第3話 役立たずの話


 その日、俺はカーチャンに持たされたチラシ寿司を持って、ジーサンの家に行った。俺の家も大抵古いが、ジーサンの家は別格だ。屋根には、ぺんぺん草が生えているし、玄関も建て付けが悪く一度では開かない。

 今日も何度かガタピシやっていると、扉が内側から開いた。奥から巨大な黒人が現れた。手のひらと唇以外は本当に黒い。しかも無茶苦茶デカイ。


「うぉ!」

 思わず飛び退いたら、黒人は苦笑いして、何か話した。

「???」

 何を話しているのか、全く分からん。しばらくしてジーサンが出て来て、黒人と同じような言葉を話し始めた。

「おお。ケンタ。お使いご苦労様」

「ジーサン、何言ってるか全然分かんねーぞ」

「これはフランス語という言葉だ」

「フランスってサッカーの強い、あの国か。黒人も話せるんだ」

 ジーサンは寿司桶を受け取りながら、言った。

「フランスに住んでいるのは白人だけではない。サッカーのチームにも白人以外がいるだろう?」

「あっ、本当だ」

「しかもフランス語はフランスだけで話されているわけではない。アフリカ諸国やカナダの一部でも普通に使われている」

「ふーん。日本語は?」

「残念ながら、日本のみで公共語とされている」

 話しながら、ジーサンの家の中に上がり込んだ。中には金髪で蒼い目のネーチャンがいた。

「せっかくだから、ケンタも食べて行きなさい。彼らも料理をしてくれたんだ」


 みんなでちゃぶ台の上に、チラシ寿司と鶏肉の煮込みとサラダを並べた。ネーチャンは中学校や高校の英語の先生で、日本語が話せた。黒人は日本に農業を習いに来た役人(?)だという。

「何で、この人たちはジーサンの家に来たんだ?」

「二人とも友達だ。特にリュカとは、アフリカで一緒に仕事をしたこともある」

「ふーん。仕事って何だ?」

「畑や学校を作ったりしたな」

「ジーサンは大工か? 学校って作れるんだ」

 苦笑いをしながら、ジーサンはビールを呑んだ。

「建屋はあったから、先生を集めたり、教材を作ったりしたな。ケンタの通っている学校だって、昔は無かった。誰かが作ったから今、あるんだろう?」


 それはそうだ。


「それよりも畑の方が大変だった。何しろ水がない所だったから、井戸を掘ったり、用水路を作ったり…」

「そういう工事なら、この辺でもやっているぞ。大きなショベルカーで、川の両脇を固めたりしてる」

「その地域では、大きな機械や、それを動かす燃料が無いんだ。だから大勢の人が働いて、やっと形になる」

 リュカがジーサンに何かを話した。ネーチャンも頷いている。

「そういう所ではまず、食べ物の自給。次に教育だ。ほかの国から食べ物や機械を貰っても、その時限りで何も解決しない」

「難しくて、良く分かんねーや」


 俺は鶏肉を口に放り込んだ。レモンの匂いがして美味い。でもこんな料理、食べたことねーぞ。そうジーサンに言った。

「北アフリカのタジンという料理法で、リュカが作ってくれた。世界には言葉と同じくらい、様々な料理がある」

「ふーん。リュカは、日本の料理は喰えるのか?」

 ジーサンが、リュカに話しかけた。黒人は俺を見て、ニッコリ笑った。

「生卵以外は大丈夫だそうだ。納豆だって食べられると言ってる。ケンタのお母さんが作ったチラシ寿司も美味しいとさ」

「そりゃ良かった」


 食事が終わって、食べ終わった食器をネーチャンと一緒に片づけた。皿は洗って流しの乾燥棚へ並べた。コップはまだ皆ビールを呑んでいるから、片づけなくていいか。

「ケンタ君は、お手伝いが出来て偉いね」

 ネーチャンに褒められた。

「偉くなんか無いぞ。どちらかというと、学校では役立たずと言われてる」

 また、ジーサンが困ったような顔で言った。

「ケンタ。お前は役立たずじゃない。この世の中で役に立たないものなんて、ほとんどない」

「そうなのか?」

「いいかケンタ。流れている時間の速さは、人それぞれで違うんだ。だから、回転の速い人が有益で、遅い人が役立たずなんてことはない。時間のゆっくりした人で立派な業績を残した人も、大勢いるぞ」

「難しくて、良く分かんねーや」

 俺は寿司桶を担いで、家に帰った。


 夕飯の時にジーサンの家であったことを、トーチャンとカーチャンに話した。黒人の大男が出てきた辺りで、カーチャンは不機嫌になった。

「あの家は、やっぱり怪しい。この辺で今まで外人が出入りしてた事なんてなかったのに!」

 それから食べたご飯の話、学校を作った話、流れている時間の速さの話をした。ちゃんと話せたかな? ちょっと心配になってカーチャンの顔を見ると、


 ヤバイ!


 下あごに、梅干しの種が出来ている。カーチャンの機嫌が最悪な時のサインだ。急に立ち上がって、ドスドス足音をたてて台所に行ってしまった。

「チラシ寿司は美味しいって言ってたのね!」

「うん。みんな喜んでいたぞ」

「次は唐揚げともつ煮を作るから! また持って行ってあげなさい!」


 しばらくカーチャンは戻ってこなかった。時々、鼻をかむ音が聞こえる。まぁ良かった。カーチャンの作る唐揚げと、もつ煮は美味い。毎日食べても大丈夫だ。ジーサン喜ぶぞ。


「そのアフリカの人は、豚肉を食べても大丈夫なのかな?」


 トーチャンがビールを呑みながら首を傾げていた。リュカって豚肉が喰えないのか?


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