第30話 私、この問題を解決できるかもしれない手段があるんだけど

「今回の話題だけどさ。まずは、何から話す? あの人を引き下ろすための方法、何がいいかな?」


 本題を最初に切り出したのは、早坂汐里はやさか/しおりだった。


 今日は、土曜日であり。久人は、汐里の家にいたのである。

 幼馴染の家は普段から訪れることが多く、そこまで内装が変わった様子はなかった。

 今は、彼女の部屋に集まり、テーブルを囲うように床に座って、今後のことについて相談し始めた頃合い。


 一先ず来週までに。夏休みに入る前に解決させたい。

 そんな思いが、久人の内面にはあった。


「そういえば、お兄ちゃんは知ってるの?」

「ん? 何を?」


 妹の弥生やよいが話しかけてきた。


「あの人の裏情報とか。そういうのあった方がいいよね。汐里先輩もそう思いますよね?」

「ええ。そうね。でも、私、そこまで詳しくないのよね……」


 汐里はテーブルに置かれていたクッキーを手にし、それを口にしていたのだ。

 そのクッキーは、汐里が作ったものであり、今日の話し合いのために用意していたらしい。


「そうだ、皆も、食べてもいいからね」


 汐里は皆にすすめる。


「じゃあ、食べようかな」


 久人ひさとも手を伸ばし、食べることにしたのだ。


 味の方は普通に美味しいと思う。

 汐里が作ったお菓子は昔から食べているが、以前よりも腕が上がってきているような気がする。

 そんなことを想いながら、食べ続けるのだった。


「……というか、こういうことになってるのは、私のせいよね」


 話し合いに参加していた東海先輩が、申し訳ない口調で言い、部屋の床で、土下座をして見せたのである。


「え⁉ そ、そこまでしなくても」


 久人は驚き、東海あずみ先輩に頭を上げてもらおうとした。

 が、先輩は今の状態を続けるのである。

 心の底から大きな失態をしてしまったと、痛感しているからこその態度なのだろう。

 けど、生徒会室の鍵の閉め忘れに関しては、もう終わったことであり、今更気にしてもしょうがない。


「そうね、先輩のせいなんですからね。もっと、しっかりとしてよね」


 追撃を仕掛けるように、汐里が言う。


「それは止めた方がいいって」


 久人は幼馴染を抑制しようとする。


「……まあ、しょうがないとは思っていますけど、その代わり条件があります」

「え?」


 土下座をしていた先輩は、汐里の発言に反応するかのように、ようやく顔を上げ、彼女を見やるのだ。


「今日限りで、先輩との同盟は解消させてもらいます。なので、副生徒会長の一件が終わったら、個別に久人に関わることになりますからね」

「……でも、同盟らしいことしてたかな?」

「……ま、まあ、それなりにはしていたと思いますけど」


 汐里はたじたじだった。


 同盟というのは、久人を恵令奈先輩と付き合わせないために、誘惑するための結束条約のようなもの。

 それは、成り行きで決めた概念であり、特に意味をなしていなかったのかもしれない。


「まあ、いいわ。それで、その同盟関係は今日をもって終了ってことね」

「はい……そうですね」


 東海先輩の発言に、汐里は頷くように返答していた。


「それより、本題に戻らないといけないんじゃない?」

「そうだな。二人も、副生徒会長の件についてさ。もう一度、提案を出し合おうよ」


 弥生と久人が、その場を仕切るように言い、本来やるべき事へと仕向けるのであった。


「そうね。先輩は何がいいと思います?」


 汐里が問う。


「そうね……でも私、一応、とある情報を持ってるの」

「情報?」


 久人はそれに反応するように、東海先輩の顔を見た。

 一体、どんな情報なのだろうか?

 それは気になるところである。

 久人同様に、弥生、汐里も、真剣な瞳を見せつつ、注意深く先輩の出方を伺っていた。


「それはね、これよ」


 東海先輩は皆に見せつけるように、ボイスレコーダーを提示する。


「もしかして、それに何か入ってるの?」


 汐里はまじまじと、先輩が手に持っている、それを見つめていた。


「そうね。この前、久人が生徒会室で、副生徒会長とやり取りをしていたじゃない?」

「そうですね」

「その時ね、私、扉越しにこっそりと録音していたの」

「そうなんですね、それはさすがですね」


 久人は希望が持てたように、気分が明るくなっていくのだ。


「でも、それをいつ活用するかよね?」

「確かに、そうですね」


 汐里、弥生は真面目な顔を見せる。

 確かに、重要な情報を所有していたとしても、どうやって使うかで、効力が変わってくるのだ。


「提案なんだけどさ。来週って、夏休みに入る週じゃない?」

「そうですけど」

「だから、体育館に皆が集まる機会が多くなると思うの。終業式もそうなんだけどね。一学期中に何かしらの成績を残した人とかにさ、受賞するために体育館に集まる時もあったから、その時に仕掛けてやればいいわ」

「確かに、その手もありますね」


 久人は納得したように頷くのだ。


「それに、私、この前調べていたのよ。あの副生徒会長が普段何をしているかをね」


 東海先輩は裏の権力者みたいな顔を、三人に見せるのだ。

 久人も含め、他の二人も、ゾッとした。

 季節は夏なのに、寒気を感じたのである。


「……先輩? それで、どんなことが見つかったんですか?」


 弥生は戸惑いがちに話を伺う。


「それはね、今のところ内緒。まだ、捜査中でもあるしね。あの人に言われて言えないし」

「あの人とは?」

「それも後でわかると思うわ」


 久人の問いかけを受け流すように言う東海先輩は、涼しい顔をしていた。

 問題を解決するための大きな手掛かりがあるのだろう。

 久人は、先輩の立ち振る舞いを見て、そう感じたのだった。


「まあ、この話は終わりね。あとは気軽にやりましょ」

「そうですね」


 久人は一旦、ジュースを飲んだ。

 東海先輩は、クッキーを食べていた。


「これ、美味しいね。どっから買ってきたの?」

「それは、私が作ったんだけど」

「そうなの?」


 先輩と汐里はお菓子の話をし始めたのである。


「ねえ、お兄ちゃん。どうするの?」


 そんな中、久人の隣にやってきた妹が、耳元でこっそりと囁くのである。


「何が?」

「汐里先輩と、東海先輩の件」

「ああ、あれか……でも、それはあとで言うから。今はそんなに話を拗らせたくないんだ」

「……そうなんだ。でも、早くしないとね」

「え?」

「んん、なんでもないよ。でも、後でって言ってばかりだと、大変なことになるかもよ」

「……どういうことだ?」

「何でもないよ。それより、もっと飲んだ方がいいよ。今、暑いし。熱中症にならないためにね」


 弥生はその場に立ち上がり、大きなペットボトルを持ってくる。そして、妹は久人が手にしているコップに注いでくれたのだった。

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