第36話 俺は…どっちを選べばいいんだ⁉

 結婚というものは、一種の契約のようなもの。

 だからこそ、自分勝手に破棄したりなどはできない。


 自分一人の都合で、すべてが動いているわけではないのである。

 しかし、人生というものは、そうそう、決まりごとのようにはいかないものだと。久人は身に染みて感じていたのだ。


 夏休みに入ってまだ数日しか経っていないが、阿久津久人あくつ/ひさとは頭を抱えることが多くなっていた。

 本来であれば、神崎恵令奈かんざき/えれな先輩と、一緒にデートしたりするものだと予定を立てていたのだ。それが、事の通りに進んでいないのである。


 なんせ、今。付き合っている恵令奈先輩に内緒で、二人と街中でデートをしているからだ。

 恋人である恵令奈先輩にバレてしまったら、どうにもならない。

 ギリギリの現状に、久人は緊張した面持ちで街中の映画館にいた。




「久人は、何にする?」


 左側からは、誘惑するかのように、早坂汐里はやさか/しおりが問いかけてくる。


 現在、映画を見る時用の食べ物を選んでいる最中。先ほどまで、大段東海おおだん/あずみ先輩とメニュー表を見ていたのだが、意外と早くに汐里が三人分のチケットを購入し、戻ってきたのだ。


「というか、本当にホラー映画にするのか?」


 東海先輩は、久人の右隣で呟く。

 消えそうな声で、普段とは違い、消極的な態度である。


「もしかして、怖いんですか?」


 汐里はニヤニヤした笑みを浮かべている。


「そういうわけじゃないけど……映画館ではさ、夏休みってこともあって、色々な映画が上映されているじゃない。だから……」

「でも、東海先輩は、ホラーでいいって、承諾したじゃない」

「そうだけど……」

「東海先輩? 怖いのでしたら、本当のことを言ってもいいですからね」

「……別に……怖くないっていうか……」


 東海先輩は強気な発言をしている。

 久人が先輩の手元へ視線を向けてみると、指先が震えていたのだ。

 本当は相当、恐れている証拠だろう。


 先輩はやはり、恐怖心を煽ってくる作品には抵抗があるのかもしれない。

 久人は申し訳ない気持ちになってしまう。


「でも、もうチケット買ってきたし。見たくないなら別にいいですよ? 私、久人と一緒に、映画を見ますから」


 汐里は試すような口ぶりで言い切ると、久人の左腕に抱き付いてくるのだ。


「……べ、別に怖くないけど。まあ、一度言ったことだしな。一緒に見るから」


 汐里の久人に対するスキンシップを見て、東海先輩の態度が次第に変わった。

 先を越されそうな事態に焦りを感じている様子で、先輩は震えていた拳を強く握り直していたのだ。




「じゃ、正式に三人で見るってことで、OKね……でも、久人と二人っきりがよかったな」


 汐里は、久人の耳元で、ボソッと呟くように言う。

 久人は突然の行動にドキッとして、心が揺らいでた。


 恵令奈先輩という、爆乳で優秀な恋人がいるのに、誘惑されかけていたのだ。


 こんなんじゃダメだ……。


 久人は幼馴染のおっぱいの成長を感じつつも、必死に現状を乗り越えようとしていた。


 ただ、頑張ろうとすればするほど、東海先輩からも、少々怒り気味の視線を浴びてしまう。


 東海先輩は二人がイチャイチャしているところを見ているのに、耐えられないといった印象。


「それよりさ、ひさと。食べるものを決めない? 私はポップコーンとかがいいと思うんだけど、ひさとは何がいい?」


 東海先輩もホラー作品という恐れを乗り越えるように勇気を出し、積極的に話しかけてくる。


「俺は……フライドポテトかな?」

「え? ポップコーンじゃないの?」


 東海先輩は驚いていた。


「東海先輩ー、今の時代、色々ものがありますので、私もフライドポテト派だし。久人と一緒のね」


 汐里はさらに距離を詰めてくる。

 そのこともあり、周りにいる一般の人からも、嫉妬の視線を向けられていた。

 おっぱいのデカい、美少女二人に囲まれているのだ。


 特に一人で来ている男性からの敵意が凄かった。

 このままでは、何かされそうで怖くなる。




「二人ともフライドポテト派なの?」

「ええ。そうだよね、久人ッ、じゃ、フライドポテトにしようね」

「う、うん……」


 久人は幼馴染のおっぱいの誘惑に圧倒されつつ、赤面してしまう。


「……そうか、私の考え方が古いのか?」

「そうですよ」

「いや……俺ら、先輩と一歳しか違いがないと思うんだけど……」


 久人は恐る恐る、東海先輩の様子を伺いつつ、汐里にツッコミを入れた。


「でも、今だと、ポップコーンにも、色々な味があるからね。今の映画館だって、そういう工夫があるし。ひさとも、ポップコーンにしよ」

「え?」


 久人の右腕にも、おっぱいの感触が当たる。


 双方から伝わる膨らみに制圧されていて、その上、周りからは、憎しみの視線を浴びているのだ。


 こんなとこと、恵令奈先輩に目撃されてしまったら……。嫌、それ以上に、恵令奈先輩の父親にでも見られてしまったらと思うと、色々な意味で人生が終わる。


 むしろ、この状況こそが、ホラーだと感じた。




「ポップコーンだよね」

「いや、フライドポテトって決めたじゃん」

「え、いや……俺は……」


 確かにフライドポテトとは言ったが、もう少し考えさせてほしい。

 それ以前に、どっちの選択肢を選ぶことが最適なのだろうか?


 そのことばかりに、久人は頭を悩ませていた。


 そもそも、久人は恵令奈先輩のことが好きなのだ。

 今日だって、普通に遊ぶ名目で街中に訪れていた。

 しかし、途中から単なる遊びではなく、デートみたいな感じになってしまったのだ。


「だ、だったら、俺はどっちも買うから」


 久人は言い切った。


 このままでは拉致があかない。

 だから、どっちも選んだのだ。

 選べないだなんて、おかしい話ではある。


 そもそも、汐里と東海先輩とは、恋人に隠れて浮気している相手のような存在。

 恋人に隠し事がある時点で、心苦しくなるというもの。


 でも、このまま騒ぎにでもなったら、後々困る。

 一応、地元ではない街には訪れているものの、恵令奈先輩の父親は、有名企業を経営している人物。

 顔が広いからこそ、危うく恵令奈先輩の父親の耳に入ってしまう可能性だってありうる。


 今は、どちらも選ぶ。それが久人にとって一番の正解なのかもしれない。


 久人はポップコーンと、フライドポテトをそれぞれ一つずつ、フードコーナーのスタッフに注文したのだった。

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