第35話 魔王特権

「これは……召喚陣じゃと‼︎?」


「魔王の力を得たんだ当たり前だろ? 見ての通り、先代魔王の保有した【魔王特権】は俺の手の中にある‼︎ ふくくく、ふはああああはははははは‼︎」


「魔王特権って……確か」


ちらりとマオへと視線を送ると、マオは悔しげに親指の爪をかじっていた。


「ぐぬぬぬ、妾による妾のためのアルティメットスキルが……よりにもよってあんな若造の手に渡るとはぐぬぬぬぬ」


「いやいやいや怒ってるところ悪いけどそれどころじゃないよあれ……勝ち目ないだろあんなのどうするんだよユウ‼︎? めっちゃ帰りたいんだけど」


「帰ったところで、あんなものが暴れ出したら逃げ場なんてないよフレン」


「わーってるよそんなこと!? あーぁもぅこんなことならついてくるんじゃなかったぁ!」


相変わらず旗色が悪くなると泣き言を漏らすフレンに僕は呆れながらも、少々不便に思いフレンの前に立ち勇者の剣を構える。


「時空が歪んだ……くるぞ、ユウ‼︎」


突如として発せられるマオの警告、それと同時に黒色の召喚陣に一斉に魔力が集中する。


『時空の歪みより飛翔せし殺戮の使徒‼︎ 混沌より現れし究極の覇者‼︎我が声に応じ、集し絆を分断し、世界の光をその翼で覆い尽くせ‼︎』


言葉でありながら、聞くに耐えないほど不気味な音で奏でられる詠唱。

思わず耳を塞ぎたくなるのはその言葉が邪悪だからか……それとも魔力の影響か。


どちらにせよ、その音は間違いなく異界より何かを呼び寄せたようで、魔法陣より膨大な魔力が一気に放出される。


「っいけない……『エクステッド……』」


「させるかあぁ‼︎」


「ッくぅ‼︎?」


顕現を始めようとした魔物を迎撃すべく、姉ちゃんはすかさず魔法を放とうと杖を構えるが。

それよりも早くレッドブルは瓦礫の破片を掴むと姉ちゃんに向かって投げつける。


投げつけられた瓦礫の破片の速度はまるで銃弾のようであり。

姉ちゃんは仕込み杖を抜いて瓦礫を弾き飛ばすが、衝撃を受け止めきれなかったのかよろけて膝をつく。


「……姉ちゃん‼︎?」


「大丈夫よユウくん、お姉ちゃんは大丈夫。だけど……できれば少し離れててほしいかな。 ユウくんとお友達は絶対に守って見せるけど、ここから出てくる魔物と今の赤べこさんの二人がかりだと……お姉ちゃんちょっとてこずるかもしれないから」


「なっ‼︎?」


姉ちゃんがてこずる?


当然、そんなことを姉ちゃんが言うのは初めてだ。


一体……あの魔法陣からはどんな魔物があらわれるんだ。


魔王の力により呼び出されるかつての魔王の僕……そんなもの相手に、僕たちは一体どうやって戦えば……。


「ふははははは‼︎ 散々コケにしてくれた屈辱を今ここで十倍にして返してやる‼︎

顕現せよ‼︎‼︎ 神龍、ファブニーーーール‼︎」


「「「あっ(察し)」」」


姉ちゃんとサイエンを除く僕たち三人は、そんななんともいえない声を漏らした。


「ゔぉおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」


レッドブルの呼び声に応え、叫び声を上げながらその姿を現したのは黒色の体を持つドラゴン……しかもダンジョンの中で見たものよりも一回り小さい。


「ファブニール……そんな、こんな魔物まで召喚できるなんて」


「こんなことが、終わりです……もう何もかもお終いです‼︎」


怯えるように自分の体を抱きしめ震えるサイエンに、姉ちゃんも怯むようにじりじりと後ろに後退をする。


その姿にレッドブルは勝利を確信したのだろう、高笑いを上げる声が部屋に響いた。


「ははははは‼︎ どうだ、こいつこそ魔王のみが呼び出すことができる魔竜ファブニール‼︎

人間ごとき何千何万と集まろうが喰らい尽くす究極の魔竜‼︎ どうしたどうしたぁ? さっきまで随分と威勢よく吠えててくれたってのに、随分としおらしくなっちまったじゃねえかお前ら? いつでもどこからでもかかってきていいんだぜぇ? 死ぬのが怖くなければだがな、がはははっは‼︎」


