第10話 田植えの話
俺はタブレットと言われる、スマホのデカい版の板の前で固まっていた。今日は研究授業で、コンピューター学習をしている。科目は国語だ。
画面の中にあるカードに書かれた言葉を組み合わせて、文章を作る練習だ。愛美は、あっという間に課題を解いてしまい、出来ない人の手伝いに回っている。気が付いたら俺は後ろに回り込まれていた。
「一つもできていないじゃない」
「俺の所は来なくていいぞ。もっと見込みのある奴を手伝ってやれ」
「全員が終わらないと、次に進めないのよ。何が分からないの?」
「……何が分からないか、分からない」
愛美はため息をついた。それから俺のタブレットを取り上げる。
「主語や述語なんて分からなくたっていいの。カードを並べて、いつも話すような文章になっていれば、それでいいのだから」
物凄い勢いでタブレットを撫で回し、問題を全て回答してしまった。良し。これで昼寝が出来ると思ったら、愛美に耳を引っ張られた。
「答えを見て! 『コトリ』『オオカミ』『羽ばたく』『こわい』って4枚のカードがあるでしょ。『羽ばたく』『オオカミ』なんてないから、この組み合わせは無いわけ」
「俺達が知らないだけで、羽のあるオオカミがいるかもしれない。こわいコトリもいるかもしれないだろ」
集団で人を襲うコトリを想像して、ちょっと怖くなる。それを聞いた愛美は舌打ちをして、俺の頭を叩いた。
「答えは『羽ばたくコトリ』と『こわいオオカミ』なの! 変なこと考えてないで同じようにやりなさい!」
タブレットをひと撫ですると、俺の机に置いた。
「あぁ! 答えが消えてる」
「当たり前でしょ! サッサとやりなさいよ」
プリプリしながら、愛美は他の子を教えに移動してしまった。
しばらくすると、愛美は俺の後ろに立っていた。また、何か言われるのかとビクビクしていると話しかけてきた。
「そういえば今度の土曜日、リュカの勉強している農家で田植えをするのよ」
「それがどうしたんだ?」
「この地域の課外実習のレポート発表会があって、題材にちょうどいいかなと思って」
「??? また点取り虫の勉強か?」
愛美は腕を組んで、唇をひん曲げた。
「そうよ。この発表会で高い評価を得ると、色々良い事があるの。どうせケンタは暇でしょ! レポートは連名にしてあげるから、付き合いなさい」
「えぇっ! 休みの日まで勉強するのか。一人で行って来いよ」
「あそこの農家は外人ばっかりで、ちょっと怖いのよ。話も通じないし」
「リュカやダイアナ先生なら知っているだろう? 大丈夫だろ」
「私はケンタみたいに、知らない人だらけの所でボンヤリしてられないの!」
愛美は俺のタブレットを取り上げると、課題を全問入力した。
「おぉ、ラッキー!」
「この話はオバさんにも言っておくから! 逃げるんじゃないわよ!」
そう言い捨てると、タブレットを俺の机に置いて、ズカズカと歩き去っていった。
この辺りの田植え時期は、他所の地区に比べると格段に遅い。梅雨が終わるのではないかという辺りで、やっと始まる。なぜかというと、それまで田んぼには麦が植えてあるからだ。
麦の収穫を終えて、大急ぎで田植えの準備を始める。川普請が終わって流れの良くなった水路から、綺麗な水が流れ込む。今日はいい天気だから、お日さまが反射して周りがキラキラと輝いている。
普通の田植えは田植え機を使って、あっという間に終わってしまう。今日の田植えは、機械が無い場所で米を育てるための勉強で、昔ながらの手植えをする。勉強するリュカ達にとっては初めての作業だ。見学する人も多いし、いつもは人を見ない山間の田んぼは、物凄く賑やかになっている。
カーチャンは朝から機嫌が良かった。物凄い御馳走を作って、弁当を俺、ジーサン、愛美の分まで作ってくれた。
「作ってくれるのは嬉しいけど、こんなに食べられないぞ」
「いいからいいから。私は行けないけど、たくさん食べて勉強して来なさい。ケンタに女の子から誘いがあるなんて、もう嬉しくって!」
「そんなのじゃないぞ。できれば行きたくな……」
行きたくないと全部を言う前に、カーチャンの下あごに梅干しの種が現れた。俺は慌てて弁当箱を持って、玄関に走り出した。
俺たちはジーサンの家に集合する。愛美は汚れるのが嫌らしく、長靴、ジャージ、麦わら帽子で完全防備をしている。田んぼに着くまでも日に焼けるだ、虫に刺されるだ文句たらたらだ。
「そんなに嫌なら来なければいいだろう」
俺がそう言うと、愛美はチッチッチと指を横に振った。
「有機栽培のコメ農家と外国人の交流。物凄く良いテーマじゃない! これで入賞は頂きよ。作業はケンタに任せるから、作文は任せておいて!」
何だか勝手な事を言っているな。ジーサンは苦笑いしている。
手植えの田植えの方法は、こうだ。四角い田んぼの一辺に全員が一列で並ぶ。みんなの前には、等間隔に結び目の付けられた一本の綱がある。綱が30センチ前に進むと、皆も一歩進む。それで結び目の根元に苗を3本位まとめて、泥の中に植え付ける。
早い人で5〜6個の結び目分を植え付けて、一列終わるとまた、30センチ綱が前に進む。この繰り返しだけど、足を抜くのに気をつけないと、バランスを崩して派手に転ぶ。
バシャン!
言ったことでは無い。リュカが派手に転んだ。周りのネーチャンやニーチャンがゲラゲラ笑う。体重が重い大人と、足の小さな子供は、足が泥の中に深く入って作業がし辛い。
「キャー、ちょっと!」
思った通り、愛美は泥の中から一歩も進むことが出来ない。ジタバタしているうちに、ますます足は深みにハマってゆく。仕方ない。
俺は愛美の後ろに回って、背中から身体を引き上げる。苗を植える前からジャージが汗でビッショリだ。
「何、女の子の身体を勝手に触っているのよ!」
「別にそのままでいいなら、もう一度入ればいい。今度は助けないぞ」
俺に口喧嘩で負けたのが口惜しいらしく、愛美は唇を尖らせた。
「無理することないぞ。畔に沿って歩けば、田んぼの中に入らなくても端の一列は植えられるから」
「そうするわ。私はこういう作業が本当に苦手なのよ」
子供がこんなに頑張っているのに、リュカ達は、泥水を掛け合って遊んでいる。
「おい! そこで暴れると、せっかく植えた苗がダメになっちゃうぞ!」
注意をしたがダメだった。全然言葉が通じない。仕方ないからもう一度田んぼに入ろうとした時、ジーサンが訳してくれた。リュカ達は頭を書きながら、作業をやり直し始めた。この調子だと、いつ終わるのか分からないな。
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