第38話 恵令奈先輩とのデート当日…だけど⁉

 翌日の月曜日。

 朝、自室にいる阿久津久人あくつ/ひさとは、私服に着替えていた。

 今日の気温は高いということもあり、洒落た感じのTシャツに、下はジーンズといった服装。


 前回のデートの時は、さすがにシンプル過ぎたと思う。

 今日は神崎恵令奈かんざき/えれな先輩とのデートなのだ。

 もう少し良い意味で印象に残る服装の方がいいに決まっている。


 この前、一応、妹と一緒に街中に行った際、選んで貰ったTシャツ。

 自分で選ぶと、何かとダサくなるので、身近な存在である弥生に頼んだのである。


 幼馴染の汐里だと、絶対に、恵令奈先輩とのデート用だと感づかれそうで、あまり頼らなかった。

 いざという時は、本当に妹というのが頼りになるものだ。


 久人は自室を後に、階段を下り、一階の脱衣所へと向かう。

 そこにある鏡を前に、今の服装をしっかりと確認する。


「まあ、こんな感じでいいよな」


 久人は注意深く、身だしなみを確認していた。


「ねえ、お兄ちゃんッ」

「な、なに⁉」


 久人はドキッとして、衝動的に背後を振り向く。

 妹の弥生やよいは、勝手に脱衣所に入ってきていた。

 自身の身だしなみに気を取られ過ぎて、周りの動きを見失っていたようだ。


「いきなり、入ってくるなよ」

「いいじゃん。それで、恵令奈先輩とデートの日なんだよね? その服装、私が選んだモノ?」

「そうだよ」

「気に入ってくれた?」

「まあ、な」

「よかった。お兄ちゃんから、そう言ってもらえて嬉しいよ」


 弥生は、照れ笑いを見せる。


「それで、もう、街中に行くの?」

「そうだけど」

「朝食は?」

「昨日の残り物とかでいいよ。あるだろ。簡単に済ませようと思って」

「あるよ。じゃあ、準備しておく?」

「うん、頼むよ」

「じゃ、その間に、恵令奈先輩に好感を持たれるような、しっかりとした身だしなみにしておいてね」


 そう言うと、妹は脱衣所から立ち去って行った。


「……よかったよ、弥生が妹で……」


 久人は一人になると、鏡に向かってボソッと呟いた。最終確認として、再び鏡を見、身だしなみを整え、脱衣所を後にするのだった。






「お兄ちゃん、ちゃんと食べてから外出してね。今日は暑いですから」

「ありがと」


 久人はリビングにいる。正面には、テーブルがあり。ごはん、みそ汁、衣がついた鮭――ムニエルがあった。


 久人は、椅子を引き、座る。

 箸を手にして、食事をとるのだった。


「そんなに急いで食べない方がいいよ。まだ、時間があるんでしょ?」

「そうだけど。できる限り、早く出かけたいんだ」

「だったら、もっと早くに起きればよかったじゃん」

「俺も、早く起きようとは思ったさ。けど、楽しみ過ぎて、ちょっとな。なかなか、寝付けなかったんだ」


 久人は一度手を止め、テーブルの反対側の席に座っている妹へ、視線を向けて返答した。


「もう、そういうのよくないですからね」

「わかってたんだけど。しょうがないだろ」

「でも、お兄ちゃんらしいよね」

「まあ……そうなのか?」


 久人は首を傾げ言う。一旦止めていた手を動かし、食事を続けるのだった。




「じゃ、行ってくるよ」


 食事を終え、久人は席から立ち上がる。

 再び、脱衣所へと向かい、歯磨きをし、服装を整えた。


 あとは自室に戻り、必要最低限のモノ――財布とスマホを手にする。


「早く行かないと」


 久人は階段を駆け下り、玄関に移動した。


「お兄ちゃん、焦らずにね」

「わかってるさ」


 久人は背を向けたまま、靴を履いていた。


「でも、誰かに見られないようにね」

「は……な、なんだよ、急に」


 久人は耳元で囁く彼女の声にドキッとし、振り返る。

 妹はニヤニヤ笑みを見せ、現状を楽しんでいた。


「……弥生、今日は尾行するなよ」

「尾行? そんなのはしないよー」

