第40話 別にいいけど、これからは私のことを意識してほしいの…
「ごめん……先輩……」
先ほどハンバーガーショップを後にした
申し訳ない感じである。
なんせ、突然な訪問者の
汐里本人は悪気があっての言動ではなかったとは思うが、状況というものを考えてほしかった。
でも、一番の心残りなのは、汐里が帰り際に口にしていたセリフである。
やっぱり、それなりの不満を持っているに違いない。
後で汐里には謝っておくつもりだ。
デートという形にはならないとは思うが、幼馴染として遊びたいとは考えている。
恵令奈先輩と付き合っている以上、汐里とは幼馴染という関係でとどめさせておきたかったのだ。
その方が互いにとっても都合がいいような気がする。
「久人が、そこまで気にすることはないと思うけど。でも……デートとかじゃなくて、友達としてなら、別に付き合っても私は気にしないから」
「え?」
「だって。さっきの汐里の表情。悲しそうだったし……久人も、汐里との関係を崩したくないでしょ?」
「それは、まあ、そうですね……」
「だから、友達としてだったらいいから。でも、正式に付き合うのだけは許さないからね」
「はい、さすがに、そうはならないとは思いますけど」
久人は先輩に心配をかけてばかりである。
恋人として情けないと思った。
元々、汐里に対して、ハッキリとしておかなかったことが最大の原因であり。これ以上先輩には迷惑をかけないように、対策をしていこうと思う。
「では、気分を取り直して、予定通り、映画館に行く?」
恵令奈先輩は、そういうと久人の腕に抱き付いていた。
おっぱいの感触がハッキリと伝わってくる。
夏休み中、今までの人生の中で、そんなにあまりいい思い出とかはなかった。けど、今年は何かが違う。
そう思いたいというのもあるのだが、先輩と一緒に、恋人らしく過ごせればいい。
そればかりを考え、妄想していた。
「ねえ、そういえば、汐里とも映画館に行ったの?」
「え……はい。恵令奈先輩に内緒にしてて、すいません……」
「内緒にしないでよ。今後からね」
「はい」
「私は、一応、ちゃんと言ってくれれば許すから」
先ほど街中を歩いていた際、汐里が映画の話をしたことを、先輩は多少なりとも気にしていたのだろう。
そういった意味合いでの発言かもしれない。
デパートのエスカレーターを使い、映画館のあるフロアまで向かう。
久人と恵令奈先輩は、映画館エリア近くの休憩スペースに設置されたベンチに、隣同士で座った。
「久人は何を見たい?」
映画館フロアの入り口付近にあったパンフレットを手にしている恵令奈先輩。
そのパンフレットを久人に見えるような位置で広げていた。
「俺は、ホラー系ということで考えていましたけど」
「ホラー? そうね、確かに、そういう話はしてたよね。でも、ホラーじゃないのでもいい?」
「もしかして、怖いんですか?」
「そんなことはないわ。そういう気分ではなくなっただけ。久人って、ホラーが好きなの? だったら、私はそれでもいいけど」
恵令奈先輩は距離を縮めながら、久人の様子を伺っている。
「そ、それで、どんな映画を見たいんですか?」
先輩の体を隣に感じながら、逆に聞いてみた。
「それは、この映画なんだけどね」
恵令奈先輩は軽く頬を染め、パンフレットの写真の部分を指さしている。
それは、結婚を題材にした映画であった。
「私ね、もっと、久人のことを知りたいし。まだ、両親から認められてはいけないけど、結婚について意識したいから。だから、この映画でもいい?」
「俺は、それでもいいけど。今日の恵令奈先輩、なんか、雰囲気が違うっていうか」
「そ、それはそうよ」
恵令奈先輩は、一旦、大人しくなると、躊躇いがちに口を開いた。
「さっきだって、汐里が関わってきたじゃない。それに、東海だって、久人のことを意識していると思うの。だから、久人を奪われたくないから。もっと、久人には結婚について考えてほしいというか。やっぱり、あまりにも早すぎるかな。まだ、高校生ということもあるし」
恵令奈先輩は、戸惑いながらも自分なりの言葉で伝えてくる。そんな姿を見てしまうと、久人も消極的になってばかりではダメだと痛感した。
今はまだ無理でも。今後、恵令奈先輩とは結婚するかもしれない。先輩には婚約者がいる以上、その結婚ができるかどうかの壁は厚い。
不安定な想いかもしれないけど、結婚に対する価値観とかが変われば、先輩と結婚できる可能性が少しだけでも上がるかもしれなかった。
久人は、その希望に委ねたかったのだ。
だから久人は、隣に座っている恵令奈先輩を見つめた。
その瞬間、先輩の唇が最初に視界に入る。
その淡いピンク色の唇に意識が奪われそうになっていた。
意識すればするほど、先輩の口元ばかり瞳に映ってしまう。
「……ねえ、いいよ」
「え?」
「……」
恵令奈先輩からの突然の想いが口から告げられた瞬間だった。
本当にしてもいいのかと疑ってしまうが、むしろ、ここでしなかったら、先輩の恋人になれた意味がないような気がする。
久人は勇気をもって、先輩との距離を自ら縮めるのだった。
二人の唇の距離が近い。
あともう少しでというところで――
「あの人たち、キスしてるの?」
遠くの方から、子供の声が聞こえた。
「あまり見ないの。あの二人も困るでしょ」
「えー、でも」
「いいから、行くよ。見たい映画があるんでしょ」
「うん。じゃあ、あれを買ってよ」
親子同士の会話が聞こえ、二人がハッと現実に引き戻された感じになった。
相当、気まずい。
今日は比較的人が多いのである。
しかも、休憩スペースなのだ。
人に見られることもあり、久人は先輩の雰囲気に流され、人前でキスするところだった。
むしろ、さっきの子供がいなかったらと思うと、胸の内が急激に熱くなる。それは、隣にいる先輩も同じことであり。
先輩も頬を真っ赤に染め、気恥ずかしい感情を必死に抑えているようだった。
「……」
「……」
二人は無言のまま、硬直してしまう。時間というものは長いようで短い。恥ずかしい感情と、恵令奈先輩と一緒に入れる幸せが混在し、複雑な心境に陥っていた。
「恵令奈先輩、そろそろ、映画を見ましょうか」
「……うん、そうね……」
一先ず、久人がベンチから立ち上がると、座っていた先輩に手を差し伸べ、立たせてあげたのだ。
二人は映画館フロアへと向かって歩き出すのである。
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