第3話 Side セレン episode.3

 決して平坦な学校生活ではなかったけれど

それでも、懸命に通う

懸命に生きようとする


そんな姿に憧れていた。


口では


生きる希望も


抱えている苦悩も


夢も後悔も


何も持っていないように話していたけれど


病室だったり、家の布団の中で


ひっそりと泣いているのを


知っている。


きっとこれを言うと

もう口を聞いてもらえないかもだから

言わないけれど。


『俺は走れないから、あいつに敵わない』


『みんなと食べに行けないから申し訳ない』


『セレンを縛り付けてしまっているのに』


とか、独り言が全部聞こえるの。


縛り付けてしまっていたのは

私の方なのに。


 そうした毎日を繰り返している中で


私と貴方の適合率が高い事を知ったの。


姉さんが教えてくれた。


私が悩んでいた事を気にかけてくれていたみたい。


貴方が生きる為には

誰かの、健康な心臓を貰う必要があることは

昔からわかっていた。


可能であれば


それが、私の心臓であればと

願っていた。


そばにいることが叶わなくなっても


心臓という

1番大切なところに


私がいられれば

きっと忘れ去られる

ということは避けられると思っていた。


この選択が『正解』だとは思えないけれど

私が後悔しないための『最善』なのだと信じていた。


この思いを伝えた時

姉さんは少しだけ悲しそうな表情をしたけれど


『貴方が、本当にそう望むのであれば。

……一世一代の我儘ね』


と微笑んでくれた。


それ以降、姉さんは口癖のようにいう言葉があった。

『今日の終わりに後悔はない?』と。


 人の終わりはいつ来るか分からない。


つい先日TVで見た有名な人は

気付くと亡くなったと報道されて


昨日、電話で話した祖父は

今朝方急死したと一報が入った。


明日は、ウイングかも知れない。


いや

健康体だと思っている姉さんや、私かも知れないのだ。


来年行こう。


明日やろう。


と先延ばしにして

実行できなければ

それは強い後悔を生むのだろう。


ましてや

相手が生きていないと意味がないと

わかっているからこそ


姉さんは言葉をかけてくれたのだろう。


まだ勇気は出ないけれど

振り絞るよ。


勇気のない私が

万が一の予防策を携えれば言える可能性のある日


明日は丁度4月1日。


この思いが実らずに

枯れてしまうだけだとしても


傷を負うのは私だけでいい。


彼に後悔を背負わせないように


そう自分に言い聞かせていく。


 私は、貴方が好きだよ。


貴方に笑ってこの世界を生きて欲しい。


 世界は優しくなんて無いけれど


それでも、美しいもので溢れているから。

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