第44話 明日からバイトをしたいんだけど、いいかな?

 大段東海おおだん/あずみ先輩との会話を終わらせた日の夕方ごろ。

 久人は、明日からのバイト内容を大体説明された。

 バイトの開始時間は、午前の十時頃からでいいと言われたのだ。

 比較的、気楽な時刻からの開始である。


 阿久津久人あくつ/ひさとは自宅の扉を開け、玄関に入り、靴を脱いで、一先ずリビングへと向かう。

 そこでキッチンからやってきた弥生とバッタリと出会った。妹は夕食を作っていたらしく、エプロン姿である。


「お兄ちゃん、お帰り。気分転換できたかな?」

「それなりには」

「じゃあ、良かったね。そろそろ、夕食になるけど。食べる? 私、色々と作ったから、いっぱい食べてよね」


 久人はどうしようかと思う。

 バイトの件に関しては、弥生やよいと一緒に食事をしながら、事の経緯を話した方がいいのかもしれない。


「じゃあ、食べようかな」

「うん。わかった。私、準備してくるからね」


 と、エプロン姿の妹は、キッチンの方へと駆け足で向かって行った。






「では、いただきます」


 二人はリビングにある長テーブルに座り、対面するように食事をすることになった。妹に続くように、久人もいただきますと言い、共に食事をとることになったのだ。


「そういえば、お兄ちゃんって、外で何してたの? 結構、帰ってくるの遅かったよね?」

「そうだな。それには色々と理由があってさ。今から、それについて話したいことがあるんだ」

「そうなの?」

「ああ」


 久人は口に含めた食べ物を咀嚼した後、弥生の方へと視線を向ける。

 妹は何を話すんだろうといった顔を、久人に見せている感じだ。


「夏休み中にさ、旅行に行くことになったじゃん」

「そうだね」

「それで、旅行に行く日程って好きに変えられるのか?」

「日程は大丈夫だよ。あのチケットは、七月下旬から八月の中旬まで限定だから。その期間中であれば大丈夫ッ」

「そっか。じゃあ、いいのか」

「うん? 何か用事でもできたの?」

「用事っていうか。バイトをしよっかなって思ってさ」

「バイト……? でも、旅行代は私のチケット代で何とかなるよ。それに、旅行先でのお金も、私、お母さんから貰ってるし」

「貰ってるの?」

「うん、そうだよ。言うの遅れてごめんね。だから、バイトなんてしなくてもいいんだよ」

「……そうか……」


 久人は考え込む。

 モヤモヤとした思いを抱き、手にしていた箸をテーブルに置き、俯きがちになる。

 

 しかし……恵令奈先輩のために、自分の力で稼いだお金で何かを買ってあげたいという思いが強い。

 だから、母親からお金を貰っていると言われても、やはり、バイトをしようと思う。




「お兄ちゃんは、どうして、そこまでお金が欲しの?」

「それはさ。やっぱり、恵令奈先輩のためかな」

「先輩の? ですか……。別に、私が用意しているので、それを利用すればいいだけなんですけどね」

「でも、それじゃあ、ダメなような気がして……」

「お兄ちゃん、本気でバイトを?」

「そうだ」

「では、そこまでやる気があるなら、バイトを紹介しましょうか?」

「いや、もう決まってるんだ。だからさ、そのための話をしたくて」

「決まってるの? ……だから、遅くなってんですね」

「そうなんだ。その都合もあって、旅行に行くのを、一週間ほど遅らせてほしいんだけど。大丈夫かな?」

「それに関しては大丈夫です。あとは、先輩に確認を取って、都合を合わせるとか、後はお兄ちゃんに任せますけど」

「そうか……わかった。あとのことは自分でやるから」

「はい。了解です。では、できないことがあったら、私に相談してくださいね。なんでもサポートしますから」

「ありがと」


 久人は思う。

 やはり、弥生が妹でよかったと。


 弥生は話を終えると、再び手に箸を持ち、食事を続けている。

 久人も一応、事情を伝えたことで、すんなりと食事に意識を戻すことにした。


 食事後に恵令奈先輩に対し、日程の変更について説明しておいた方がいい。

 先輩にも都合というものがあるのだ。そこらへんも配慮した上で、スケジュールを決めないといけないだろう。


 久人は弥生と共に、明日からやるバイトの話を軽くしながら、食事を続けるのだった。






 夕食を食べ終え、使用した食器とかの後片付けをした後に、久人は一旦、自室へと向かう。


 恵令奈先輩に、今後の予定を伝えないといけないのだ。

 先輩の方で、特に問題がなければいいのだが……。


 久人は、勉強机前の椅子に座り、スマホを片手に弄る。

 スマホの連絡フォルダを確認し、先輩のアドレスを見た。


「……時間帯的に大丈夫かな……まだ、夕方の六時ぐらいだし。問題はないよな」


 久人は、画面上をタップする。が、先輩とはなかなか繋がることはなかった。


 どうしたんだろ……。

 何かあったのだろうか?

 気になるところだが、久人は電話をきった。

 先輩にも色々と都合というものがあるのだ。時間をおいてから、また連絡をすればいい。


 久人はスマホの画面の方は裏返すように、勉強机に置く。そして、机の引き出しからノートを取り出し。今後のスケジュールを組み立てようと思った。


 大体の方向性は決まっているのだが、明日からのバイトの件を踏まえると、追加事項として、スケジュールに書き足すべきだろう。


「……」


 久人はノートを前に、色々と試行錯誤する。

 明日から行うバイトは、午前の十時から、終わるのが、おおよそ夕方だと東海先輩は言っていた。

 お客が多いと、それなりに時間がかかるということだろう。


 休み期間中ということもあり、東海先輩は、遠くの方からお客が来ると言っていたような気がする。


 東海先輩の家の敷地内には、両親が経営している剣道場の他に、剣道具の販売など幅広く行われているのだ。

 有名だからこそ、忙しくなるとのことだろう。


 それにしても、東海先輩は特にデートするとか、そんな話はしてこなかった。

 よほど忙しくて、そういったことを話さなかっただけだろうか?


 そこらへんはあまり聞いていないが、東海先輩からデートの誘いを受けた時は、しっかりと断りのセリフを告げた方がいい。

 あまりにも焦らした感じの恋愛関係に発展してしまっては、後々、対処するのが困難になるからだ。

 ハッキリとさせるところは、させた方がいいだろう。


「……それにしても、お昼は、東海先輩の家で料理を食べられるってことなのか……その上、バイト代とは、そんなに優遇されてもいいのかな」


 久人はニヤニヤしながら、机に置いたノートと向き合う。

 刹那、スマホのバイブが鳴ったのである。

 その連絡相手は、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩であった。

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