第2話 雑草の話


 その日、俺は河原の土手で草を毟っていた。生活科の宿題で、20種類の草を集めなければならないからだ。勉強は出来なくても、これならできるか。算数のドリルをやるよりは全然楽だ。でも20種類も見つけることができるかな?


「おお、ケンタじゃないか。何をしている」

 川の上流から白髪頭のジーサンがやって来た。

「学校の宿題。色んな種類の草を集めなきゃいけないんだ」

 ホウホウどれどれと、俺の収穫袋を覗き込んだ。

「これはいかん。チョット待っていなさい」


 ジーサンは自分の家から、筒状になった包丁のようなものを持って来た。

「せっかく植物採集をするなら、根ごと採った方が良い。これはこう使うんだ」

 移植ゴテという、その道具で紫色の花を咲かせた草を掘り起こす。地面の下には細い大根のような根が付いていた。

「これはハマダイコンという。花の形と根に特徴がある」

「こんな雑草にも名前があるのか?」


 ジーサンは少し困った顔をした。俺の頭に手を乗せて髪の毛をクシャクシャとかき混ぜる。

「どんな生き物にも名前はある。見たこともない草を雑草と言って片付けてしまうより、どんな名前で、どんな生き方をしているのか知っていた方が楽しいだろう?」

「俺、バカだから分かんねーや」

「こら、ケンタ!」

 今度は怒った顔でジーサンは言った。

「お前はバカじゃない。勉強できたってバカは一杯いるぞ。今のお前は勉強が得意ではないかもしれないが、それをバカとは言わない」


 それから俺はジーサンと、半日河原を歩き回った。ハマダイコンはアブラナ科の植物で、花びらは4枚。十字架の形をしている。同じ仲間には菜の花という、黄色い花があると教えてもらった。白い花はロケットだ。とても全部は覚えきれない。

「植物の標本は、植物体全てを採取した方が良い。また特徴的な花・実が付くのであれば、時期をズラして集めれば完璧だ」

「小学生の宿題なんだから、そんなに本格的でなくてもいいんじゃないのか?」

 いやいやとジーサンは言う。

「今はインターネットや画像で、どんな植物の事も分かるが、現物標本には画像で見ただけでは分からない、貴重な情報が詰まっている」

一生懸命植物を集めたけど、根を切らないように掘り起こすのに凄い時間がかかった。20個集めなければならない宿題も、結局7種類しか集められなかった。


 翌日、大きな模造紙に貼った植物を持って、小学校分校に行った。俺達が住んでいる所は田舎過ぎて、歩いて本校に行くには1時間以上かかる。だから分校という近所の小さな小学校に通っている。

 クラスの中で一番種類を集められなかったのは俺だ。勉強のできるクラス委員の愛美は、30種類を集めていた。

「ケンタ君は、どうして葉や花だけでなく、根まで取って来たのですか?」

 生活科の先生に聞かれて、ジーサンに教わったことを、そのまま言った。


「……雑草という生き物はいないですか」


 先生は目をシバシバさせてから、俺の模造紙を黒板に貼った。

「大変勉強になりました。ケンタ君は良い先生に出会いましたね。それでは今日は植物の分類の話をしましょう。

 少し難しいですが、ケンタ君の採取した植物は全て、ブラシカ…… アブラナ科の植物になります。例えば皆さんが毎日食べているキャベツや小松菜が、その仲間です」


 もう難しくて良く分からん。


 その日の放課後、俺は先生に呼ばれた。いつもはカーチャンと来て、怒られるだけの職員室で、その日の先生はニコニコしていた。この模造紙は県の研究会に提出するので、返却には時間がかかること。時間があれば植物の勉強を続けるようにと言われた。


 植物の勉強って何だ? 根っ子ごと草を掘り起こして、紙に貼ることか?


 その日の晩御飯の時に、生活科の授業の話をトーチャンとカーチャンにした。提出物を褒められた事は喜んでいたが、ジーサンの話をした途端、カーチャンの機嫌は悪くなった。

「あそこの家と関わりあうなって言ったろ!」

 トーチャンはビールを呑みながら、俺の話を最後まで聞いた。雑草の話やアブラナ科の話。全部言えたかな? 


「そうか。お前はバカじゃないか」


 晩御飯の後、トーチャンは何処かに電話をして、一升瓶をぶら下げて家を出た。カーチャンの機嫌は悪いままだ。夜中にベロベロに酔っ払って帰って来たトーチャンと盛大な喧嘩を始めた。


 でも次の日から、ジーサンの迷惑にならない範囲で、一緒に遊んでもいいとカーチャンに言われた。


 何でだろ?

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