第39話 俺は、恵令奈先輩の方を選びたいんだ…

 阿久津久人あくつ/ひさとは今、極地に追いやられている。

 いや、本当に辛い環境であった。


 なんせ、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩と一緒にデート中なのに、幼馴染の早坂汐里はやさか/しおりが割り込んできたからだ。

 まさかとは思ったが、こんな状況でバッタリと出会ってしまうなんて。恵令奈先輩とのデートプランはめちゃくちゃである。


 汐里は、そこまで悪い奴ではないとはわかっているのだが、さすがに空気を読んでほしかった。

 そもそも、街中に来ていたということは、ワザとなのか?

 そう考える方がしっくりくるというもの。


「ねえ、久人。今からどこに行く?」

「……」


 刹那、右にいる幼馴染のおっぱいが、私服越しに腕に当たる。汐里は、久人の腕を両腕で抱きしめているのだ。


 恵令奈先輩が近くにいるというのに。と、久人は思い、人生最大級の気まずさを体感していた。

 そもそも、夏休み前にハッキリと断らなかったことが原因で、こんなことになっているのだろう。

 そう考えれば、久人自身にも過失があった。


 恵令奈先輩という、生徒会長で美少女な恋人がいる。まだ、結婚には至れてはいないが、付き合っているのだ。


 ここは自分の言葉でしっかりと拒否的なセリフを、幼馴染に告げるべきだと思う。


 そして、左から伝わってくる恵令奈先輩のオーラを感じつつも、右の方へ顔を向け、嬉しそうな笑みを浮かべている汐里を見た。


 満面の表情。

 そんな姿を見てしまうと言葉が詰まる。

 喉から声が出なくなってしまうほどに、罪悪感を覚えてしまうものだ。


 汐里とは昔ながらの付き合いであり、完璧に否定した言い方をすることに躊躇いの感情が湧き上がってきた。


「ん? なに、久人? 行きたい場所、決まったの? 私はどこでもいいけど。でも、前回は映画館だったし。今回は、別のところがいいかなぁ」


 汐里は、突飛な発言をしてくるのだ。


 え?

 と、感じたのは、久人だけではない。

 左からも、食い気味に距離を詰めてくる恵令奈先輩がいた。


 今、先輩のおっぱいが、ハッキリと久人の腕に伝わってきている。

 これでわかったことがあった。

 汐里と、恵令奈先輩。

 二人の女の子を比較した時、どちらのおっぱいが大きいかである。

 結論――恵令奈先輩だ。


 というか、そんなことを考えている状況じゃない。

 久人は双方から感じるおっぱいを腕で体感しつつ、冷静さを保とうと必死であった。


 しかし、いくら心を落ち着かせようとしても、ここは街中である。

 夏休みに入ったこともあり、普段よりも突き刺さる視線が断然多いような気がした。


 甘い香りがする二人の美少女に囲まれて、街中を移動することに気恥ずかしさを感じ、少々俯きがちになる。


 女の子と関われていることが嫌というわけではない。

 多くの人から、この状況をまじまじと見られていることに抵抗があるのだ。


 どこか人目がつかないところに行きたい。

 そもそも、汐里はいつまで行動を共にするつもりなのだろうか?

 様子を見て、ハッキリと言い切った方がいい。


 久人はそう思い立ち、双方から感じるおっぱいに、心臓の鼓動を高ぶらせながらも、視界に入ったデパートへと急ぐのだった。






「ねえ、私の方がいいでしょ?」

「というか、私と付き合ってんだから、私の方がいいに決まってるでしょ?」

「え……っと、その……だな」


 デパート一階。

 三人は、とある店屋に入っていた。

 入店し、お会計を済ませるなり。急に、美少女から言い寄られ、戸惑う久人。


 左右には、大きなものがある。

 それはどっちらも、ほぼ同じであった。

 ゆえに、選ぶという行為に戸惑いの感情が生じているのだ。


「ねえ、早くどっちかにしてよ、久人ー」

「私の方がいいと思うよ。でしょ……元々、今日は私とのデートだったじゃない」


 確かにそうである。

 今日は恵令奈先輩とのデート。

 その幸せなひと時を、汐里に邪魔されているわけであり、ここは……。

 先輩の方を選ぶ。

 久人は、その大きなモノを口にした。


 普通に美味しい。

 誰かに食べさせてもらっているから、そう感じるのかもしれない。


 久人は、恵令奈先輩と、汐里とで、ハンバーガーショップに入店していたのだ。

 そして、先輩が手にしていた、ビックサイズのバーガーを選んだのである。


 汐里が持っているテリヤキ風味のビッグバーガーもいいのだが、やはり、ここは付き合っている先輩のを食べたいという結論に至ったのだ。


「もう、私の方を選んでくれてもいいじゃない」

「けど、俺はさ。今日……恵令奈先輩と二人っきりでデートするつもりで、街中に来たんだ。だからさ、できれば、汐里には、ここで帰ってほしい」


 久人の心には迷いの感情があったが、幼馴染という間柄、汐里を完璧に否定しないように、軽い口調で言った。


「帰る? 私が?」

「ああ。今日はさすがに。遊ぶならさ、別の日を空けておくからさ。それでいいだろ」

「……今日は随分と、ハッキリとしてるね。何かあったの?」


 汐里は驚きつつも、淡々とした話し方をする汐里。


「……ねえ、先輩の方がいいの?」

「方がって……俺は、恵令奈先輩と付き合ってるんだよ。だからさ、汐里が幼馴染であったとしても、遠慮してほしいっていうかさ」

「……勝手に、付き合ったくせに……」

「え?」

「んん、なんでもないよ。わかったって言ったの。久人、私、帰るね」


 意外とすんなりと受け入れてくれたものの、どこか怪しいところが目立つ。

 先ほどのボソッと口にしたセリフがハッキリとせず、久人の脳内でモヤモヤしてしまう。

 聞き返そうと思っても、怖くて聞き出せなかった。


 久人の右側の席に座っていた汐里。彼女は立ち上がると、手にしていたハンバーガーを再び紙に包み込んでいる。それを自身のバッグに入れ、じゃあ後で連絡するからと言って、店屋の入り口から出て行ったのだ。


「……」

「今日は、意外と素直だったね」

「うん……」


 久人は頷く程度で、気まずげに、テーブルに置かれたフライドポテトを一つだけ手に取り、口に含むだけだった。

 そして、胸を撫で下ろしたのだ。

 これで、大きな難問は解決できたのだろうか?


「……」


 別に嫌なことを汐里に告げたわけじゃない。むしろ、これでよかったのだと、考えることにした。


「久人? これで、二人っきりになれたね」

「そうだね」

「久人。もっと、恋人らしいことしよ。今後は結婚できるように、両親にわかってもらわないといけないしね」


 左側の席に座っている恵令奈先輩は、距離を詰めてくるなり、明るい笑みを見せる。そんな姿に、久人はドキッとし、そのままイチャイチャすることになった。

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