14.どこに連れていってくれるんですか?

 自炊とは無縁の俺のエンゲル係数は、吸血鬼と出会ってから爆あがりしている。

 食事は基本的になにかを買ってくるか外食になるし、陽向はほっそりした見た目のくせに食べる量が半端ない。

 強豪校の野球部員かよ、と思うレベルだ。

 本気で自炊を考える必要がある。

「女子高生を牛丼屋に連れてくる神経を疑いますね」

 肩を並べて座ったカウンター席で、陽向は特盛にした牛丼に紅生姜をこれでもかと投入していた。

 彼女の言葉のとおり、ここはチェーンの牛丼屋で、客層はサラリーマン、フリーター、大学生――全員が男。

 一昔前に比べれば女子が入店するハードルが下がったとはいえ、陽向は恐ろしく目立っていた。

 男だらけの殺伐とした空間に、お嬢様学校の制服を着たモデルかアイドルでとおりそうな女の子がいるのだから無理もない。

 しかも、連れは俺だ。

 自分で言うのもうんざりだが、まったく釣り合わない。

 だが、俺はそんな格差などお構いなしに言った。

「うるせえよ。いやなら帰れ」

「帰りませんー。桜井さんはわたしが飢え死にしてもいいとでも?」

「だったら文句言わずに食ってろ」

「味には文句ありません。わたしが言っているのは、桜井さんの絶望的なセンスなので。もしデートで女の子を連れてきたら、ビンタされますよ」

「いくらなんでもデートでくるかよ」

 俺は注文した並盛りに箸をつけ、業界の底辺で足掻いていた二十代前半のころとなにも変わらない味を噛み締めた。

 ただ年月を重ねただけで、牛丼も俺もなにも変わってやしない。

「もしデートだったら、どこに連れていってくれるんですか?」

 陽向がそう言ってくる。

 言葉だけなら意味深でドキッとするかも知れないが。

 特盛の牛丼をすごい勢いで食べながらなので、ドキッもなにもあったもんじゃない。

「どこってなあ」

 俺は過去を振り返ってみた。

 よくよく考えるまでもなく、俺の引き出しには高得点を獲得できそうなデート経験などなかった。

 旅行だとか、千葉県にある夢の国だとか、夜景が見える高級ホテルだとか、そういうものとは無縁だった。

 せいぜい映画を見て、あとは喫茶店で他愛もないことをずっと話していた。

 なにせ若いときは金がなかった。

 いや、それはいまもだが。

「……」

 俺が沈黙したまま牛丼を食べていると、

「どこに連れていってくれるんですか?」

 陽向が「へっ」という小馬鹿にした表情で言ってくる。

「連れていく場所で男の価値を測るなよ」

「失敬な。違いますよ。きちんと考えてくれていることが大事なので。想いの深さの問題です」

「ホントかよ。じゃあ考えた末のパチンコ屋でもいいって話になるぞ」

「真剣に考えてそんな結論になります? 真正のクズですか? ぶっ飛ばしますよ?」

「すぐに暴力に訴えるなよ」

 俺は陽向を半眼で睨んだが、陽向も同じような目で俺を見ていた。

 恐ろしいことに特盛を食べ終わろうとしている。

「パチンコにはまっている男は、頭をかち割られても文句言えないと葵さんも言っていました」

「葵さんは過去になにがあったんだよ……」

 その葵さんとやらは、陽向にあまりいい影響を与えていない気がする。

 いや、かなりざっくり言うと間違ってはいないかもしれないが。

 血と暴力の匂いがすごいんだよなあ……

 俺は葵さんのことを頭から振り払い、

「わかったわかった」

 スマホを取り出した。

「伊豆だ。伊豆に連れていってやる」

「はい?」

 まったく予想外のことだったらしく、陽向は間の抜けた声をもらした。

 意味がわからないとばかりに、ぽかんと口を開けている。

 二秒くらいで我に返って、路上のゴミを見るような目を向けてくる。

「はあ、正気ですか? いきなり旅行とか、それはそれで頭おかしいので」

「お前、言葉の荒さがお嬢様のそれじゃねえぞ」

 俺はスマホの画面に陽向の家族写真を表示した。

 それを陽向に向ける。

「この桜、河津桜らしくてな。静岡の河津が発祥で、この写真が撮られた時期に河津町で祭りをやってるんだとさ。静岡県の伊豆あたりだよ」

「え……っと?」

 突然のことに、陽向は再び間の抜けた顔になった。

 これも吸血鬼から話を聞き出すための一環だ。

 俺は自分にそう言いかせて、残った牛丼を掻き込んだ。

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