12.わたしが家出してきた理由とか?

「お前なあ、いきなり重いこと言うなよ」

 俺はなんとかそれだけを言った。

 失踪した父親を探しているなどという重たい告白に対して、うまい受身を取れるほど俺は人生経験豊かじゃないんだ。

「誰が重い女ですか」

「そういう意味じゃねえよ」

 俺は頭をがりがりとやって嘆息するしかなかった。

「探すって、何年も前に失踪したきりなんだろ? 手がかりとかあるのかよ」

「それは――」

 彼女は逡巡し、こちらをちらりと見た。

 やがてなにを思ったのか、吸血鬼の魅力を台無しにしているスウェットからスマホを取り出した。

 ロックを解除して、こちらに画面を向けてくる。

「実家に残っていた、パ……父が唯一写っている写真です。手がかりはこれしかないんですけど」

 幼い女の子を真ん中にして、両親と思われる男女が女の子と手をつないでいる写真だった。

 女の子は間違いなく陽向で、美少女に成長する片鱗がすでに垣間見える。

 両親はともにまだ若く、二十代くらいか。

 白いワンピースに艶やかな黒髪が映える母親のほうはしっとりと落ち着いた雰囲気で、いかにもお嬢様然としている。

 父親のほうは少し野生味のあるイケメンで、会社員という雰囲気ではなかった。

 強いて言えばベンチャー企業の経営者のような、ある種のギラついたカリスマ性みたいなものがある。

 三人の笑顔が眩しい写真は、幸せな家族そのものだ。

「お前、目元とかは父親似だな」

 俺はスマホの画面から目を離し、改めて陽向を見た。

 意志が強そうな目は父親譲りだ。

「ですよね! わたしもそう思ってました」

 弾むような声でそう言って、彼女ははにかんだ。

 父親のことがよほど好きなんだろう。

 こんな娘を残してなにを失踪する理由があるのかとも思うが、事情ってのは他人にはわからない。

「手がかりがその写真だけってのもな」

「そうですね」

 陽向はスマホの画面に表示されている写真を眺め、小さく息を吐いた。

「でも、忘れられなくて。この写真の頃までは、幸せな家族だったんですよ。父も母も仲がよかったし、わたしは二人とも大好きでした。いい思い出しかないので」

 すべてを過去形で語る彼女は、どこか淡々としていた。

 そうでなくなってしまってから、きっと随分と経つのだろう。

 俺がなにも返せないでいると、陽向は少しだけ笑った。

「話しましょうか?」

「なにを?」

「わたしが家出してきた理由とか?」

「そいつは願ったり叶ったりだけどな」

 インタビューの企画としてまとめるネタとしては必要不可欠な話だが。

「役に立たない話をして追い出されないようにするんじゃなかったのか?」

「なんとなく話してもいい気分になったので。歌を褒めてくれたお礼です……」

 最後のほうは消え入りそうな声で、陽向はごにょごにょと言った。

 彼女の家庭はあまりうまくいっていないことは明らかで、本当に聞いてもいいものか、という気持ちは少しある。

 吸血鬼を取材して一山当てようなんて下世話なことを考えていなければ、進んで聞くような話じゃない。

「ふぅん。一応、そういう配慮ができる人なんですね」

 俺が考えていることを察してか、陽向はこちらの顔を覗き込むようにすると、目をぱちくりとさせた。

 ああ、そうだよ。

 俺は配慮ができる人間だし、本当は厄介ごとに深くは首を突っ込みたくはないんだ。

 家出してきたJKなんて、厄介ごとの役満みたいな存在に違いないからな。

 だが、背に腹は変えられない。

 面白いネタになる可能性があるものをみすみす捨てられない。

 俺が覚悟を決めて質問するよりも先に、陽向が口を開いた。

「わたし、母に政略結婚させられそうになったので逃げてきたんです」

「だから、いちいち重いんだよ」

 突拍子もないことを言いやがって。

 政略結婚?

 まったく、いつの時代の話だ。

「世羅の家は名門ですけど、もうすっかり没落していて。当主である母は少しでも世羅家の権勢を回復させるため、躍起になっています。わたしも、そのための道具のひとつなんです」

「ホントかよ……」

「はい。そんなことで人生決められるのはまっぴらだったので、逃げてきたんです」

「行動力ありすぎだろ」

 俺は呆れた声をもらしていた。

 いやはや、いくらなんでも後先考えなさすぎだ。

「そういうところは父譲りかもしれません」

 陽向は両手を握って気合いを入れるような仕草をした。

「父は世界を股にかけるトレジャーハンターだったので」

「は?」

「ですから、父はトレジャーハンターだったので」

「いやまて。なんかもう色々と情報量が多い」

「ナチスが敗戦前に隠した宝を巡る冒険のなかで母と出会い、様々な危険を乗り越えて愛を育んで結婚したと聞きました」

「なんだそのインディー・ジョーンズみたいな展開は」

「事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものです」

 仮に本当だったとしても、与太話にしか聞こえない。

 こんな馬鹿げた話を、誰が信じるってんだ。

「あ、信じていませんね?」

「イヤイヤ、シンジテルヨー」

「全然信じてないし、馬鹿にしてるじゃないですか!」

 陽向は両腕をわたわたさせて、抗議の意志を示した。

 そんなこと言われてもなあ。

 深堀りしても三流映画みたいな話しか出てこなさそうだしなあ。

「へっ」

「くっ、なんていやな笑い……!」

 拳を戦慄かせて、陽向が睨みつけてくる。

 やめろ、すぐに暴力に頼ろうとするな。

 俺たちは文明人だから、話し合いで解決できる。

「それが本当なら、親父さんは日本にいないんじゃないか」

 殴られる前に、俺は口を開いた。

 彼女の話が本当だとするなら、家を出ていった父親が日本にいる道理なんてない。

 いまごろは失われたアークか、聖杯か、クリスタルスカルでも探しているに違いない。

「わたしだってわかってますよ。父を探すのが本当は難しいことくらい」

 陽向は再度、スマホの画面に家族写真を表示した。

「だからせめて、この場所にいきたいと思って。連れ戻されて無理やり結婚させられる前に、幸せだったころを思い出したくて」

 改めて見せられた写真。

 幸せそうな三人の家族。

 その背後は美しい桜並木だった。

 満開の桜が、川沿いにどこまでも続いている。

「京都や関西ではないことは覚えてるんです。でも、わたしも小さかったので、詳しいことはわからなくて」

 陽向は寂しそうに笑った。

 それは家出をしたところで、自分の運命なんて変えられないと理解している顔だった。

 結局は大人に逆らえないことを理解している顔だった。

 それでも精一杯の抵抗を試みた結果が、過去の幸せだった思い出に触れたいということなのだろう。

「まったく」

 俺は頭をがりがりとやって、深々と嘆息した。

 家出してきて理由なんて、やっぱり聞かなきゃよかったよ。

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