第42話 恵令奈先輩と正式に婚約できる条件って何だろ…

「恵令奈先輩と、どんな場所に行こうかな」


 自室の勉強机前の椅子に座っている阿久津久人あくつ/ひさとは、そんなことばかり考え込んでいた。


 夏休み。恵令奈先輩と一緒に旅行できるなんて、これは人生が良い方向性に向かっているとしか思えない。

 絶対に、結婚できる方法を先輩と共に探り当てたいのだ。

 そのためには、今のところ何をすることが正解なのだろうか?


 神崎恵令奈かんざき/えれな先輩の両親は、どうして結婚を許してくれないのか?

 それは多分、久人がまだ高校生であること。

 それから、家業を引き継げる能力が備わっているかどうかも判断されているからだろう。


 久人には社会経験がないのだ。

 ゆえに、恵令奈先輩と結婚したとしても、本当の意味で幸せにさせることができないかもしれない。

 そういった理由が、大きく絡んでいるからだろう。


 でも、逆に考えれば、恵令奈先輩を守れるほどの実績があれば、結婚への道が近づくということになる。

 そう思うと、希望の欠片を手に入れられた気になるのだ。


 でもまずは、どうしたらいいんだろ。

 社会経験の一環として、バイトも視野に入れて、夏休みを過ごした方がいいのだろうか?


 しかし、そうなったら、恵令奈先輩と関われる時間が格段に薄くなってしまう。

 そこに関しては悩みどころではある。


 結婚を前提に行動するなら、社会への知識は必要。バイトする以前に、後で社会に関する書籍を購入しておいた方がいいだろう。


 久人は、恵令奈先輩とのデートプランに加え、自分が結婚する上でやるべきことを視野に計画を立てていたのだ。


「お兄ちゃん。ジュースとお菓子を持ってきたよ」

「ん、ありがと」

「お兄ちゃんは、オレンジジュースでもいいでしょ?」

「うん、それでいいよ」

「私、わかってるんだからね。お兄ちゃんの事」

「だろうな。何年も一緒にいるし」

「だからね……」

「ん、どうした?」


 なんか、弥生やよいの様子がおかしい。

 頬を赤く染めている。

 まさか……。

 い、いや、そんなことはないか。


「なんでもないよー、気にしないでね。それと、はいこれ、オレンジジュース」


 弥生は、トレーに乗せていたジュースを手にし、久人に渡してくるのだ。


「じゃ、お兄ちゃん。今から、どんな旅行プランにするか決めるからね」

「そうだな。俺は、今それについて考えててさ。大体は決まったよ」

「早いね。じゃあ、教えてよ。旅行先で、どんなことをしたいのかな、お兄ちゃんは」


 その場に佇んでいる妹は、久人の机にある、スケジュール表を覗き込んでくる。


「まだ、全部は書き終わってないし。書き終えてから見せるからさ。それで、弥生が言っていた旅行先って、色々な商業施設があるんだろ?」

「うん。そうだよ。なんでもあるみたい」

「よく、そんなチケットを入手できたな」

「凄いでしょ。たまたま、ネット上で旅行イベントが開催されてて、それに応募してたの。それで、この前当たって。お兄ちゃんに言おうかどうか迷ってたけど。どうせ、先輩と旅行したそうな顔をしてたし。この機会にどうかなって感じで教えたってわけ」

「そんなことまでわかってたのか?」

「まあね。お兄ちゃんの事なら、なんでもわかるし。だって」

「だって?」

「んん、なんでもないよ」


 気楽な感じの態度で、弥生は自室のベッドの端に座り、手にしていた自身のジュースを飲んでいた。






「では、お兄ちゃん、大体のスケジュールが決まったかな?」

「大体な」


 久人は一応、勉強前まで近づいてきた妹の弥生に添削してしまうことにした。


「……これはいいんじゃない。先輩も喜びそう」


 弥生からお褒めの言葉を貰った。

 なんか、実の妹から褒められるとか、複雑な心境である。


「それと、お兄ちゃん、旅行ということなので準備をしましょう。すぐ旅行に行けるわけじゃないけど。それなりの下準備は必要でしょ」

「そうだな。あと、恵令奈先輩に、このことは伝えておいた方がいいよな」

「はい。そうです。それに関してはお兄ちゃんに任せますから。先輩がOKしたら、明日から本格的に,旅行の準備をしましょうね」


 弥生は張り切っている。

 

「では、私は、色々と準備がありますから。ここで。あと、先輩には絶対に言うようにね」

「ああ、わかってるって。恵令奈先輩と一緒に行かなかったら、今回の旅行の意味がないだろ」

「ですよね。あとのことは頼みましたから」


 弥生は背を向けるなり、自室から立ち去って行くのだった。


 久人は一人っきりになる。

 かなり、静かになった感じだ。

 そして、スマホを片手に、画面をタップしていた。


 画面上には、恵令奈先輩の連絡先が表示されている。


「……なんか、緊張するな」


 妙な緊張感に襲われつつも、先輩とのデートを妄想し、希望を膨らませていた。


「……うん、勇気を持てばいいんだ」


 恵令奈先輩と旅行に行きたいと考えていたが、いざ行くとなるとドキドキするものである。


 久人は画面上の連絡先を押し、電話を掛けた。




「恵令奈先輩……」

『もしもし、久人?』

「先輩に、話したいことがあって」

『どうしたの? 今日は会えないから、話したくなったの?』

「そうですね。それもあるんですけど……えっと、今月中時間ありますかね」


 ただ会話するだけなのに、胸の内から湧き上がってくる熱い思いがあった。今は冷静さを維持した方がいい。


『時間? あるよ、だって、今週中だって、デートする予定を決めていたでしょ?』

「そ、そうだね」

『どうしたの? なんか、緊張してる?』

「そうじゃないですけど……」


 実はというか、物凄く緊張している。

 でも、言わないと何事も進んで行かないのだ。久人は勇気を持とうと必死であった。


「あの、旅行に行きませんか?」

『旅行?』

「はい。えっと……」


 久人は妹のチケットを使ってと言おうとしたが、やはり、先輩には言い出せなかった。断られる可能性があるからだ。

 妹の弥生と一緒だと思われると、雰囲気が壊れそうな気がする。


『急ね。でも、実は私も旅行に行きたかったの。でも、金銭面的に大丈夫なのかな? 私が出す?』

「いいえ。俺が……」


 自分のお金であると伝えた。

 恰好がつかなくなるからだ。


 久人は見栄を張ってしまった。

 本当は違う。

 けど、恵令奈先輩から格好悪く思われたくなかったのだ。

 いずれはバレるのだが、本当のことを言える勇気なんてなかった。


『そうなの? じゃあ、今回は、久人に奢ってもらおうかなぁ。でも、無理はしないでね』

「はい……」


 余計に心が掴まれたように痛む。

 その後、今後の話を軽くし、久人は電話を切ったのである。


「ああー、どうしたら、いいんだ。お金なんてないし。嘘になるじゃんか……」


 椅子に座っている久人は頭を抱えてしまった。


「ダメだな……見栄を張るなんて」


 久人は苦しくなる。

 だから、気分転換に外の空気を吸いたくなる。


 久人は妹に、近くの自販機まで歩いてくると言い、自宅を後にするのだった。

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