第12話 外来種の話


 愛美はジーサンの家で頭を抱えていた。ボンヤリしている俺の横で、愛美は大きな模造紙を前に、うなり声をあげる。

「どんなにまとめても、書きたいことをこの紙に書ききれない」

「一体、何を書くつもりなんだ?」

「日本農業とSDGs(持続可能な開発目標)でしょ。日本とリュカの国のかかわりも書きたいし、稲の生長も調べたい。前にハカセが来た時の化石の話も捨てがたいし……」

「お前、なに言っているんだ?」

 愛美の言っていることが分からなくて、俺も頭を抱えた。ジーサンはニコニコしている。子供の勉強に付き合わされているのに、笑っている変わった大人だ。

「そんなに一杯書かなくてもいいだろう? いま言った内の一つでいいんじゃないか」

「……どれにしていいか、選べないよ」

 ため息をつく愛美。


「ケンタは、何か調べたいことがあるのかな?」

「別に何も無いぞ。考えるのは愛美の仕事だし」

「そんな事を言いなさんな。これは良いチャンスなのだから」

 ジーサンは苦笑いする。俺は少し考えてから、愛美に聞いた。

「この資料は何処に誰が発表するものなんだ?」

「日本全国の小・中学生が新聞社に応募するの。幾つかの部門に分かれていて、私たちは小学校生の部になると思う」

「じゃあ、東京とか大阪の小学生も応募するんだな」

 俺は、しばらく考えてからゆっくりと話した。

「良く分からないけどSDGsとか、日本と外国のかかわりとかは止めた方が良いと思う」

「どうしてよ?」

「多分、都会の子供たちも同じことを考えて、それを調べてくるような気がするんだ。愛美は頭がいいけど、同じくらい出来る奴が都会にはたくさんいるだろう? 役に立たない俺と二人では、同じ内容の事を調べても競争になったら目立たないんじゃないか?」

 愛美は提案を刎ねられたのと、自分を褒められたのとでどんな顔をしていいか、悩んでいるようだった。ジーサンは頷きながら俺に聞く。

「なるほど。では、どんな内容なら都会の子供たちを驚かせることができるのかな?」


 俺は頭を抱えた。考えるのは愛美の仕事の筈なのに、当人も興味深そうに俺を眺めている。面倒臭いから縁側から逃げ出そうか。ちょっと本気で考え始めた時に、ふと思いついた。

「親戚の東京の子供たちは、田んぼや山の生き物たちの事を、ほとんど知らなかったぞ。きっと田んぼの中の事も知らないんじゃないか?」

「田舎に住んでいる私だって、そんなこと知らないわよ。それにハリガネムシは大嫌いよ! 他の虫だって苦手なんだから」

 愛美はブーブー言う。文句を言うなら自分で考えればいいのに。でもジーサンはアゴに手を当てて、フムフムと何か考えている。

「いやいや、ケンタの言う事は実に面白い。私に一寸提案があるのだが……」


 これがしばらくの間、放課後と休みの日を丸々潰すことになる悪魔の提案だったのだ。その時の俺は、そのことに全然気が付かなかった。



「ケンタ! 網の中の生き物を、こっちのプラケースに移して!」

 俺は田んぼの水路の脇に作られた、水たまり(ジーサンがいうにはビオトープ)に適当に網を入れた。中に入った生き物を一匹ずつプラケースに移すと、愛美がスマホで写真を撮る。採れた生き物の種類と数をメモ(ヌマエビ二匹、ミズスマシ三匹みたいに)して、大きな盥に中身を移す。

 全部数え終わったら、盥の生き物たちを水たまりに返した。

 学校に行く前と帰ってからの一日二回、この作業を繰り返す。田んぼの周りに水たまりは十か所以上あるから、大体1週間で一回りする計算だ。


 土日には撮り貯めた画像をまとめて、ジーサンの家にある図鑑と照らし合わせをする。すると今まで気が付かなかった事が、幾つも分かった。

例えば、ミズスマシにはオオミズスマシやヒメミズスマシなどの種類がいること。でもどういう訳か、この村の水たまりではオナガミズスマシしか採ることが出来なかった。

 今までは手足を伸ばして大きさを見ていたけれど、カエルの大きさ(体長)は口の先から、お尻までで測ること。カエルは水の中に卵を産むと思っていたけど、モリアオガエルは水たまりの上に被さった木の葉へ泡状の卵を産み付けること。


