第10話 【マシマシ】SFPエッセイ210

【マシマシ】マスズシ、笹をマシマシ。マツシマ、島をマシマシ。マムシ、毒をマシマシ。マンション、高さマシマシ。マラケシュ、クスクスをマシマシ。マルシェ、野菜マシマシ。マワシ、横綱マシマシ。 マハリシ・マヘーシュ・ヨギ、超越瞑想マシマシ。君なら何をマシマシ? #140SFP


   *


 デビルズ・スネイク詣では、我々にとって務めでもあるが、同時にレクリエーションでもある。デビルズ・スネイクまでの約3時間の行程は、常に大いなる驚きと喜びに満ちている。無論、肝心なのはデビルズ・スネイクに辿りついてから得られるビジョン──通称「お告げ」──なのだが、我々三人にとってその行き帰りの小旅行こそが楽しみでもあるのだ。


 デビルズ・スネイクという大袈裟な名前をつけたのは鉱物学者の次郎丸で、最初その案を聞いた時には調査隊一同大爆笑で、ロールプレイングゲームのやりすぎじゃないかだの、厨二病っぽいだの、さんざんな言われようだったのだが、その場でビジョンが得られること、それに従うことが調査隊の安全を保障することがわかってきてからはもう笑いの対象にはならなくなった。


 デビルズ・スネイクまでの道のりは行くたびに変化する。前回に来た時はずっと鬱蒼とした森の道を歩いたように思う。細い道の両脇はむせかえるような緑が迫っていて、道はくねくねと見通しが悪く右も左も前も後ろも緑に囲まれて、遥か頭上の樹冠も空間を埋め尽くし、陽の光もほとんど差し込んでこないので、緑色の薄明るい光に満たされた世界だった。


 ガイドを雇って初めて来た時のことを覚えているが、その時はすぐそばをずっと渓流が流れていて、川幅が10mか20m程度あったので、太陽が見える場所も多く開放的な雰囲気があった。別な時には森の中を歩くのだが、ところどころにぽっかりと空き地があり、そこでは何年か前に大木が倒れて自然に空き地が生まれたのだということだった。自然に倒れたにしては道のりの途中に3つも4つもそういう場所があるのは少々不自然な気もした。


 毎回最初は同じ道を歩き始めて、記憶している通りに歩いていくのに、一度として同じ風景を見ない。どことなく見覚えのある場所もあるにはあったが、確信は持てない。前回は明るい空き地の真ん中にあった切り株が、次に行くと濃い緑の暗がりの底に沈みすっかり苔むしていたりする。川の流れの音も近かったり、遠かったり、全く聞こえなかったりする。川がなくなってしまったのかと思っていたら、枯れた川がすぐそばにあったりする。


 そして今回はまた、全く違う。花畑が広がっている。森ははるか遠くに後退し、高原の花畑さながらだ。


「時々思うんだよね」花を摘みながら吉林が言う。「道が違っているんじゃなくて、単に別な場所に向かっているんじゃないかってね」

「ばかな」思わず私は反論する。「デビルズ・スネイクがいくつもあるってこと?」

「一概に否定できない気がするな」小鳥遊が双眼鏡であちこち見ながら言う。「デビルズ・スネイクっていつ行っても何だかつかみどころがないんだよな。あれ、毎回別な場所に行ってたからかも」

