第43話 バイトしたいの? だったら、いいところあるよ

 火曜日の午後。

 阿久津久人あくつ/ひさとは道を歩いていた。

 

 外の空気を吸いながら、一人で何も考えずに気分転換をしている。

 周りを見ると、自宅周辺の道故に、ほぼ人とすれ違うことはなかった。


 というか、どうすればいいのだろうか?


 恵令奈先輩に対して、自分がお金を出すといったものの、旅行費は妹のチケットで賄われるわけであり。

 現地でのお金は個々で支払うことになる。

 久人は、そんなにお金は持ってはいない。

 嘘をついてしまったという罪悪感の方が今は強かったのだ。


 そんなにお金なんてないのに、どうやって先輩に奢ってやればいいのだろうか?

 気前の言いことを口にしたのだが、現時点ではなかなか達成できそうもない。


 どこかでバイトでもするなりして、お金を貯めるしかないだろう。


 どのバイトをするかだが、何をすべきなのだろうか?

 短期バイトでも、すぐに採用してくれる場所なんてそうそうない。

 ああ、下手なことを言ってしまったと、頭を抱えてしまう。






「どうしたらいいんだろ……」


 久人は迷う。

 五分ほど散歩感覚で道を歩いているものの、なかなか答えを出せずにいた。


 すぐにお金を貯める方法とはなんだろ。やっぱり、バイトしかないのか?

 考えるも、見えない答えに行き詰まる。


「あれ? ひさと?」

「……?」


 少々俯きがちに歩いていると、どこからか、声を掛けられる。気さくな感じの口調。正面を見ると、そこにはTシャツで、下の方はジャージといった姿の大段東海おおだん/あずみ先輩が佇んでいた。


 右手に持っているのは、竹刀が入っているケースのようなもの。

 久人と遭遇できたことで、楽し気な雰囲気を醸し出しながら近づいてくる。


「こんなところで出会うなんて奇遇だね」

「そうですね」

「ひさとは、何をしてたの?」

「それは……」


 これは口にしてもいいのだろうか?