「卵は動けないから、敵に見つかったら逃げられないもんな。モリアオガエルは泡の中でオタマジャクシになって、水たまりに落ちるんだ。それなら動けるから逃げられるぞ。すごいなぁ」

 俺が感心していると、愛美は鼻に皺を寄せる。

「私はどれを見てもアマガエルにしか見えない。大体、ヌルヌルしていて気持ち悪いじゃない」

「まぁそう言いなさんな。今までに捕まえたカエルは何種類だったかな?」

 ジーサンは愛美の撮影した画像を覗き込みながら、俺に聞いた。俺は指を折りながら数え始める。

「アマガエル、モリアオガエル、シュレーケルアオガエル、ツチガエル、アカガエル、トウキョウダルマガエルの6種類か。ウシガエルは居るのは分かってるけど、すばしっこくて捕まえて無いな」

「そうなのよ。モーモー声は聞こえるのに、近づくとあっいう間に逃げちゃうのよね」

「ウシガエルは警戒心が強いからな。ところで二人は外来種という言葉を聞いたことがあるかな?」


 外来種? そんなカエルの名前あったかな? 愛美が元気よく手を上げた。

「はーい! 外国から日本に入ってきた、生き物たちの事です」

「おぉ。良く知っているな。反対に、この辺りに昔からいた動物や植物のことを在来種という」

 ジーサンは愛美の頭を撫でた。愛美のドヤ顔がウザい。

「どんなのが外来種なんだ?」

「カエルの話でいうとウシガエルは外来種だ。百年ほど前にアメリカからやって来た」

「シュレーケルアオガエルも、外人みたいな名前だから外来種か?」

「在来種だ。シュレーケルという学者の名前から来ている」

「??? 何だか、良く分かんねーや」


 それからジーサンに外来種のことを教えてもらった。いろんな理由で外国からやって来た生き物が、日本の気候・風土に適応して増えていったこと。中には爆発的に増えて、同じ種類の在来種の居場所を奪ってしまう場合があること。生態系のバランスが崩れて食べるものが無くなり、人間が作った畑の作物を食べてしまうこともあること。


「じゃあ、外来種は悪者なのね! 発表会でみんなに知らせよう!」

 愛美は猛然とメモを取り始めた。図鑑を調べてこれは在来種、あれは外来種と色分けを始める。ジーサンに色々質問して、一人でフンフン頷いていた。何かをいいたかったけど、何を言いたいのか分からない。俺はボンヤリしていた。しばらくして、やっと言いたいことが分かった。


「ウシガエルは悪者じゃないぞ」


 ボンヤリしていた俺が、突然話し始めた事にビックリしたのか、ジーサンと愛美が振り返った。

「なに言ってるのよ。今、お爺さんに教えてもらったばかりじゃない。ウシガエルは外国から来て、元から日本に住んでいる他のカエルの餌や、アマガエルだったら丸ごと食べちゃう悪者だって!」

「ウシガエルは悪者じゃ無い。そこに、ご飯があるから食べているだけだ。本当の悪者は…… ウシガエルを日本に連れて来た人だ。それに増えたウシガエルを放っておいた、たくさんの大人だ」

「な、何、分かったようなことを言っているのよ。ケンタのくせに生意気よ!」

 俺の言葉に、うまく言い返せなくって、愛美がプリプリ怒り始めた。ジーサンは驚いたように目を丸くしている。


「……いや、これは驚いた。ケンタの言うとおりだ。ウシガエルは悪くない」

「お爺さんまで何よ!」

「私が間違えていた。生き物は与えられた、その環境で精一杯生きる様にできている。それを人間の都合で良い悪いというのは、確かに私たちの思い上がりだな」

「??? なに言ってんだか、良く分かんねーぞ?」

「いや、これは良いレポートになりそうだ」

 ジーサンはニコニコしながら、愛美と打ち合わせを始めた。愛美はまた猛然とメモを取り始める。やる事の無くなった俺は、またボンヤリと縁側を眺め始めた。

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