第14話 発表会の話
ウシガエルを追いかけ回してから数日後、俺たち(ほとんど愛美)は発表会の資料を作り終えた。後は学校の先生と相談して、内容の修正をするらしい。
何だか分校では無くて、本校の理科の先生が張り切っていて、何度も相談に呼ばれた。愛美は一生懸命話すけど、俺はいつもボンヤリとしていて、そのうちに呼ばれなくなる。これで俺は、ジーサンの悪魔の提案から解放された事になった。やれやれ、大変なことだったなぁ。
夏休みが始まる少し前、俺は河原でボンヤリしていた。もう川の水は暖かくなっている。魚の動きが早くなりすぎて、俺では泳いでいる魚をモリで突くことができなくなった。釣りをすると、たまにうるさい大人が注意してくる。
川遊びも少しの間、出来なくなるなと考えていると、ギャーギャー言いながら、愛美が走り寄って来た。
「ケンタ、大変!」
「そんなに慌てて、どうしたんだ?」
土手をドタドタと下降りて、愛美は両手を膝に置いてゼーゼー言っている。そういえば愛美って勉強はできるけど、運動は苦手だったな。
「私たちの報告が、発表会の代表候補に選ばれたのよ!」
よっぽど嬉しかったのだろう。愛美は顔を真っ赤にして、手足をバタバタさせている。
「そうか。良かったな」
「何よ、嬉しくないの?」
「そんな事より、夏場の川遊びができなくなりそうなんだ。どうしよう、困ったな」
スン。
愛美の身体から、変な音が聞こえた気がした。赤かった顔色が普通に戻っている。
「ケンタに相談したのが間違いだった。行くよ!」
「イテテ! 耳を引っ張るなよ」
俺は愛美に俺の家に連行された。それ所じゃないんだけどなぁ。
カーチャンは台所で晩御飯の用意をしていた。肉でも切っていたのか、出刃包丁片手に玄関に現れる。
「あら愛美ちゃん。いつもケンタの面倒を見てくれてありがとうね」
「オバサン! 私たちの報告が、県の代表候補に選ばれました」
ストン。
「うぉ危ねぇ!」
カーチャンの手から出刃包丁が落ちて、床に突き刺さった。二人はキャーキャー言って喜んでいる。俺は出刃包丁を床から引き抜いて、台所に戻した。晩御飯は遅くなるのかな? 何かスグに食べられるものは無いかと、冷蔵庫を漁っていると背後に気配を感じた。
「ケンタおめでとう!」
俺はカーチャンに抱きしめられた。何でこんなに喜んでいるのだろう。まぁ、怒られるよりはマシか。
「ケンタ。明日から放課後、発表の練習だからね!」
「ええっ! 資料作りと発表は愛美の仕事だろう!」
グギギッ
俺はカーチャンに抱きしめられたまま、関節を極められていた。何とか逃げ出そうともがいていると、カーチャンの下あごに梅干しの種が浮き上がっているのが見える。
「お前、なに言っているんだ?」
「カーチャン。痛い、痛いって」
「お前が勉強で褒められることなんて、ほとんど無いだろう? 黙って愛美ちゃんのいう事を聞いておけ」
「だって…… ギャー! 分かった、練習するから!」
カーチャンは俺から離れると、愛美とまたキャーキャー言って喜び始めた。俺の首は次の日の朝まで、痛くて右側を向けなくなっていた。
放課後の理科室。黒板に愛美が書いた模造紙が貼られている。俺たちは黒板の前に立って、模造紙の内容を発表する練習をしていた。生徒が座る机の所にストップウォッチを持った、理科の先生が立っている。
「はい。そこでケンタ君が、この文章を読みます」
「えー何だ? 調べたビオトープの中には、様々な生物が住んでいました。 ……これなんて読むんだ?」
「
理科の先生は髪の毛をグシグシとかき混ぜた。髪の毛から白い粉がフワフワと飛んでくる。うわっ、これフケじゃないか? 汚いなぁ。
「だから言ったろ。愛美一人でやったことにして、自分で発表すればいいじゃないか」
「生き物の質問されたら、私じゃ答えられないでしょ! 難しい所は私が全部話すから、ケンタは横に立ってなさい」
質問が無かったら、俺は必要ないのじゃないか? そう言おうとしたら先生と愛美は、猛然と発表の順番や役割を変え始めた。最終的には発表の題と章題を俺が読んで、残りは全部、愛美が話すことになった。
本当に俺、要らないんじゃ無いのかな?