「……なんか、いつも、後をつけられているような気がするんだけど」

「それは気のせいじゃない?」

「そうか?」

「そうだって。私は尾行しないし。あと、振り返ってばかりじゃダメだよ。恵令奈先輩のことも気に掛けるようにね」

「わ、わかってるよ。じゃ、行ってくるから」


 久人は駆け足気味に玄関から出る。


「お兄ちゃん」

「なに?」

「何か買ってきて」

「買う?」

「うん。私、今日は家にいるから、なんか買って来てほしいなって」

「わかった。買ってくるから。何がいい?」

「ありがと。お兄ちゃんに任せるから。私、楽しみに待ってるからね」

「あまり期待はするなよ」

「んん、期待するから」

「……そう言われると、緊張するんだが」


 久人が戸惑っていると、弥生は明るく笑っている。


「でも、そろそろ出ないとダメじゃない?」

「え? あ、ああ、そうだな」


 久人はスマホ画面を見て、時間を確認した。


 早く移動しないと、約束に遅れてしまう。


 久人は簡単に妹へ行ってくると言い残し、玄関の扉を閉めた。






 久人は走って、街中へと到達する。

 暑いことも相まって、息を切らしてしまう。


 近くには待ち合わせに設定した街中の公園があった。

 久人は公園の辺りを見渡す。

 夏休みということもあり、多くの人がいる。

 しかしながら、その中に恵令奈先輩の姿はなかった。


 久人は予定通り、先輩よりも早くに到着できたようだ。

 むしろ、都合がいいというもの。


 久人は空いているベンチへと向かい、そこに座るのだった。


 先輩はいつになったら、来るのだろうか?

 そんなことを思い、ベンチに座っていると、どこか見覚えのある顔の子を見かけた。


 え?

 ……汐里か?


 なぜ、今日、街中に来てるんだよと思う。


 待ち合わせ場所がバレていたかのような展開に、久人は、俯きがち、スマホを手に、赤の他人風を装い、やり過ごそうとする。


 早坂汐里はやさか/しおりとは、まだ距離があるのだ。余計な動きを見せなければバレることはないだろう。


 ……って、あれは、恵令奈先輩⁉


 刹那、公園の入り口付近に先輩が現れた。

 今、待ち合わせ場所を変えるため、スマホを操作しようとしていたのだが遅かったようだ。


 これでは、三人が接触してしまうのも時間の問題である。


 恵令奈先輩とのデート。

 どうしても、二人っきりで楽しみたかった。


 どうすればいいんだよ……。


 絶望的な環境下。久人は必死に考えようとするが、良い案が思い浮かばず、ただひたすらに時間だけが過ぎ去っていく。


「恵令奈先輩? どうしてここに?」

「それは、色々あってね」


 運が悪いことに、公園内で汐里と恵令奈先輩が接触してしまったのだ。

 先輩は、久人とのデートを隠すような話し方をしているのだが、汐里は突き詰めた感じに話を振っている。


 久人は遠くの方から、怯えながらも、その光景を眺めることになった。

 できる限り、面倒ごとにならないように、心内で神頼みをしていたのだ。


「もしや、久人とデートとか?」

「……別にいいでしょ。それで、あなたは、どうして、ここに?」

「たまたま、来ただけよ。通りすがっただけ」

「へえ、そうなの?」

「はい」


 奇跡的に、公園に立ち寄っただけらしい。

 これは悪い展開である。


 久人が一旦、公園を後に、別のところから恵令奈先輩と連絡を取ろうと、ベンチから立ち上がった瞬間。


 馴染みのある視線を遠くから感じた。


「久人?」


 汐里からの問いかけが、久人の耳に入る。


 バレてしまった。

 久人は、終わったと、痛感したのだ。


 逃れられないとはこのことである。久人は現実を受け入れたくなかったが、しょうがなく、二人がいる場所へと向かう羽目になったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る