第46話 今日からバイトだけど、大丈夫なのかな…?

「では、今からやってもらうから」

「はい。よろしくお願いします」


 阿久津久人あくつ/ひさとは、東海先輩の挨拶交じりの言葉に頷くように返答する。

 今日から一週間ほどバイトすることになった。

 気合を入れてやっていかないといけないだろう。


 一応、バイトであっても給料が発生するのだ。

 ゆえに、適当な事なんて出来ない。


 現時刻は、開始時間より十分前。

 バイト初日であり、少々早めにやってきたのだ。


 神崎恵令奈かんざき/えれな先輩の件に関しては、家を出る前に一度連絡し、旅行は来月の上旬にしてもらった。

 それに関しての問題は解消されたわけだが、今は剣道具を販売するという役割を与えられたのだ。


「でも、初日だし。そんなに気を張らなくてもいいからね」

「え? でも、仕事なので」

「いいよ。気楽にやってもらった方が私もいつも通りお客様とのやり取りがしやすいしさ」

「……はい、わかりました」

「じゃ、後数分程度で営業が始まるから、ちょっと手伝ってよ」

「何をですかね」


 久人は大段東海おおだん/あずみ先輩の意見に従い、先輩の家にあった竹刀などの剣道具を、店屋の方に運ぶことになったのだ。






「あとはこんな感じでOKって感じだね。久人は、いきなり接客とか言ってもできる?」

「多分、難しいんじゃないですかね」

「だったら、いいよ。でも、お客様から聞かれたら私に相談してね。状況によっては私が変わりに接客するから。久人はさ、今日はレジにお客様が来たら、販売するってだけでいいよ」

「でも、どうやってやればいいんですか?」

「じゃあ、こっちに来て」


 東海先輩の敷地内にある販売所内。すでに、営業が始まる時間帯だが、先輩からレジ打ちに関して教えてもらうことになった。


「これをこうやって、お金の処理をすればいいから。普通にやれば、問題なくできると思うから」

「そうやれば……いいんですね」

「そうだよ。大丈夫、なんか、あったら、私に相談してくれればいいよ。何とかなるからさ」


 東海先輩は大丈夫だと何度も言ってくれているが、内心、不安でいっぱいだった。

 そこまでバイト経験がなく、お金のやり取りも経験したことがない。

 心配にはなるが、バイトをやると決めたからには最後まで徹底的にやろうと思う。


「あれ? お客が来たかな?」


 東海先輩は足音だけでお客かどうかを判断しているみたいだ。

 確かに、先輩の言う通り、店屋の入り口付近にお客がやってきていた。

 大体、小学生くらいの男子児童である。

 夏休み中に、剣道でも始めようとしているのだろうか?


 久人は、その男子児童の様子を伺っていた。

 そんな中、遅れた感じに、その子の母親らしき人物が現れる。


 その子は、友達の誘いということもあり、今年の夏休みから本格的に剣道をやろうとしたらしい。

 大体、部活というのは、誰かに誘われてやるケースが多いと思う。

 久人も、小学生時代、そんな感じだったから何となくわかる。


「ねえ、これがいいんだけど」

「それはね、もう少し大きくなってからかな。君の場合は、こっちの方が、いいと思うよ」


 東海先輩は、小学生の児童に背丈を合わせるような感じに話を進めている。

 先輩は、大体の知識があることもあり、小学生に適した竹刀の長さを教えていた。


「じゃあ、僕のは、これが良いってこと?」

「そうだね。あと、君、剣道経験は? 竹刀を振った時とかあるのかな?」

「僕は学校で、友達から竹刀を借りて振った時はあるけど」

「そうなんだね。じゃあ、ここで購入して、近くの剣道場で、少しだけ練習していく? その方が、しっかりと型とかも覚えられると思うよ」

「……どうしようかな……」


 小学生の児童が悩んでいると。


「じゃ、やってみたら? お姉さんもそう言っているし。練習ついでにやった方がいいんじゃない? お母さんは、ちょっと、寄るところもあるから」


 母親は、その気でいるようで、その子は少し考えた後、じゃあ、練習していくと明るい口調で言っていた。


 購入するという流れになったということで、久人は竹刀の代金をレジで処理することになったのだ。

 久人は緊張した面持ちで、レジ打ち作業を行うのだった。


 会計処理が終了すると、東海先輩は敷地内にある剣道場の場所を店屋の前で教えてあげていたのだ。


 大体の場所を理解した、その親子は東海先輩の父親が運営している剣道場へと向かって行ったのである。

 先輩自ら付き添っていけばいいのだが、今回ばかりは、久人を一人にさせるわけにはいかなかったからだ。


「これで、一つ終わりね。レジ打ちはどうだった?」

「まあ、緊張しましたけど。何とか、やり方はわかりました……多分、次からは一人でもできると思うので」

「そう? だったら、良かったよ」


 東海先輩は軽く笑みを見てくれた。

 久人は、ドキッとする。

 いきなり、そんな表情を見せられると、どうすればいいのか迷うものだ。


 本命は恵令奈先輩だけである。

 こんな簡単に浮気なんてしてはダメだと思う。

 久人は自身の心に訴えかけ、何とか冷静さを取り戻すのであった。






「休憩でもしよっか」


 十二時半。

 やっと、午前の部のバイトを終えた。

 一時程度の休憩に入るわけなのだが、どんな昼食を貰えるのだろうか?


 久人は販売所売り場の裏側へと向かう。そこに休憩室の畳の部屋があり、その床に座るのである。


「久人、今日はこれでいいかな?」


 同じく、畳のある床に座った東海先輩が見せてくれたのは、弁当箱。その中には、ウインナーや卵焼きなど様々があった。


 美味しそうな見栄えであり、匂いからして、早く食べたいという思いに掻き立てられたのだ。


「これって、東海先輩が作ったんですか?」

「ま、まあ……んん、そうかな」


 東海先輩は少々気を緩めているようで頬を紅葉させていた。バイトをしている時の表情とは違い、緩やかである。


「まあ、一応食べてみて。今日はそれしかないけど。何か要望があったら、私、色々と作るから」

 

 先輩は視線をそらしながら言う。


「でも、これで十分なんで」

「本当か? だったら、作った甲斐があったかな……」


 東海先輩は嬉しそうである。


「後で感想を聞かせてくれないかな……」


 先輩は消えそうな声で言う。

 恥ずかしい感情が勝っているのかもしれない。


「わかりました。しっかりと感想を言いますから」

「そうか。では、私はもう一度、店番をしてるから」

「え? 東海先輩も一緒に食べないんですか?」

「私は、今のところ、販売所の責任者だしな。ずっと間を開けるわけにはいかないのさ。でも、久人はしっかり休憩をとってもいいから」


 東海先輩はそう言うと、そのまま、畳の部屋から立ち去って行ったのだ。

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