第27話 だが、結婚まで認めたわけじゃない

 阿久津久人あくつ/ひさとは今、恵令奈先輩と一緒に、神崎かんざき家の居間の床に正座したのだった。


 正面には二人――先輩の両親が礼儀正しくも、真剣な態度で向き合っている。

 真面目な空気感となり、久人は余計に口を慎んでしまう。

 気まずく、自分からセリフを切り出せなかった。


「それで、意見はまとまってきたか?」


 恵令奈えれな先輩の父親からの発言で始まる。


「……はい」


 久人は正座したまま、俯きがちになりながらも返答した。

 まだ、結婚できるような存在ではない。

 けど、どうにかして、付き合うまでには至りたいのだ。

 そんな思いを込めて、久人はこの場にいる。


「……今の俺ではまだ、役不足かもしれませんが……今回の一件は、何とか解決します」

「……」


 父親からの威圧的な態度。

 口は動かさなかったものの、雰囲気的に、そのオーラが伝わってくるようだった。


「だが、解決には至れなかったのではないか? そんな奴に、解決すると言われてもな」

「……」


 言い返しづらい発言に、久人は押し黙ってしまう。


「でも、俺は……」


 必死に声を出す。

 震えているのは事実であり、言い返す言葉が見当たらない。


「……お父さん? 私、やっぱり、久人を選ぶから」


 静まり返った空間に、恵令奈先輩の声が響く。


 その発言に、先輩の両親は驚き、一瞬、押し黙った後、現状を理解したかのように口を動かし始めた。


「恵令奈。お前はまだ、何も知らない。高校生で、そんなどこの誰なのかもわからない奴と関わって今後の人生はどうする? 恵令奈はすでに決まってるんだ。なぜ、茨の道を歩むようなことをする?」


 当然、父親の言っている事の方が普通のことであり、久人のように、どこの誰かのか不明な人と付き合うなんておかしな話である。

 でも、先輩は真剣なのだ。

 先ほど外で話した時もそうだったが、彼女の意思は定まっていた。久人にはそう感じたのである。


 恵令奈先輩に頼って、この問題を解決させては駄目だ。自分も何かをしなければいけないと思い、口を開いた。


「俺は絶対に、解決して見せますので……もし、解決できなかったら。その時は、俺の方から諦めます」


 隣にいる恵令奈は”え?”といった驚きの顔を見せている。先ほど外でそんなやり取りはしていない。

 けど、どうしても誠意を見せたかったのである。

 だから、自分自身を窮地に追いやるような発言をしたのだ。


「本当にそれでいいんだな?」

「はい」


 恵令奈の父親に、久人は承諾するように頷く。

 多少の迷いは心内にあるものの、潔さも必要だと思う。


「久人さん? それでいいんですね?」


 父親の隣に正座している、先輩の母親からの問いかけ。

 優しくありつつも、鋭い感じの思いがこもった発言であった。


「はい」


 久人は即答した。

 無駄な間が空いてしまうと、疑われてしまう可能性だってある。

 こらへんはハッキリとしておいた方がいい。


「久人さんは、そう言っておられます。もう一回、チャンスを与えても?」

「だが……」

「恵令奈は、自分で決めると言ったんです。恵令奈に任せてみては? 今まで、私たちが干渉しすぎただけな気がしますし」

「干渉……? いや、そんなことはない。私の会社を継ぐものとして、それなりにふさわしい人物を用意する。それが普通というものだ。結婚に関しても、それが正解だと思うが?」

「そうですかね?」


 母親の方も好戦的な姿勢で、横目で父親の方を見やっていた。


「けどな。恵令奈が結婚できなかった場合、どうする?」

「そんなことはないと思いますけど」

「なぜ、そんな適当なことを?」


 父親の方も、母親の方も一歩も引かい。それなりの結婚に対する考え方があるからだろう。

 ただ、父親の方が少々押され気味な気がする。


 そんな中――


「二人とも、今ここで言い争うのは」


 恵令奈が、その対峙する二人を抑制しようとした。


「しょうがないだろ。恵令奈のために会話してるんだ」


 父親は言い切ったのだ。


「でも、私に決めさせてください」


 恵令奈はそう言った。


「俺からもお願いします……」


 久人も、今の流れにのって土下座をしたのである。

 頼み込むなら今しかない。


 両親からしたら、頼りない存在だと思われているだろう。けど、先輩のことが好きだからこそ、ここで押し下がるわけにはいかなかった。


 右隣にいる恵令奈も、正面にいる彼女の両親も押し黙った感じになる。


「だが――」

「久人さん、最後の一回だけ、チャンスを上げるから。学校での問題を解決してきなさい」


 父親の言葉を遮るように早親が言う。


「話は終わっていない……」

「あなたも、それくらいにしたら? まだ、結婚の話は数か月先なのですよ。せめて、学生時代くらいは好きな人と関わらせてあげたら?」

「……」


 父親は難しい顔をする。


「……しょうがない。そういうことにしておいてやる」


 そのセリフに、久人と、恵令奈の表情がパアァと明るくなるのだ。


「まあ、学生時代の時だけだ。付き合う程度なら、別に好きにしてもいい。だが、結婚に関しては駄目だからな。それは覚えておけ」

 父親は言った。

 ただ、それだけである。

 そのままつまらなそうな顔をしたまま、その場に立ち上がり、居間を後にしていった。


 これで解決なのか?

 と、久人は、父親がいなくなった場所でそう思う。

 多分、完璧には解決には至ってはいないだろうが、久人は解放されたように、ホッとため息を吐く。


「この話に関してはもう終わり。久人さんも遅くなる前に帰った方がいいですよ。私が送りましょうか?」


 母親がその場に立ち上がった直後、久人の様子を伺っている。


「いいえ。大丈夫です……一人で帰宅しますので。そこまで迷惑もかけられませんし」

「わかったわ。では、玄関先までは見送りさせてもらいますからね」


 母親は居間の扉を開け、玄関のところまで案内してくれるのだった。


 久人は玄関で靴を履き、恵令奈先輩と、その母親に簡単に頭を下げ、帰宅しようとする。

 久人は余計なことを口にすることなく、立ち去った。


 電灯で照らされた夜道を歩きながら、スマホを取り出して見る。

 夜、八時になる時間帯。

 まだ、高校生が歩いていてもおかしくない頃合いである。


 一人で歩き、夜空を見上げた。

 夏の風が軽く、久人を包み込むようだ。

 大きな問題は解決されたわけではない。

 けど、一度だけチャンスを貰ったのである。

 絶対に無駄にするわけにはいかない。


 久人は明日のことを考え、勇気をもって、自宅へと向かって、走り始めたのだった。

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