 恵令奈先輩との大事な約束であり、本当に言ってもいいか迷うが、後々のことを考えれば言わない方がいいだろう。


「えっと、ちょっとした散歩ですね」

「へえ、散歩してたんだね」


 東海先輩は相槌を打つ。


 でも、あまり多くを語ることはしない方がいい。

 誤って重大なことを口から零してしまいそうであり。久人は口を慎んでしまうのだった。




「んー、なんか、迷ってそうな顔つきだね」

「え、そんな顔なんてしてましたか?」

「私が相談にのってあげよっか。あっちの方に公園でもあるし。公園で一緒に話しでもする?」


 東海先輩からの問いかけ。

 相談してどうなるかわからないが、バイトの件について、一応話しておくことにした。

 そして、一緒に、その場所へと向かって行くことにしたのである。


 公園といっても、住宅街が多く存在する場所に位置する広場のようなところ。その公園には、夏休みシーズンということもあり、小学生くらいの子供らが多いい印象だ。


「それで、何で悩んでるの?」


 公園の空いているベンチに二人で並ぶように腰掛けた直後、東海先輩から話を切り出された。


「それは……バイトです」

「バイト? 何かしたいの? 小遣い稼ぎ的な?」

「まあ、そんな感じですかね」

「へええ、そうなんだ。将来を見据えてるって感じ?」

「はい。どこか、いいバイトとかありませんかね?」


 久人は迷っている故、俯きがちに、淡々と口にするのだった。

 本当に、どこかでバイトをしたい。できれば、短期的なバイトがベストである。






 東海先輩には旅行の件を伝えることなく、すぐに稼げるバイトがないかとか。そんな感じのことを話題にするのであった。


「そんなにバイトしたい?」

「はい。本格的なバイトじゃなくてもいいんですけど」

「じゃあ、バイトする?」

「え……どこか、いいところあるんですか?」

「あるっていうか。私の家ってさ。剣道関係の道具を販売する店屋も経営しているの」

「そうなんですね」


 久人は、これはチャンスではと思った。


「そうよ。それで、少し人手が足りなくて。ちょっとだけでもいいから手伝ってほしいんだよね」

「手伝い? どれくらいの期間ですか?」

「一週間くらいだけど? どう? 一日、五〇〇〇円程度で」

「一日、五〇〇〇円……時給はどんな感じになるんですかね」

「六時間で、時給八三〇円程度になるかな。あとはね、三〇分の休憩を含めて、お昼のご飯とデザート付き」

「そこまでしてくれるんですか?」

「じゃ、やってくれる?」

「はい。一週間ですよね?」

「そうよ。バイトしてくれるなら、私の家の方にも言うから、一週間バイトしてくれる人がいるって」

「では、働かせてもらいます」


 久人は真摯に頭を下げた。

 これで、お金の方は何とかなりそうである。


「じゃあ、OKってことね。わかったわ。じゃあ、明日からでもいい?」

「はい」

「でも、なんで、そんなにお金が欲しいの?」

「それは……まあ、色々なことがありまして」


 久人は誤魔化すように言う。

 申し訳ない口調で言い、疚しい感情を抱えたまま乗り切ることにした。


 久人はバイトで稼いだお金で、恵令奈先輩のために何を買ってあげようか。そんなことを内心、妄想に耽っていた。




 久人はやっと希望を手に入れた感じである。

 これで、安心して旅行できると思う。


「今からでも、私の家に来る?」

「今から? でも、何も持ってきてないですけど。元々、簡単に散歩する程度だったので」


 でも、一応、財布だけはある。

 ただ、殆ど入っていないのだが。


「そうか。でもいいよ。明日からバイトするならさ、一旦、私の家に来なよ」


 東海先輩は率先して、久人を先導する。


「それで、バイト内容は、どうなるんですか?」

「それは、色々あるけど。基本業務としては、竹刀を売ったりとかかな?」

「販売が主になるんですね」


 久人は何となくわかった感じだ。

 販売関係の仕事はしたことはないが、一応表面上の知識はあった。


 そして、久人は、初めて先輩の自宅に向かうことになる。

 どういった家なのだろうか?


 二人はベンチから立ち上がると、公園を後にする。数分ほど歩き、先輩の自宅に到着するのであった。






 そこには少し大きめの自宅があり、近くには剣道場みたいな場所まで存在していた。

 自宅は普通の家より三倍くらい大きく。しかも、敷地内が広い。


「私の場所さ、結構複雑で、ちょっと迷子になる人がいるから。私の近くから離れないでね」

「はい」


 さすがに迷子にはならないだろうと思ったが、一応、久人はそう返答した。

 しかしながら、勝手に行動するわけにはいかず、先輩の近くを歩くことにしたのだ。


 二人はようやく、東海先輩の本当の自宅の玄関に到着した。

 結構、時間がかかった感じである。

 もしかしたら、恵令奈先輩の家よりも広いかもしれない。


「ごめんね、ちょっと時間がかかったみたいで」


 東海先輩は苦笑いを浮かべ、そう言い、彼女は家の扉を開いたのだ。

 玄関からして相当広い。

 しかも、昔ながらの家であり、木の匂いがする。


「えっとね。こっちの方の居間で座ってて」

「はい」


 久人は頷き、玄関から入ってすぐのところの居間に入る。

 久人はテーブル近くに敷かれていた座布団に正座した。


 その後、東海先輩はどこかへと行ってしまったのだ。




 それにしても広い部屋だな……。


 東海先輩は剣道が好きだと言っていたが、自宅まで、そういったところだったとは。そこまでは知らなかったことで驚き具合は半端なかった。


「ごめんね。ちょっと待たせて」


 東海先輩が戻ってくると、久人がいる近くで正座する。


「では、ここにサインして。あと、学生証とかってある? 今日は持ってきてない?」

「えっと、あります」


 久人は学生証を財布に入れているのだ。

 一応、それを見せることにした。


「これです」

「貸してくれる?」


 東海先輩は学生証を手にするなり、写真のところをまじまじと見ていた。


「……わかったわ。一応、確認はとれたから。ここにサインしてね」


 東海先輩は学生証を返した後、久人の前のテーブルに、サイン用紙とボールペンを置いたのだ。


 久人は今後の旅行のため、決心を固めた後、その用紙にサインするのであった。

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