第31話 これで、明日の下準備は完了ね

 ようやく、あの件を解決できる時が来た。

 久人は内心、期待に胸を膨らませていたのだ。

 明日のために準備をするなら、このタイミングしかない。

 そう思い、久人は、恵令奈えれな先輩と共に生徒会室にいたのだった。


 放課後の現在、他の役員は不在である。

 副生徒会長に限っては、明日の受賞式のために職員室にいるのだ。

 あいつは一学期、特に他人よりも秀でたことをやってのけた人物。

 それなりに、教師らから評価されるに違いない。

 だからこそ、仕返しをするのに打ってつけなのだ。


 久人ひさとのニヤニヤが止まることはなかった。

 そんな中、恵令奈先輩は、室内の机の引き出しを確認していたのである。






「後は何をすればいいのかな?」


 放課後の放送室内。

 妹の弥生やよいが、東海先輩に聞いていた。


「そうだねぇ……今のところはまだ、大丈夫。ちょっと、そこらへんで休憩しておいて」

「うん、わかった」


 弥生は元気よく返答する。近くにあった椅子に腰を下ろして、待つ姿勢を見せていた。

 弥生は、放送委員会に所属しているのだ。

 故に、大体のことを、東海あずみ先輩に教えるために、この場に居たのである。

 東海先輩は明日のために、放送室に色々な仕掛けを施しているのだった。


「私は?」

「えっとね……どうしようかな。もう頼めることはないしな。汐里は、もう帰ってもいいよ。明日は、早く来てくれればいいからさ」

「わかったわ……それと、明日は何時に来ればいいの?」

「皆が学校に登校するのが、大体八時過ぎだし。様子を見て、七時半かな? その時までに、放送室に居ればいいわ」

「うん、じゃあ、七時半ね」


 汐里しおりを納得したように頷いていた。

 弥生にも簡単な挨拶をすると。汐里は軽快な足取りで廊下を走り、同じ三階の生徒会室へと直行するのであった。






「それで、恵令奈先輩は何をしてるんですか?」

「私はね。探し物よ」

「探し物ですか? でも、その場所は先輩の机ではないような」

「そうよ。だから意味があるのよ」


 久人は首を傾げた。

 恵令奈先輩は何をしようとしているのだろうか?

 そうこう考え込んでいると――


「あった、あった。これよ」


 先輩はその机の引き出しから何かを取り出す。


「それは?」

「これはね、副生徒会長の秘密のノート的なモノよ」

「秘密? もしや、それに色々と書かれてるんですかね?」

「ええ。私も今日初めて見たんだけどね。今まで、あの子の机の中を確認する機会なんて全くなかったし」

「でも、恵令奈先輩の方が立場的に上ですよね?」

「でもね。あの子は偉そうなの。久人もわかっていると思うけど。高圧的であまり関わりたくなかったのよ。だから、このノートを入手できなかったの。他の役員からね、こういったノートがあるって耳にしたことがあってね。それであの子、今、生徒会室にいないでしょ?」

「そうですね」


 放課後の今、久人は先輩と二人っきりである。それ以外の人はいないのだ。

 何をしてもバレない環境下。

 久人は先輩のことを考えるだけで、ニヤニヤが止まらなかった。


「久人も見てみる?」


 そういう先輩は、机前の椅子に腰かけたのである。


「え、あ、はい……うん」


 久人は、あからさまに動揺を見せてしまう。


「どうしたの? なんか、変よ?」

「な、なんでもないですから……気にしないでください。それと、そのノート。見ていいんですかね?」

「いいよ。こっちに来て」


 恵令奈先輩に誘われ、彼女の隣へと向かう。

 そして、彼女の隣の椅子に座る。


 先輩はそのノートを見開く。

 それにはありえないことばかりが記されていたのだ。


「これは……」

「最悪ね。思った通りだったけど……」


 恵令奈先輩も絶句するほど。

 ノートには、先輩の悪いところばかりがびっしりと記されていたのだ。

 去年の選挙に落ちてしまった事。

 生徒会長は見た目だけで、皆から引き立てられているとか。

 彼女を陥れるような作戦のようなものまで書き記されていたのだ。

 あいつ、こんなことばかり考えていたのか。


 何をするにしても嫌な奴だったが、このノートを見て、さらに腹が立ってきたのである。

 どうしようか。

 あいつが副生徒会長のままだと、後々厄介になる。そう思うと、さらに復讐に心を掻き立てられるようだった。






「ねえ、久人ッ」


 いつも通りの声。

 秘密のノートを二人で確認していると、汐里が急に生徒会室に入ってきたのである。


「何してたの? というか、二人で何を読んでいるのかな?」


 汐里は近づいてくるのだ。

 強引に覗き込んで来ようとしたのである。


「な、なんでもないからさ」


 久人は恵令奈先輩が持っていたノートを閉じるのだ。


「何? そんなに見せらないものなの?」

「そ、そうだよ。ですよね、恵令奈先輩」

「ま、まあ、そうだね……・」


 久人は何とか、先輩の同意を得るような話し方をし、その場を乗り越えようとするのだ。


「もうー、二人だけの秘密とか……」


 汐里は不満そうな顔を見せている。

 一人だけハブられているような気分になったようで、久人にだけジト目を向けていたのだ。


「何だよ。別に秘密にしたいわけじゃないというか」

「じゃあ、何?」

「それは……」


 久人は少々動揺を隠せなくなる。


「まあ、ここにはあの子もいないし。見せてもいいんじゃない? ちょっとだけならいいわ」

「……恵令奈先輩が言うなら」


 久人はあまり見せたくなかった。

 好きな先輩の悪口ばかりが記されているノートを汐里に晒すのは、心のどこかで許せなかったのだ。

 けど、見せてもいいのならと思い、久人は先輩が持っていたノートを手に取り、それを開き、汐里に見せるのだった。


「……これって、先輩の悪口が書かれているものですか?」

「そうだよ」


 久人はぶっきら棒に返答した。


「先輩って、あの人から、こういう風に思われてたんだね」

「そうみたいね」


 恵令奈先輩は俯きがちに呟くように言う。


「……」


 汐里は無言になったのである。


「どうした?」

「なんか、あまり見るのもよくなかったよね? なんか、ごめんね。気分悪くしたよね。久人にこれ返すね」


 汐里は後味が悪そうな顔を見せ、大人しくなっていくのだ。


「私……帰るから。なんか、空気悪くしちゃったみたいね」

「帰るの?」

「うん。私、そろそろ帰るつもりだったし」

「そうか。じゃあ、明日な」

「うん。それと、明日、七時半に学校に来てほしいって」

「え? そうなの?」

「うん。東海先輩がそう言ってたよ……」


 また、汐里が無言になる。


「じゃ、明日ね」


 と、汐里は背を向け、生徒会室から立ち去って行ったのだ。


 色々とモヤモヤとしたやり取りだったと久人は感じたのである。久人は、隣の席に座っている先輩に、そのノートを返すのだった。

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