第45話 どうすりゃいいんだよ…でも、こういう時は…

 火曜日の夜。

 スマホに連絡が入った。

 その電話相手は、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩である。

 久人は自室の椅子に座ったまま、電話に出ることにした。

 なんか、嫌な予感しかしない。

 が、出ないわけにもいかないのだ。


 阿久津久人あくつ/ひさとは緊張した面持ちで、スマホの画面をタップし、対話する。


『もしもし、久人?』

「……はい、恵令奈先輩、なんか、焦ってますか?」


 恵令奈先輩の声質がいつもと違う。

 だから、問いかけたのである。


『それ、わかる?』

「はい……なんかあるんですよね?」

『……ええ』


 恵令奈先輩の様子を伺うように対応することにした。

 余計に、久人の方からは話を切り出すことなく、先輩の想いを受け入れる。


『私ね……今月中からね、婚約者と旅行することになったの』

「え……?」


 久人の時間が止まった感じになり、次の声も出せなくなった。

 聞き間違いであってほしいと思うのだが、恵令奈先輩は、そうハッキリと言ったのである。

 嘘ではない。

 信じたくはなかった。

 だから、心が少々痛むのである。


 時間に間が出てしまう。


『久人、聞いてるかな?』

「あ、はい……ちょっと……はい……聞いてます」

『……ごめんね、急にこんなことになって』

「でも、そういうことなんですよね。婚約者と旅行するって」

『うん……』


 恵令奈先輩も辛そうな口調である。

 だからこそ、何とかしてあげたいと思う。

 けど、久人は非力であり、何か手助けできるというわけでもなかった。


 迷い、すぐには結論に至れない。

 どうしたらいいのだろうかという思いが、久人の内面から湧き上がってくる。




「でも、どうして、そんなことが急に決まったんですか?」

『それは……両親の都合で、今日の朝、重要な話があるって言われて。それで、話の流れでね、婚約者と旅行することになったの』

「そう……なんですね……」


 久人は心が掴まれるように痛む。

 やはり、急すぎるということもある。

 どうして、相談してくれなかったのだろうか?

 だが、そんなことを今、気にしてしてもどうしようもない。


 現在生じていることであり、現時点からどうにかしなければならないのだ。


「だったら、この前の旅行の件は無理ってことですか?」

『……でも……やっぱり、うん……無理かもしれないわね』

「ですよね……」


 久人は電話越しに、悩む。

 どうにかしたいと思っても、そうそう抗えない。

 久人は迷ってばかりだ。


 やっと、今年の夏休みは、付き合っている恵令奈先輩とデートできると思っていた。

 この様子だと、次第に先輩との距離を感じそうである。


 やはり、婚約者には勝てないのだろうか?

 まだ、社会人でもないゆえに、できることなんて、たかが知れているのだ。


『でもね、私が旅行に行く場所って、久人が言っていた旅行先の近くらしい乃』

「え? 近くなんですか?」

『うん。多分ね……それで、久人が言っていたところって、県境で山と海が近くにある場所でしょ?』

「はい」


 久人はようやく心に希望を抱けた瞬間である。

 でも、まだ安心はできなかった。


 久人は恵令奈先輩の反応を伺いつつ、手探るように話を聞くことにする。


『もし、久人もその日に合わせて旅行先に来てくれるなら、少しくらいなら、出会えると思うよ』

「じゃあ……行きます。日にちは、いつ頃ですかね?」

『それは二日後よ』

「二日後?」

『無理そう?』

「……」


 また、久人は絶望にふちに追いやられる感じであった。




『久人、大丈夫?』

「……」

『聞いてる?』

「あ、はい……」


 気まずかった。

 なんて言えばいいのだろうか?


 ついさっき、東海先輩に、バイトする趣旨を告げたばかりであった。

 ゆえに、二日後から旅行に行くなんて、そうそうできないのだ。


「……」

『難しいなら、どうしようもないけど』


 久人は迷うことの方が多い。

 なんて言えばいいのか悩み、すぐに言葉を切り出せなかった。


「少し考えさせてほしいんですが」

『わかったわ。後で待ってるから。好きな時間でもいいから、連絡してね』

「はい」


 久人はそんな感じに返答するのだった。

 早めには結論に辿り着きたい。

 そう思い、久人はスマホの通話終了ボタンをタップする。


 それに恵令奈先輩には、隠し事をしたままである。

 旅行費の件や、妹と一緒に行くことを伝えられていないのだ。

 何から何までも、中途半端である。


「はあぁ……どうしたらいいんだろ……」


 この問題を本当に解決できるのだろうか?


 久人はスマホを机に置く。


「……」


 ダメだな……何もいい案が出てこないんだが……。

 どうしても、すんなりとは解決しなさそうである。


 久人は一旦、自室から出ることにした。

 一階、リビングで、アイスでも食べようと思う。


 階段を下り、一階に向かうと、そこで妹の弥生とバッタリと出会うことになった。


「ん? お風呂から上がったのか?」

「うん、そうだよ。お兄ちゃんも早く入ったら?」

「……そうだな……」


 久人はあまり良い返事はできなかった。


 けど、弥生やよいは何かに気づいたようで、首を傾げ。そして、久人に対し、相談に乗ろっかと、普段の妹のような態度を見せてくるのだった。






「それは困りましたね」

「だよな。だから、どうにかしたいんだ」

「……んん……」


 リビングのソファに並んで座る二人。久人の隣で妹は唸っている。


 今までに経験したことのない現状に戸惑っているのもあるだろう。


 久人はひたすら、弥生からの返答を待つことにした。

 そして、虚無の時間が崩れるように、妹の口が開かれたのだ。


「でも、お兄ちゃんは、東海先輩とも約束をしたんですよね?」

「そうだな」

「なので、すぐには恵令奈先輩と旅行するのは難しいと思うので、来月に変更しましょうか? それでも大丈夫なので」

「そうか。確か、あのチケットって、来月の中旬まで利用できるんだっけ?」

「はい。そうです」

「だったら、問題はないのか」

「はい。でしたら、スケジュールの変更と、先輩にそのことを伝えましょう」

「うん、そうだな。その方が問題はないな」


 久人は納得して、頷くのだ。

 焦っていて忘れていたのだが、あの旅行のチケットは来月でも適用されるのだ。

 ようやく、モヤモヤしていた感情が明らかになった感じである。


 久人はこれで、何とか乗り切れたと感じたのだ。


「ありがとな、弥生」

「別に、大したことしてませんし。それと、お兄ちゃんも早くお風呂に入ってよね」

「ああ、わかった」


 久人はソファから立ち上がった。


 これで気分が晴れたも同然である。

 恵令奈先輩の方にも、これ以上問題がなければ、来月の最初には、旅行に行けることだろう。


 久人はもう一度、自室に戻り、スマホを確認したのち、連絡を取る。が、繋がりはしなかったのだ。

 誰かと通話している感じであり。今のところ、時間の都合上連絡は明日にしようと想った。


 久人は黙って自室にいるのも苦しかったため、気分転換を含めて、風呂場に向かうのである。

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