第34話 なんだか…今年の夏休みも色々と厳しくなりそうだ…
「お兄ちゃんってさ。今日、どこかに行く用事とかってあるの?」
夏休みに突入した週の土曜日の朝。
妹は久人の右隣の席にいる。
「まあ、あるさ」
「へえ、そうなんだ。お兄ちゃんが、夏休みにどこかに行くって珍しいね」
「そんなんでもないだろ……俺だって、それなりにやることがあるんだ」
「もしかして、生徒会長と?」
「まあ、そんな感じだな」
「そうなんだ。本格的に付き合えることになったんでしょ?」
「恵令奈先輩の両親から、一応付き合うだけならいいって許可を貰ったことだしな」
久人の人生は進展していたのである。
少しずつだが、変化を加えながら、人生の流れは良い方向性へと向かって行っている途中だった。
以前のように寂しい夏休みを過ごさなくてもいい。
高校生初めてのデートであり、久人は朝の時間帯からワクワクが止まらなかったのだ。
「お兄ちゃんは、朝の食事が終わったらすぐに外出する?」
「そのつもりだけど」
「どこに行くの?」
「……もしかしてついてくるつもりか?」
「別にー、違うよ。本当にデートかどうかを調べるの」
「なんでだよ」
久人はツッコんでしまう。
「でも、寂しいなぁ……毎年の夏休みならお兄ちゃんと、クーラーの効いた部屋で、夏休みの課題とかしてたのに……」
「今年は一人でやればいいだろ。高校一年生の夏休みなんだし、そんなに面倒な内容でもないと思うしさ」
「そうだけど……」
「な、なんだよ」
妹の弥生から、まじまじと見つめられてしまう。
悲し気に求めてくる瞳。
そんな視線を向けられても、今年は絶対に譲れないと内心、強く思う。
「無理なものは無理なんだ。弥生も高校一年生なんだし。一人で勉強をやればいいさ」
「んん……」
妹は不満そうである。
普段はしっかりとしているのに、少々幼っぽいところが目立つ。
かまってほしいのか?
そんな時、弥生は――
「しょうがないなぁ……わかったよ。その代わり、生徒会長とデートした帰りに、何か買ってきてね。アイスとか、アイスとか」
「……アイスが欲しいのか?」
「うんッ」
弥生が元気よく頷いた。
「しょうがないな。買ってきてやるから、しっかりと勉強しておけよ」
「わかってるって」
妹はチラッと企んだ瞳に、ニヤニヤと笑みを見せていたような気がする。
どこか怪しい感じがしたが、久人は何かの見間違いだと思うことにした。
そこは深く考えない方がいい。
「それと、確認なんだけど……さ」
弥生は真剣な態度で、久人と向き合う。
「なに?」
「生徒会長とキスした?」
「……⁉」
久人はドキッとした。
「なんで、そんなことを?」
久人はたじたじになり、伺うように問う。
「なんか、この前ね。私、お兄ちゃんと一緒にキスしたじゃない?」
「そ、そうだな」
久人はこの前の朝の出来事を思い出す。
妹とキスをしたのである。
だからこそ、色々な意味合いで胸の内が熱くなっていく。
「だからね。生徒会長より先にキスしちゃっていたら、申し訳ないし。というか、もうしちゃった時点で聞いても遅い? よね?」
「……そうだよ」
「ごめんね」
「でも、俺は恵令奈先輩と普通にしたから」
「え? キス? 私の前に?」
「……あ、ああ」
「じゃあ、私が二番目って事?」
「そうだな。というか、なんで、そんなことばかり聞いてくるんだよ。もう、この話は止めにしないか? 朝っぱらからキスとか……」
「そうなんだ……でも、私が二番目何だね?」
「そ、そうだよ」
妹と口づけを交わしたことを振り返るだけで、心がモヤモヤと霧がかかったようになる。
「聞くけど。生徒会長とのキスの味、どうだった?」
「……そういうのは聞くなって」
「なんか、恥ずかしがってる?」
「うるさいから……」
久人がちょっとばかし、強い口調で言うと、弥生は自宅リビングから立ち去っていくのだった。
「ここで待っててって言ってたけど。いつになったら来てくれるんだろ」
久人はスマホを弄りながら、学校近くの喫茶店を訪れていたのである。
事前に席に座り、
先輩は生徒会役員であり、夏休みに入った今でも役員の仕事が忙しいようだ。なぜかというと、数日前に副生徒会長が不在になったからである。
あの一件で色々な問題がバレ、その日を境に姿を見せなくなったのだ。
停学になったのか、休学になったのかは不明。
けど、夏休み中ゆえ、一般生徒である久人は、その真相を知るすべはなかった。
副生徒会長を失った枠を埋めるかのように、作業に追われているらしい。
久人も、簡単なことであれば手伝おうと思ったのだが、やはり断られてしまったのだ。
かなり問題だらけだったらしく、解決に至るには力がいるらしい。
先輩からは、何かがあったら頼むかもしれないと言われたのだ。
それにしても、あいつは面倒な奴だったと、今になっても思う。
それはそうと、恵令奈先輩とは午後から一緒にデートする予定になっている。
本当に何時ごろに来るんだろ……。
「……特にやることないんだよなぁ……」
恵令奈先輩が来るまで、本当に暇なのである。
夏休みの課題も、今日の分を終わらせ、何もしないという空間ができてしまっているのだ。
久人はスマホを見ながら、何となく思考していたのだ。
そんな中、嫌なオーラを背に感じた。
誰かが入店したのである。
恵令奈先輩との楽しい時間が崩れてしまうかのような音が喫茶店内に響き、久人は恐る恐る、背後を振り向いた。
そこには、三人の姿があったのである。
幼馴染の
「⁉」
どうして、ここに来たのという瞳を、久人は見せ、サッと顔を背けるように視線を正面に向いたのである。
「ここに居たんだね。ひさと」
左の方から東海先輩の声が聞こえる。
「久人、今から私とどこかに行かない?」
――と、汐里が右側から話しかけてくるのだ。
「私ね、二人に言っちゃったから」
妹は勉強するとか言っていたが、なぜか喫茶店にやってきているのだ。
これは一体、どういうことなのだろうか?
久人は、席に座ったまま、動揺する。
「なんで、ここに来たんだよ」
久人が話しを切り出そうとすると、三人は、同じテーブルの近くにあった席に腰を下ろす。そして、皆、久人の方をまじまじと見つめてくる。
「だって、あの一件が終わったでしょ? だから、私が遊びに誘いに来たってわけ。それに弥生がメールでさ。ひさとの居場所を教えてくれたんだよ」
「私、久人が望むなら、今から遊園地にでも行ってもいいけど?」
東海先輩と汐里は勝手に話を進めているのだ。
久人が話しに割り込んでいく隙間さえもなかった。
これは、何か悪い夢でも見ているのだろうか?
これでは、恵令奈先輩とのデートが、台無しじゃないか……。
さらに窮地に追い込められた感じになり、久人は俯きがちに、頭を抱え込んでしまうのだった。
そんな絶望的な環境下。
久人の元に、本命の彼女が、間の悪いタイミングでやってくる。
「ねえ、久人? これはどういう事なの?」
「……」
久人は頭を上げ、振り返った。
そこには、役員の作業を終えた恵令奈先輩が佇んでいたのである。
その先輩の表情は、ここにいる三人の子よりも。
いや、比べ物にならないほどに、悍ましかったのだ。
恵令奈先輩と正式に付き合うことになったのに。
これじゃあ、今年の夏休みも、色々な意味合いで、厳しくなりそうだと、久人は心底思うのだった。
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