4.だってわたし、吸血鬼ですから

「下世話な企画ですねー」

 俺の名刺をしげしげと眺めながら、彼女は端的にそう言った。

 まったくそのとおりだ。

 反論の余地はない。

 SNSでエンコー募集しているJCやJKに取材して、その背景をまとめようだなんて企画、俺だってやりたくはねえよ。

 とはいえ――

「仕事だからな」

 名刺には『コピーライター/ライター 桜井恭平』と書いてある。

 肩書は立派だし、クリエイティブな仕事をしてますよって感じだが、実際にはつき合いのあるプロダクションから仕事をもらって食つなぐ、どこにでもいる売れないフリーのライターだ。

 仕事を選んでいる場合じゃない。

 風俗店のWEBサイトだろうと、聞いたこともない中小企業の求人広告だろうと、なんでもござれだ。

「夢がないですねー」

「その夢がないやつの金で、お前はいま、たらふく飯を食っていることを忘れるなよ?」

「ごちそうさまです」

 律儀に手を合わせてくる。

 俺と彼女――世羅陽向という名前らしい。ヒナタは本当の名前だった――は、池袋駅からほど近いファミレスの狭いボックス席で向き合っていた。

 テーブルの上にはすでに空になった大量の皿が重ねられているが、店員は下げにくる気配はなさそうだ。

 空腹でふらふらになっている女子高生を見捨てるわけにはいかない――などというキレイごとではなく、俺はこの子を取材してせめてラブホ代の元は取らないといけないのだ。

「それで、わたしを取材したいと?」

「そうだよ。だから、そもそもエンコー目的じゃないんだよ」

「ですよね……」

 陽向はドリンクバーのオレンジジュースを飲みながら、深々と嘆息した。

「最初見かけたとき、十万円なんてもってそうにないなあって思いました」

「うるせえよ」

「人は見かけによるというか」

「うるせえよ」

 こいつ、上品な顔してるくせに口が悪いな。

「それで、京都から出てきたっていうのはホントなのか?」

「ホントですよ。昨日、家出してきました」

 陽向はきっぱりと言った。

「学校に行く振りをしてそのまま」

「なんでまた」

「それは秘密です」

「…………」

 そんな繊細な話をいきなりしてくれるわけもないか。

 俺はドリンクバーのクソみたいに薄いアイスコーヒーに口をつけ、話題を変えた。

「雰囲気、いいところのお嬢様っぽいけど?」

「どうでしょう。旧家なので、昔はそれなりだったみたいですけど。いまは大したことないと思います。そのくせ、いろいろとうるさくて」

 言葉の端々から、うんざりした空気が伝わってくる。

 古い価値観を押しつけてくる家族と揉めて家を出てきた、といった感じか。

 歴史のある名家でなくとも、このくらいの年代にはそういうストレスはつきものだ。

 なんの変哲もない会社員の家に生まれ育った俺だってそうだった。

 家を出るほどではなかったが。

「ほとんど飛び出してきたみたいなものだったので、お金もすぐになくなってしまって」

 だからといって、エンコーをすることもないだろうと思う。

 いや。

 十万をふっかけておいて、金だけ持っていくつもりだったのだから、もっと質が悪い。

「それで、葵さん――わたしの侍従みたいな人なのですけど、その葵さんが言っていたことを思い出して。未成年の女の子を食い物にするような男は、膝を砕かれても仕方ないという」

「……侍従なあ」

 お前は貴族か。

 そういうレベルの家柄なのか?

 あと、侍従。

 物騒なことを教育してんじゃないよ。

「なので。そういう人たちからなら、お金を巻きあげてもいいという考えですね」

「言い方」

「えーと。お金をいただいてもいいという考え?」

 陽向が小首をかしげて言い直す。

 いや、言い方じゃないな。

 そもそもの発想。

「まさかもうすでに犠牲者が……?」

「いえいえ。おにーさんがはじめてです」

「ならいい……いや、よくねえわ」

 たまたま未遂だっただけで、やろうとしてることは完全に犯罪だからな。

 それに。

「世の中は俺みたいに善良な男ばかりじゃないんだ。痛い目にあってからじゃ、後悔しても遅いんだぞ」

 こんなことを言うつもりはなかったのに、ついつい言ってしまう。

 若者に対するおじさんの正論ほど、響かないものはない。

 実際、陽向もきょとんとした顔になり、小さく笑っていた。

「自分で善良なんていうのはどうかと思いますけど?」

「……そうだな。忘れてくれ」

 自分でも恥ずかしくなってきた。

「それに心配は無用です。わたし、並の男の人なら物理的に勝てるので」

 得意げになるわけでもなく、さらりと言ってくる。

「だってわたし、吸血鬼ですから」

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