5.そんなエッチなことはしません
「は? 吸血鬼だ?」
陽向の言葉に、俺は表情が引きつるのがわかった。
「はい」
うなずいて、スマホの画面を見せてくる。
「ほら、SNSのアカウント名もFJK吸血鬼ちゃんですし」
「いや、そんなカミングアウトあかるかよ」
俺は頭をがりがりとやって、とりあえず聞いてみた。
「吸血鬼ってのは、その、ブラム・ストーカーの?」
「そうですね」
「アニメや漫画やゲームやラノベで散々に使い古された?」
「そうですね」
「あのヴァンパイア?」
「そうですね」
陽向は平然と言ってくる。
俺は自分の顔が引きつっている理由をよくわかっている。
ビルの四階から平然と飛び降りてケガひとつない。
あんなものを見せられたせいで、こんなくだらないことを頭ごなしに否定できない。
「ちょっと、おにーさん。疑ってますか?」
「いや、まてまてまて。じゃあなにか」
俺は眉間の皺を揉み解した。
「コウモリに姿を変えたり?」
「それはできないです」
「十字架とかニンニクが苦手?」
「まったく。ニンニクは普通に嫌いですけど」
「聖水」
「ただの水ですね」
「許可を得ないと家に入れない」
「入れます」
「川を渡れない」
「渡れます」
「太陽に当たると死ぬ」
「死にません」
俺が並べた吸血鬼の特徴――主にアニメや漫画やゲームやラノベで描かれるようなもの――が次々と否定されていく。
「血を吸ったり?」
「そ……」
違う反応があった。
「そんなエッチなことはしません……!」
俺が思っていたのと違う。
陽向は顔を赤くして、わざとらしく視線をそらした。
「セクハラですよ。セクハラ!」
「いや、吸血鬼は血を吸うだろう。吸血鬼なんだから」
「それは……そうですけど」
ごにょごにょと口ごもり、陽向はわざとらしく咳払いした。
赤くなった顔を、ぱたぱたと手で仰ぐ。
「あまり気軽にすることではないというか。とにかく、そんなエッチなことはしません」
そう言って、俺を精一杯睨んでくる。
ちっとも怖くないが、これ以上その話はするなという強い意志だけは感じられた。
なので話題を変える。
「瞳、赤くなってるときなかったか?」
俺はなんとなく気になったことを言った。
こちらを睨む彼女の瞳は黒色だが、赤い瞳に見つめられたことを俺は覚えている。
「吸血鬼の力を使うときは赤くなるんです」
「力なあ」
そういえば、ホテルにいくときも、シャワーを浴びてこいと言われたときも、なぜか彼女の言葉に抗いきれない気持ちになった。
「お前、俺になんかしただろ……」
「魅了の魔眼です。見つめた相手を操れるんですけど、わたしはあまり得意じゃないので、相手の意思を完全に支配するとかはできません。なので、おにーさんもシャワー浴びる前に出てきちゃったし」
「笑える失敗談みたいに言うんじゃねえよ……」
「あとは、身体をちょっと頑丈にしたりとか。それくらいです」
「ちょっと? ビルから飛び降りて平気なくらいなのに?」
「そうですねー。わたし、吸血鬼といっても特殊な力はほとんどありませんから。空を飛んだりとかしたいんですけどねー」
わけのわからないことを、しんみり言ってんじゃないよ。
「それに、力を使うとむちゃくちゃお腹が減るんですよ。脱力感がすごくて。なので、逃げ切れませんでした」
「もう少し悪びれろや」
俺は氷が解けてさらに薄くなったコーヒーを胃に流し込んだ。
話を整理するなら、世羅陽向はあんまり力をもっていない吸血鬼で、家出してきたJKということになる。
なんだそりゃ。
意味がわからん。
「俺のイメージだと、こう、現代に暮らす吸血鬼ってのは、人知れず人間社会に馴染みながら、強大な力をもって夜の街を支配しているような連中なんだが……?」
「はあ? なんですかそれ」
「それでもって、気に入った人間を血族に迎え入れたりして、ヴァンパイア・ハンターと戦ったりするんじゃないのか?」
俺が勝手に抱いてきた現代の吸血鬼のイメージに、陽向は大きくため息をついた。
「ああ、そういうことですか」
そして、なにかわかったように、はっとした表情になる。
漫画とかだったら、電球が頭のうえで光ってるところだ。
「おにーさん、なにか誤解しているかもしれませんが。ひとつ言っておきますけど。小説や映画や漫画やアニメやゲームに出てくる吸血鬼は、全部ウソです。ヴァチカンやナチの残党と戦ったりもしませんし、出会い頭に眼鏡かけた魔眼の少年に惨殺されたりもしません。人の血を吸っても、相手は吸血鬼にならないです」
「いや、なんか変な知識入ってないか?」
「とにかく、変な先入観で見ないでください」
俺の指摘は無視されたようだ。
「そうは言ってもなあ。本物の吸血鬼なんだよな……?」
「もちろん」
これはこれで、ネタとしてはありなのではないか、と俺は思った。
少なくとも本物の吸血鬼(女子高生)を取材したことがあるやつなんていないだろう。
ひょっとしたら、面白くなって一発当たるワンチャンあるかもしれない。
それに。
エンコーしてる女子中高生の背景を聞き出していくなんて下世話な企画より、よっぽどましだ。
「改めてなんだけど、君を取材させてくれないか?」
「取材ですか?」
陽向は小首をかしげて、少し考えるような素振りをした。
「それは下世話な企画に登場するJKとして?」
「いや。その企画はもういい。俺だってホントはやりたかないよ」
「さすが善良な男ですね」
「うるせえ……」
「じゃあ、吸血鬼なわたしを取材したいということか」
ふむふむ、と彼女は一人でうなずいている。
そして、満面の笑みで右手を差し出してくる。
「取材費くれるならいいですよ」
「はあ?」
「そもそも。わたしはお金に困ってるんですから」
最近の女子高生はちゃっかりしてる。
俺は渋々聞いてみた。
「いくら?」
「えっと、五十万くらい?」
「法外すぎるわ!」
俺は思わず叫んだ。
どっかのマフィアか、お前はよお!
俺の原稿料の十倍以上じゃねえか!
「えー、そんなこと言われても」
陽向は実に不満そうに頬を膨らませた。
「わたしこっちでやりたいことがあるので、しばらく生活できるくらいは必要なんです。五十万くらいあれば一ヶ月くらいは大丈夫ですよね?」
いやいや、五十万あればもっと大丈夫ですよ、お嬢様。
「やりたいことって?」
「それは秘密です」
「……ったく」
五十万どころか取材費なんてもの、そもそも払えるわけない。
正式に依頼された仕事ですら、そんな予算はないんだからな。
俺に回ってくる仕事なんて、低予算、短納期、クライアントはややこしい。
大体はこの三拍子がそろってる。
「あ、じゃあこうしませんか?」
俺が自分の仕事環境と経済状況を呪っていると、陽向が明るい声で言ってきた。
「取材費をもらう代わりに、おにーさんの家に泊めてください」
「はあ?」
「さっきも言いましたけど、わたしこっちでやりたいことがあるので。生活の拠点が必要なんです」
「いやいや、だからってな」
「ここで会ったのもなにかの縁ですし」
「いやいや」
「じゃないと、わたしはまたホ別10でサポ募集して、膝を砕いてお金をもらうことになりますし」
「それは犯罪だからな?」
「善良な男なんですよね?」
「…………」
陽向が俺を見据えてくる。
その瞳は黒いままだ。
俺は――
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