嘲るような笑いに呼応するように、魔竜は僕たちに威嚇をする様に牙を剥くが。


「そっかそれじゃあ遠慮なく、起きろバルムンク‼︎」


「ユウくん!?」


その隙に僕は光り輝く勇者の剣を巨大化させ、驚く姉ちゃんを抜き去りファブニールへと走る。


「ゑ? ちょっと待って何その剣聞いてな……」


本当にすぐさま斬りかかられるとは思っていなかったのか、間の抜けた声を漏らすレッドブルだがもう遅い。


「龍特効八倍二回だめえええええじ‼︎‼︎」


……咆哮で隙だらけのドラゴンも、突如巨大化した剣に驚いたのか、慌てて逃げようと翼を広げるが何もかもが遅く。


前回よりも簡単に二重の斬撃がドラゴンの首を叩き両断する。


その間わずか十秒の出来事であった。


「えええええええええぇぇ‼︎ ちょ、お、お前、なんだその力‼︎? ヒョロヒョロのガキが……ファブニールを‼︎? いや、だってあれファブニールで……えええええぇ‼︎?」


「例え小さなこどもとてただの一振りで魔竜を屠る……それが勇者じゃ、どうやら見縊っていたのはお主の方だったようじゃな赤べこよ。命が惜しければ早々に逃げ出すが良い。もっとも、逃げられるかはわからんがな」


驚愕に慌てふためくレッドブルに対し、マオはやれやれとため息を吐きながらそう呟く。

正直、そんな超越者には遠く及ばないためそこまで過大評価をされると恥ずかしくて死にたくなるが、今はハッタリをきかせるためにすでに勇者の力を失った勇者の剣をレッドブルに構えておく。


「いやいや、まて、落ち着け……俺様は魔王の力をも手に入れた魔王軍幹部レッドブル様だ。高々トカゲ一匹やられたところで俺様の勝利は揺るがない……そうだ、がんばれ俺、負けるなレッドブル‼︎ 生意気なクソガキが……まずはてめえからぶっ殺してやらあぁ‼︎」


その言葉に激昂をしたのか、今度はマオ目掛けて突進を仕掛けるレッドブル。

魔王の力を取り込んだその突進は、自らが闘牛の魔物であることを知らしめるかのような速度と破壊力。


触れれば全身がズタズタになって死に至る。

まさに魔王軍幹部の名に恥じぬ、全身全霊の一撃。


「はぁ……逃げろと言ったのにのぉ」


だが……その怪物の攻撃がマオへと届くわけがない……。


「いっくよーーー‼︎」


なぜなら。


「え?」


――――僕たちには魔物よりも遙かに恐ろしい、怪物(姉ちゃん)がついているからだ。


『お姉ちゃんスティンガー‼︎』


「ふがあああぁ‼︎?」


マオへと迫る闘牛の突進は、回避されるわけでもなく、止められるでもなく。


真正面から打ち返される。


加えて。







……レッドブルの周りを無数の魔力の剣が取り囲み。


降り注ぐ。


『ソードワールド‼︎』


「う、うおおおおおおぉ‼︎????」


「あぁー……頭くる。 私がユウくんを守らなきゃ行けないのに、私がユウくんに守られちゃうなんて……本当不甲斐ない」


苛立たしげに何度も杖で石造りの床を姉ちゃんは叩き、床が乾いた音を響かせるたびに魔法の刃は召喚され、レッドブルへと降り注いでいく。


えげつねぇ。


「っぐううううぅ‼︎ 舐めるな小娘がああぁ‼︎ この程度の魔法で、このレッドブルがやれると思うなよ‼︎」


しかしさすがは魔王軍幹部。

百を超えるであろう魔法の剣に貫かれてもなお、咆哮をあげてレッドブルは立ち上がる。


だが、それは誤りだ。

何故なら、あのままやられておけば少なくとも姉ちゃんのやつあたりの餌食になることはなかったのだから。


「分かってるよ。今のは足止め……そしてこれが私の全力全開‼︎」


「へ? 何そのでたらめな魔力……」


放出した魔力を姉ちゃんは右手に集め。


レッドブルへと拳を振るう。

ただのパンチと侮るなかれ、その一撃は

ゴーレムドラゴンでさえも粉砕する破壊の右手。


「滅殺!! ドラゴニックアッパーカーーット!」


「ッぎゃあああああーーーー⁉︎⁉︎⁉︎」


 悲鳴と共にレッドブルは天井を突き破り、悲鳴と共に空の彼方へと消えていく。


 一体どれだけの力で殴りつければ、あの巨体があそこまで吹っ飛ぶのか。


「ははは……なぁ、ユウ。本当はあいつが魔王なんじゃねーの?」



「……そうかも」


 ポッカリと穴の空いた天井から差し込む陽の光と青々とした空。


乾いた笑いを漏らしてそんな冗談を漏らすフレンの言葉を、僕は否定することができなかったのであった。

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