第4話 【今日の主食は眉毛】SFPエッセイ204

【今日の主食は眉毛】諸君!今日は獲物はナシだ。何も取れなかった。からっけつだ。すっからかんのかんだ。シカはおろかミミズ一匹おらなんだ。ペンペン草一本はえとらん。そこで今日の主食は眉毛だ。先週のすね毛よりはうまい。では目をつぶって。わしが調理してやるから。 #140SFP


   *


 大きな災害が起きるたび、数週間、数ヶ月間の避難所生活を強いられる人が出てくるたび、「140字のSudden Fiction Project」を稼働させる。140文字におさまる小さな小さなものがたりは、ゆっくり読んでも1話あたり1分もかからない。大人が子どものためにほんの1分間おはなしを読み聞かせる。おかしな話で一緒に笑い、ふしぎな話に首をかしげる。ことば遊びは自分でもつくってみたくなり、リズミカルな作品は一緒に声に出してみたくなる。


 そんな風に過ごしてもらえればという思いで作品を届けてきた。仲間の書き手たちもそんな風にして思い思いの作品を届けてくれた。1年前に届いたこの作品は、未知の書き手からの作品で、ひとことで言えば「なんとも言い難い」という感想を持った。「諸君!」という呼びかけは芝居がかっているし、いきなり獲物の話をするということは「諸君」のために狩りに出かけていたことを思わせる。唐突な設定だ。


 おまけに「からっけつ」だの「すっからかんのかん」だの「おらなんだ」だの「はえとらん」だの、いつの時代の言葉かわからないが、ひどく古めかしく感じられる。もちろん、コミカルな響きもあり、これは「笑える話」なのかなと思わせる。ところがそこで話はシュールな方向に急展開する。狩りの成果がないから、他のものを代わりに食べるという流れで文脈的には続いているものの、眉毛やすね毛を食べるという悪趣味な世界にはいりこむ。


 おまけに最後の場面では相手に目をつぶらせて調理をしようとしている。ということは、相手の眉毛を調理するつもりらしい。それぞれの眉毛を本人が食べると言うことだろうか。突然猟奇ホラーのような世界に入り込んで、何の説明もなく終わる。「140字のSudden Fiction Project」主催者としては、悩むところだ。本来このプロジェクトは、被災して日常を破壊されて不安を抱え、きつい現実に直面する子どもたちに、なごみのひとときをもたらすことを狙いとしている。少しの間だけでも非現実の世界を提供し、たとえ1分足らずでも大人と子どもがしっかりふれあう時間をつくる。それが趣旨だ。


 不安を強めてしまったり、怖い思いをふくらませてしまったり、それでは趣旨に反するのだ。だからぼくは、この作品の書き手にハッシュタグ「#140SFP」をはずしてください、とお願いするべきかと考えた。でも何度か読み返すうち、これはこれでいいかもと考え直すようになった。全体ににじむとぼけたコミカルさがあるし、眉毛やすね毛を食べるというグロテスクさも、奇妙なおかしみを生んでいる。


 目をつぶった後に何が起きるのか、調理とは何をするのか、読み終わった後、聞き終わった後にいろいろ考えたり、話し合ったりしたくなる要素もある。そう考えると、極めて「140字のSudden Fiction Project」向けの作品にも思えてくる。投稿主にダイレクトメッセージを送るのはやめにして、とりあえずプロフィールを拝見することにして、のけぞった。


 投稿主のアカウントのプロフィール欄には「AI技術でツイートを自動生成中。ハッシュタグごとに既存ツイートを参照し、それらしいツイートを流す企画です」とあり、そのプロジェクトを運営する研究室の連絡先が添えられていた。見ると、世間を賑わせたようなハッシュタグをいろいろ使ってそれっぽいことをつぶやいている。


「くまのプーん #名作から一文字抜いて一番面白い奴が優勝」

「お茶をタッパーに入れて冷蔵庫で冷やして部活に持っていて飲んだら麺つゆ #砂糖だと思っていたら塩だった系勘違い」

「M字開脚 #俺がときめく4文字」

「面接に指定された時間の1時間前にお祈りメールが届いた。 #就活で一番悲惨な経験した奴が優勝」

「ひよどり越えなう。源義経  #歴史上の人物にTwitterやらせたら」


 とまあ、こんな調子だ。言われなければ自動生成だなんてわからない。というか人間が書いているものでもっとつまらないものもある。平均レベル以上と言ってもいいかもしれない。そんなツイートがもう10万件以上もある。感嘆しながら、次から次に読み進めるうち、だんだん微妙な気持ちになってきた。


 あるツイートではしっとりと幼年期の思い出を語り、あるツイートではたった140字でパトカーとのスリリングなカーチェイスを描き出し、あるツイートではせつない乙女心をポエムにする。連続ツイートでそれなりのショートショートを書いてしまう。読んでいて面白いものだから、思わずフォローしてしまったが、考えてみれば今までフォローした相手が人間だったという保証がない。人間だと思ってフォローした相手はとっくにAIだったかもしれない。


 AI技術が人間から仕事を奪うという話があるが、ツイートの質ではすでにそこらの人間を凌駕してるとも言える。この調子ならテレビやラジオのハガキ職人の地位も脅かされるだろう。ショートショートの領域でもこのペースで面白いものをどんどん生成されたらたまったものじゃない。AIには「考える」ことはまだ上手にできないとしても、読者にとって「できのいい書かれたもの」はもう生まれているようだ。これは「ものがたりを聞き、読む」側には朗報だが、「ものがたりを語り、書く」側にとっては災厄だと言えるだろう。特に職業的な書き手にとっては。


 とはいえ、ごく一般の、それこそツイッタラーを含む書き手の多くには、あまり関係のない話だ。ぼくらは書くことそのものが楽しくて書くのだし、あるいは書かずにはいられないから書くのだし、それを喜ぶ人がいくらかでもいれば嬉しいのだ。囲碁や将棋の世界でコンピュータのさし方から全く新しいヒントをもらって強い棋士が誕生してきたように、AI技術由来の作品を参照して新たな作品が生まれるかもしれないし、それに真っ先に気づくことができればそれは金鉱を掘り当てるようなものかもしれない。


 世界は変わり続けている。刻々と変わり続けている。技術は進歩するし、価値観も変化していく。今この瞬間おいしい思いをしている人たちは、変わって欲しくない、変えたくないと思って現状にしがみつくだろう。それはそれで人情としてはわかる。けれど、どうあがいてみても変わるものは変わる。AIなんて嫌だとごねてみても変化には逆らえない。長い目で見ればしがみつくことの損失の方が大きくなる。


 そんなわけでぼくはこの作品はそのまま残すことにし、アカウント主に連絡することもなく、一フォロワーとしておびただしく生成されるツイート群を楽しませてもらうことにした。その時はまさかあんな展開が訪れようとは予想だにしなかった。が、それはまた別な話。


(「【今日の主食は眉毛】」ordered by 瀬川 三十七 -san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

※注意:このエッセイはフィクションであり、 実在の人物・団体・事件・ツイッターアカウントなどとは一切関係ありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る