15.現代の吸血鬼ってやつは

 俺の記憶では、伊豆に向かう特急と言えば〈スーパービュー踊り子〉だった。

 だが、調べてみるとすでに廃止されており、しれっと〈サフィール踊り子〉なるものになっていた。

 全席グリーン席。

 一番安い席でも、大人一人で一万円近くする。

 俺の財布の健康は、もう限界だ。

 リクライニングシートに深く沈み込み、天を仰ぐ。

 車両は天窓になっており、五月の陽光がガラス製の荷棚を通して車内に降り注いでいた。

 なんとも心地よい空間だったが、俺の心中はそれどころじゃない。

 まあ最悪、実相寺から原稿料を前借りしよう。

 もしくはろくなものじゃないが、取っ払いの仕事を受ける。

 それしかない。

「吸血鬼との二人旅が、いいネタになることを願うしかねえ」

 俺は自分にしか聞こえない声でつぶやいた。

 家出してきた吸血鬼の女の子と出会って、家族の思い出の場所を一緒に探してやる。

 なんとも美しい話だよ。

 ネットメディアでいいから連載させてくれ。

 陽向は二列シートの窓側の席で、静かに寝息を立てていた。

 陽光をたっぷりと浴びて、気持ちよさそうに眠る吸血鬼。

「現代の吸血鬼ってやつは、なんか色々とイメージぶち壊しだな」

 海沿いを走る電車の窓の外には、相模湾の景色が延々と広がっていた。

 東京駅を十一時に発車すると、河津駅には十三時十八分に到着する。

 スマホで時刻を確認すると、十三時前だった。

 あと三十分くらいで目的地というわけだ。

 と、

「……」

 陽向が目を半分だけ開いて、むくりと身を起こした。

 窓の景色を見て随分と遠くにきたことを理解したのか、続けて俺のほうを見てくる。

「いまどの辺ですか?」

「あと三十分くらいで着く」

「んー……」

 猫みたいに伸びをして、陽向は目をぱちくりさせた。

 完全に目覚めたようだ。

「そう言えば桜井さん、四号車にカフェテリアがありますよ」

「あるよ?」

 俺は絶対にいかんぞ、という意志を込めて答えた。

「お腹が減ったのです」

「そうねえ」

 軽く受け流してみる。

「お腹が、減ったの、です」

「お前なあ、さっきまで寝てたくせに、どこでカロリー消費してるんだよ」

「成長期なので」

「そんな理由があるかよ。大体どこに養分いって――」

 俺はそこまで言ってから言葉をとめた。

 改めて認識するまでもなく、世羅陽向はすらりとした高身長に、モデルみたいにバランスの取れたスタイル。

 いや、確かに。

 成長するのにカロリーむちゃくちゃ使ってるかもな。

 これ以上、なにが成長するんだって話だが。

 胸か?

「なにかよくないこと考えてます?」

「考えてないねえ」

「本当ですか?」

「こらこら、無造作に拳を握るんじゃないよ」

 俺はどうにか距離を取りつつ、なだめるようにして続けた。

「もうすぐ河津駅につくんだから我慢しろ。現地でなにか食わしてやるから」

 そのほうが安い。

〈サフィール踊り子〉のカフェテリアは超オシャレで、メニューも有名シェフが監修したものだ。カレーが二〇〇〇円くらいする。丸の内か、ここは。

「……わかりました」

 陽向が思いのほかあっさりと引き下がる。

「その代わり、わたしが食べたいものにしてください」

「わかったわかった。かまぼことか干物とかにしてくれ」

「んー」

 スマホで検索をはじめる陽向に、俺は猛烈にいやな予感がした。

 なにか重大なことを見落としている気がする。

 こういう感覚は大事にすべきだということを、俺は長年の社会人経験で身に染みて理解している。

 仕事をしていると、この依頼なんだか怪しいな、という予感めいたものはあるものだ。

 そして、それは大抵当たる。

「陽向、ちょっとまて」

「じゃあ、ここにします」

 俺が口を開いたのと、陽向がスマホの画面を見せてきたのは同時だった。

 画面いっぱいに、シズル感満載のうな重の画像が表示されている。

 そうだよ。

 こいつがいるんだよ。

 静岡なんだから。

 浜名湖とか関係なく、さりげなくいるんだよ。

「やったー、うなぎ好きです。やったー」

 わざとらしく笑顔で歓声をあげる陽向。

 そのくせ空いている左手はきつく拳を握りしめていて、俺は拳銃を突きつけられている気分になった。

 ああ、くそ。

 美味そうなうなぎの写真を載せやがって。

 俺はスマホの画面を睨み、ただそれだけを思った。

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