉ちゃんは昔から……優しくてお人好しで、おっちょこちょいのただの普通の人だった。


 そう、普通の女の子だったのだ。



─────本当の弟じゃないから、姉ちゃんは僕を助けてくれないの?



  ふと、昔の思い出が胸を抉る。


そんな普通だった姉ちゃんを、歪めたのは他でもない僕なのだと、改めて戒める様に。


「ユウ?」


「‼︎ え、あぁごめん」


「急にぼーっとして、大丈夫か?」


心配そうにこちらを見るフレン。

 おそらくよほど呆けた顔をしていたのだろう。


「大丈夫大丈夫。少し考え事してただけだから」


「そうか? ならいいんだけどよ」


「うん、心配してくれてありがとう。それで、何だっけ?」


「いや……そういえばアンネはともかく、マオの奴どこいったのかなって」


「あぁ。マオも姉ちゃんと一緒にサイモンの看病をしているよ」


容体も落ち着いたからマオも少し休憩するようにと誘ったのだが。


「少しアンネと話があるのじゃ」と言ってサイモンが寝ている部屋に残ったのだ。


「アンネと? おいおい大丈夫なのかよ、あいつら二人きりにして」


まるで妹を心配する兄みたいな顔でフレンはそう聞いてくるが。


「まぁ大丈夫じゃないの? 本人が残るって言い出したんだし」


「そうだけどよぉ」


 納得をしていない表情でフレンはソファから体を起こす。

 なんだかんだマオのこと好きだよなフレンのやつ。


「心配しすぎだよ……それに姉ちゃんだって、マオが悪い子じゃないって言うのはもう分かってるわけだし、万が一バレても大事には……」


ならない……そう僕が口にしようとした瞬間。


「──────ッ私達のッ邪魔をしないでっ‼︎」


怒りに満ちた姉ちゃんの怒号が部屋に響き渡った。


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