第41話 私、お兄ちゃんのためなら、いっぱい頑張るし

 火曜日の今日は、特にやることはない。

 だから、昨日のことを思い出し、妄想に浸っていたのだ。




 阿久津久人あくつ/ひさとは一人で自室に引きこもり、勉強机を前に、椅子に座っていた。


 一人っきりになるのは、久しぶりかもしれない。

今までが、忙しかったのだ。

 多分、そういう理由で、リラックスできているのだろう。


 少し前ならば、彼女が欲しいとか、そんなことばかり思考していたのだが、今は恵令奈先輩と一緒にいたいという思いが強くなってきていた。

 だから、汐里しおり。そして、東海あずみ先輩とは距離を取らないといけない。


 今後、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩とのデートプランを考える上で、二人の存在は久人自身の立場を揺るがしかねないのだ。


 汐里には後で連絡を取ると昨日の夜に電話で伝えた。が、東海先輩には、そういった趣旨の話はしていなかったのだ。


 様子を見て、連絡しておこうと思い、勉強机に置いてあるスマホを手に、画面を眺めていた。


「今月になってから、本当に色々なことがあったな……」


 数週間前と今では天と地ほど違い、自分でも信じられないほどに、生活水準が一変したのである。


「……恵令奈先輩とのデートか……いや、今後のことを考えれば、結婚という流れになるのか……」


 久人は椅子に座ったまま、適当にスマホを弄り、妄想の中に入ろうとしていた。


 結婚というものを本格的に意識し始めたのは昨日である。恵令奈先輩と二人っきりで、暗い空間の映画館の中に入り、巨大スクリーンに映し出された映像を目にしたのだ。

 その映画は、結婚がコンセプトとなった作品であった。


 この頃、結婚というものから距離をおいて生活している人が増えているらしい。

 だから、結婚を意識させるような映画を制作することになったのだろう。


 映画館のチケット売り場近くにあった、作品別パンフレット資料の制作人によるインタビューページ欄に、そのような内容が記載されてあったのだ。


 映画の制作人も、結婚というものに何かしらの想いがあるのだろう。だから、上映にまで至ったに違いない。


 久人はそう思う。


 確かに、このご時世。あまり、結婚している人をあまり見かけないものだ。

街中に行けば、カップルのような関係の人はいる。けど、意外と正式に結婚している人は少ないのかもしれない。




「……意外と、そういう時代じゃないのかもな……でも、やっぱり、した方がいいに決まってるし……」


 世間的には結婚というものに積極的ではない。

 デメリットとしては、人生の時間が減らされたり、結婚相手と財産を共有することになったりと。他にもあるのだが、やはり、欠点が悪目立ちするものだ。


 ご時世的に、久人の考え方は逆行しているのかもしれないが、迷うことはしない。

 これは決めたことなのだ。久人は恵令奈先輩と結婚したいと――


 自分の判断であり、その価値観が揺れ動く事なんてないと思う。


 そういえば、結婚するとして、まずは何をすればいいのだろうか?

 プロポーズ?

 それとも、記念旅行とか?


 久人はまだ高校生であり、そういったところまで深く考えたことはなかった。

 昨日の映画を見て、結婚するにあたって、色々なことをしなければいけないと痛感したのだ。

 むしろ、恵令奈先輩の言う通り、あの映画を見なければ、そういった価値観を抱くことはなかっただろう。


「まあ、今日は比較的、自由な時間があるんだ。今後、恵令奈先輩のことを考えて、どこをデート先にするか考えないと……」


 久人は手にしていたスマホを操作し、デートスポットなるものを検索かけていたのだ。


 地元でもいいし。別の街でもいいから。自宅から二時間程度で行ける場所がないか、ひたすら探っていた。


 地元といえば、プールとか、そんな感じのところが多く。いきなりプールに誘うのも、少々気まずい。

 恵令奈先輩の爆乳が拝めるイベントであるが、それには勇気がいるものだ。


「んん……ッ」


 久人は咳払いをし、一旦、考えを改めることにした。


 恵令奈先輩も好きだと言ってくれてはいるが、如何わしいことばかり妄想していると、後々痛い目を見てしまいそうで怖い。

 最初の内は、真面目な立ち振る舞いを心掛けた方がいいだろう。


「……映画館にも行ったから……後は、洒落た感じの喫茶店? いや、それだと、普通過ぎるか。旅行……? んん、それも急すぎるかな? だよな、急だよね……」


 久人は色々な方向性に思考するが、自分の中でしっくりと来るアイデアがなかなか浮かばないものである。


「ねッ、お兄ちゃん、何について考えてるのかなぁ?」

「え……え⁉ な、何? というか、また、弥生か」


 妹の弥生やよいはなぜか、久人の部屋にいた。

 しかも、ベッドの端に座っているのだ。


 いつ入ってきたのだろうか?


 まったく音なんてしなかったのだ。むしろ、日に日に、弥生のサイレント能力が高まっているような気がする。


「私ね、ずっと、お兄ちゃんの部屋にいたよ、昨日の夜から」

「……え……は⁉ そ、それは怖いって、さすがに……」

「嘘だよ。朝一緒に、食事したじゃん。それに、さっきまで外に買い物に行ってたし。私は、ただ、こっそり、さっき入っただけ」


 弥生は満面の笑みを見せている。が、その笑顔そのものが怖く感じた。


「お兄ちゃんてさ。どっかに遊びに行きたいんでしょ? 先輩と」

「まあ、そうだな」

「じゃあ、どっかに泊まりに行く?」

「泊まりに?」

「うん」

「……泊まりに行くって。弥生も?」

「うん。そうだよ」

「って、なんで弥生まで来るんだよ」

「だって。お兄ちゃんと先輩が旅行に行ったら、私一人だけ家にいることになるんだよ?」

「……そ、それはよくないな」

「でしょ」


 弥生は、ニヤニヤと楽しそうに、ベッドの端に座りながら、足をパタパタさせていた。


「私ね、旅行チケットあるんだ。それは三人丁度で無料になるんだよね。そういう都合もあって、私も同行するってこと」

「そういうことな」

「うん。いいでしょ、お兄ちゃん。私、絶対にサポートするし。どんな時でもね」


 弥生は自分がいかに協力的で優れているかアピールしていたのだ。


 まあ、しょうがない。


 恵令奈先輩とのデートプランで迷っていたのだ。

 ここは救世主である、妹に助けてもらおうと思ったのである。

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