発表当日。県庁の近くにある新聞社の大きな部屋の演台に、俺たちは立っていた。足元には大きなカメラを構えた人が何人もいて、バシバシとシャッターを切っている。大勢の偉そうな大人が、模造紙の縮小コピーを眺めていた。
舞台袖では理科の先生が、部屋の隅っこではカーチャンが青い顔をして立っている。今回の発表が上手く行くと全国大会へ出場することができるらしい。それを聞いた途端、二人は青い顔をし始めたのだ。今日の発表で終わりだと思っていたんだな。
いつもと変わらないのは、カーチャンの横にいるジーサンだけだ。ニコニコしながら俺たちを見つめている。アナウンスが始まり、俺たちの発表の時間になった。
「田んぼの中の国際化」
俺が発表の題を読んだ。後は黙っていればいいのだから、楽なものだ。 ???愛美の声が聞こえない。この後は調査したビオトープの説明をするはずなのに。
横を見たら、愛美は青い顔をして固まっていた。肩をつついてみるが、それにも気が付いていないみたいだ。考えてみたら、こんなに大勢の大人の前に立つのは始めてだものな。
仕方ない。
俺は愛美から発表内容の書いてある紙を受け取って、読み始めた。大勢の人の前で話すときは、早口にならずゆっくりと。でも俺の話し方はノロいと言われる事が多いから、いつもと同じ速さでいいか。
声の大きさは怒鳴らない程度に、大きな声で。お腹から声を出す方が良いらしい。発表のコツは全部、理科の先生から教わった。途中何度か読めない漢字があったけど、愛美に聞くと教えてくれた。その度にお客さんは笑い、愛美と先生はビクッとした。
ビオトープの説明。どうして田んぼの生き物を調べたのかの説明。取れた生き物の種類と数。増え続ける外来種についての説明。
持ち時間を少しオーバーしたけど、何とか発表を終えた。やっと帰れると思ったら、質問の時間になった。審査員席に座っていた、偉そうな天辺ハゲのオジサンが手をあげた。
「大変興味深い発表でした。ヌマエビの分類が非常に細かくて感心しました。どうやって調べましたか?」
「トーチャンに教わった。それでも分からないのは、ジーサンの図鑑を見て調べた」
何でだろう? 俺が話すと大人たちが笑う。その度に理科の先生と愛美は小さくなっていく。笑われるのが嫌なら、自分たちで話せばいいのにな。オジサンも苦笑いしながら、質問を続けた。
「君たちが観察した外来種ヌマエビを教えて下さい」
「カワリヌマエビだと思うけど、見分けるのが難しいんだ」
「どうしてですか?」
「在来種はヌカエビだけど、外来種との違いは頭のとげの形で見分ける。でもとげの形が中途半端な奴が多くて、どっちか分からない」
一部の大人たちがザワザワし始めた。あんな田舎でも交雑が進んでいるのか。とか言っている。何か変な事を言ったかな?
「大変貴重な報告をありがとうございました。やはり外来種駆除を強化しなければならない事が分かりました」
「??? 駆除って何だ?」
また笑いが起った。でもオジサンは真面目に答えてくれた。
「失礼。在来種を護るために、シナヌマエビなどのカワリヌマエビを捕まえることです」
「捕まえたら、殺しちゃうのか?」
「あぁ、えぇっと。環境に良くない生き物だから……」
オジサンは決まり悪く、何といっていいか分からないような顔をした。
「外来種の生き物は悪者じゃないです!」
突然、愛美が大声を出した。横にいた俺はビクッとする。青かった顔を赤く変えて、愛美は話し始めた。
「私も始め、外来種は悪者だと教わりました。カエルはヌメヌメして気持ち悪いし、水生昆虫は刺すヤツがいたりで大嫌いでした。でも……」
愛美は一息ついて、天辺ハゲのオジサンを見つめた。
「ずっと調査をしていたら、気がついたんです。ウシガエルだって、アメリカザリガニだって必死に生きているって。人間の都合で命を軽々しく扱うのは間違っています。
今は何が正解が分かりませんが、日本に住んでいる生き物たちが在来種、外来種の境が無く生きていくことは出来ないのでしょうか?」
皆が何かを言いたいのだろう。何だか会場がザワザワし始めた。オジサンは目をシバシバさせて言葉を続けた。
「それで題名が『田んぼの中の国際化』なのですね。素晴らしい発表でした。ありがとうございます」
オジサンは深々とお辞儀をした。ハゲている部分が丸見えになる。
「オジサンは審査員だから偉いんだろう?」
俺の質問に、頭をあげたオジサンがキョトンとする。その後、顔の前で手をヒラヒラさせた。審査員席の大人たちがニヤニヤし始める。
「いやいや、そんなことは無いよ」
「俺たち子供でも、こんなに考えているんだぞ。偉い大人たちは、もっと色々考えなければいけないんじゃないか?」
一瞬後、会場は爆笑に包まれた。オジサンは両手を上げて苦笑する。
「仰る通りです。これからも一層努力します」
盛大な拍手とともに、俺たちの発表は終わった。理科の先生は舞台袖に座り込んでいるし、カーチャンは何故か後ろを向いて立っていた。なんだか大人の方がボンヤリしているのだな。
俺たちの発表は小学生の部で第三位になった。一位と二位は六年生のグループだったから、二年生では一番だ。残念ながら全国大会には進めなかった。理科の先生と愛美は、来年こそはと盛り上がっている。
やりたければやればいいけど、今度は俺を入れないで欲しいな。
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