第2話
6.ぶっ飛ばしますよ?
結局――俺は陽向の提案を受け入れることにした。
ここで放り出したら、俺は飯を奢っただけになっちまう。
それに、マジで膝を砕かれるやつが出てくる可能性がある。
少なくともこいつから本物の吸血鬼とやらのことを聞き出して、JK吸血鬼のインタビュー企画としてどこかに持ち込んでやる。
それでもって、元が取れたらさっさと追い出そう。
「桜井さん、恭平さん、桜井くん、恭平くん、桜井、キョーヘイ……」
「さっきから、なんで俺は名前を連呼されてるんだ?」
高田馬場駅から徒歩十五分、1LDK。
平成の初めに竣工した四階建ての鉄筋コンクリート。
一階につき一部屋しかない、ちょっといい物件。
欠点はエレベーターがないこと。
そこの三階に、俺が借りている部屋がある。
「なんて呼んだらいいのか考えていたんです」
階段をのぼる俺の後ろから、陽向がそう言ってくる。
「わたしたちは、いわば対等なビジネスパートナーじゃないですか」
「まあ、そうとも言えるかも知れん」
「なので一方的に、さんづけするのも癪だなあと」
「そこは年長者を敬えよ。それともあれか、実は百歳のババアとかそういうオチか?」
「失礼ですよ! バリバリの現役JK!」
「でかい声出すなって」
戸数が少なくてよかった。
冷静に考えるとひどい絵面だ。
通報されてもおかしくない。
「じゃあもう、桜井さんにします。桜井さん」
「最初からそれでいいんだよ」
三階にたどり着いた俺は、ドアの鍵を開けた。
右手側にトイレとバスルーム、左手側にリビングに続くドアがある。
「お財布に一万円も入ってないくせに、割といい部屋じゃないですか」
「知り合いから安く借りてるんだよ。俺の稼ぎじゃ、普通は無理だ」
「ですよねー」
「言葉の棘に気をつけろ」
「お邪魔しまーす」
俺の言葉を華麗に無視して、陽向はスニーカーを脱いだ。
きっちり踵を揃えて置きなおすあたり、育ちの良さを感じる。
雑然としたリビングに足を踏み入れるなり、陽向は眉間に皺を寄せた。
「うわー、ちゃんと掃除してます?」
「さあな」
リビングは事務所兼用で、プライベートで買ったものと仕事の資料が溢れている。
本棚に入りきらなくなった雑多なジャンルの本が床に積み上げられているし、仕事用のデスクには付箋だらけのデスクトップが鎮座していた。いまとなっては、仕事はノートPCでこと足りるからほとんど使っていない。
「おー、テレビあるじゃないですか」
「テレビくらいあるだろ」
「わたしテレビなんて見ないですけど?」
「マジかよ」
これが世代の違いというやつか?
ネットの動画配信サービスに慣れ親しんだ世代は、テレビ番組の途中に流れをぶった切る企業CMが挟まるのが理解できないらしいが、お前もそのクチか。
最底辺とはいえ広告屋界隈にいる俺からすれば、変な寂しさがある。
テレビCMなんて大それた案件を、やったことはないけどな。
「冷蔵庫のなか、なにもないじゃないですか。本当に暮らしてます?」
「悪かったな。俺は自炊とは無縁の男なんだよ」
リビングから続いているキッチンに侵入して冷蔵庫を開けている陽向に、俺は嘆息交じりにそう言った。
彼女の言葉どおり、冷蔵庫のなかには水と調味料くらいしか入っていない。
「いいから座ってろ。遠慮ってもんを知らねえのか」
「もちろん知ってますけど?」
陽向は俺の言葉に従って、ソファにちょこんと座った。
「普通、もうちょっと警戒するなり緊張するなりするだろ?」
「そうですか? まあ、そうかもしれません。桜井さんは少し緊張してますよね?」
そりゃするわ。
流れとはいえJKを部屋に連れ込んでるんだからな。
エロい目的じゃないにしても、はっきり言って落ちつかない。
「そうだな。できればさっさと取材して、出ていってもらいたい気分だ」
「すぐに追い出されると困りますけど」
「俺だって居つかれると困りますけど」
「ちっとも善良じゃない」
陽向がわざとらしく唇を尖らせて抗議してくる。
客観的に見ると、かなり美人で参ったなという感じだ。
顔のつくりどうこうもあるが、表情に愛嬌があって、いちいち可愛い。
これは本当に、ホ別10くらいなら出すやつが現れるかもしれない。
「本当に善良なやつは、JKを部屋に連れ込んだりはしないんだよ」
「言い得て妙ですね。でも、言っておきますけど、いまはお腹いっぱいなので」
陽向は腕を組んで俺を見上げた。
「少しでも変なことしたら、ぶっ飛ばしますよ?」
「しないし、マジでぶっ飛ばされるのはわかってる」
彼女曰く、身体をほんのちょっと頑丈にするという吸血鬼の能力は、四階から飛び降りてクルマと激突しても平然としていられるほどの肉体強化だ。
そんな女にぶっ飛ばされたら、本当に死んじまう。
「ならいいです」
力強くうなずき、陽向は言葉を続けた。
「ところで、この家はお茶のひとつも出ないんですか?」
「遠慮ってもんを知らねえのか」
「もちろん知ってます」
同じような会話を、ほんの数分前にしたような気がする。
俺は渋々、お湯を沸かすことにした。
「コーヒーでいいか?」
「紅茶がいいんですけど」
「コーヒーしかないんだよ」
「じゃあなんで聞いたんですか?」
「コーヒーでいいという言質を取るためだ」
「悪質」
陽向の抗議を無視してマグカップを探していると、ポケットでスマホが震えた。
まったくいい予感がしない。
俺は光る液晶画面を見た。
そこには発信者の名前が表示されている。
よく見知った名前だ。
電話に出ると、聞きなれた関西弁が耳に入ってくる。
『おつかれさん。弓削です。ちょっとええかな?』
声の主は弓削晋作。
俺によく仕事を回してくれる、制作プロダクションの社長だ。
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