「困ったなあ」吉林はさほど困った風でもなく言う。「それじゃあお告げの信用度が下がっちゃう」


 小鳥遊は双眼鏡を目に当てたまませわしなく右を見たり左を見たりしている。


「気をつけてよ。小鳥遊くんは前にそれやってて川に落ちたんだから」

「川じゃないよ。あの時は枯れていたから。水の流れが聞こえていたら落ちなかったよ。うわ!」


 言っているそばから小鳥遊は足を踏み外し、道の右手の花畑の中に倒れこみ、全身見えなくなった。


「しょうがないなあ」さほどしょうがなくもなさそうに吉林が言って、私に荷物を手渡し、小鳥遊が消えたあたりに踏み込んでいく。「多和田さん、これ、持ってて」


 驚いたことに道の右手は急斜面になっていて、その下には枯れ川が見つかった。前に小鳥遊が転落したのと同じ場所だったのだ。花を咲かせていた植物はその渓谷を埋め尽くし高さ5〜6mにも及び、花の位置が道の高さに揃って花畑に見えるように生えていた。双眼鏡が壊れただの何だのと泣き言を言う小鳥遊を、吉林と二人で抱え上げながら、私はぞっとしていた。この植物は何なんだ? そして花畑の下は本当はどうなっているのだ?


「デビルズ・スネイクで間違いないな」道に戻るや否や、小鳥遊は偉そうに言った。「これはいつも同じ道なんだ」

「そうね」わたしは用心深く言った。「風景の方が変わっているってことね」

「そいつはすごい」さほど感心した風もなく吉林が言う。「どうせなら道沿いにラーメン二郎でもできてくれりゃいいのに」

「次回はそうなっているさ。で、入ろうとしたら川に落っこちるんだ」


 こんもりとした小さな森を通ってデビルズ・スネイクに着くとちょうど昼時だった。我々はめいめいが持参した弁当を食べ、その場でコーヒーを入れて飲んだ。そこは岩場で、渓谷を見下ろす高台で、上面が平らな大岩が渓谷に張り出して見晴台となっている。足元には大きく蛇行して流れる川がキラキラ日光を反射させている。


「そろそろかな」

 と誰ともなく言う。

「ああ。そろそろだろう」

 と誰ともなく答え、一斉に空を見上げる。


 太陽の光がちょうど真下の川面を照らし、その反射光にデビルズ・スネイクが包まれる時、ビジョンが訪れる。足場全体が大きく揺れ、思わずその場にしゃがみ込む。このまま谷間に張り出したこの大岩が崩落するのではないかと、毎回肝を冷やす。すぐそばで巨大な金属を打ち付けるような激しい音がガン!ガン!ガン!ガン!と轟き、三人もろとも吹き飛ばしそうな突風が吹く。まぶしいのと、しゃがみこんでいるのとで何も見えないが、遥か下方にあるはずの渓流の水音がせり上がるように大きくなって逆巻き暴れながら流れるのが聞こえる。


 そしてビジョンが得られ、光も衝撃音も風も水の気配も一瞬で消え失せる。

「どうだった?」用心深そうに小鳥遊が聞く。「ビジョンは得られたか?」

「ことばだった」私も用心深く言う。「どういう意味だ?」

「ジロリアンだな」とさほど用心深くもなく吉林は言う。「マシマシと言えばジロリアンだ」


 こうして我々三人の帰路はいつもビジョンの解釈に費やされる。なるほど、マシマシといえばラーメン二郎で間違いないだろう。ニンニクや野菜などのトッピングを「多め」を通り越して途方もない量に増やすことを意味する言葉だ。ラーメン二郎が存在しないこの土地において、では、マシマシとは一体何を意味するのか。


「あ」森の途中で不意に小鳥遊が声を上げる。「おれ、マシマシで一本書いたことあった」

「何を」とわたし。「書いたって?」

「140字のSudden Fictionをさ」と小鳥遊。「『君なら何をマシマシ?』って問いかけて終わるんだ」

「実に面白い」さほど面白くもなさそうに吉林が言う。「それを言うならぼくは来る途中でラーメン二郎の出現を予言したよ」

「ラーメン二郎がマシマシで並んでいても困るよね」

「途方もなく増えてほしいものなんてあるかな」

「それをめいめい考えろってのがお告げかな」


 森を抜けると花畑のあった道の左右にびっしりとアレが並んでいた。アレとは何だったと、あなたは思いますか?


(「【マシマシ】」ordered by 武田 光一郎 -san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・ラーメン店などとは一切関係ありません。

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